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大人が本気で泣く、肝試し(4)

 食料を求めて、あたし達はショッピングセンターにたどり着いた。

 1週間前までは、ここは家族連れやカップルで賑わうアミューズメントパークのだった。それが今や、人気のない廃墟と化している。巨大な看板や派手な電飾は消え、明るいオレンジ色の外壁は急に煤けたように灰色の雨に煙っている。


「……突入するぞ」


 隣の運転席で、覚悟を決めたのだろう――ケビンが静かに言った。

 あたし達は、ベレッタやコルトなんかの銃を手に、空のリュックを背負い、車外に躍り出た。

 冷たい雨がベールみたいにあたし達を包む。

 どうして――世界は変わってしまったんだろう。


「クレア、気を抜くな……!」


 ケビンに腕を捕まれ、ハッと我に返る。そうだ、一瞬の油断も命取りだ。あたしは首を振ると、仲間達に続いて、ショッピングセンターの正面玄関へ走る。

 食料と飲料水、可能なら医薬品も手に入れたい。少しでも長く奴らに出会さないことを願いながら――。


 薄暗い店内は、まだ電源が生きているらしく、青白い非常灯に照らされている。

 雨に濡れた顔を、ディスプレイのマネキンが着ているパーカーで拭う。


「食品売場は?」


「1階の右奥だ。離れるなよ」


 あたし達4人は、身を低くして走る。

 ツン、と腐敗臭が漂ってきた。冷蔵設備の停止した生鮮食品が傷み、悪臭を放っている。

 嘔吐をこらえつつ、保存食になるようなインスタント食品やビスケットの棚に向かう。

 なるべく軽く嵩張らないものを選んで、リュックに詰める。男性2人は、飲料水のペットボトルも詰めてから、リュックを背負った。


 食料を順調に詰め込んだあたし達は、脱出途中でドラッグストアに立ち寄った。不自由な逃亡生活の中、不足しがちな栄養素のサプリメントや、医薬品はとても貴重だ。周囲に気を配りつつ――ケビンが引き上げの合図を送る。


 ――ガッシャーン!


「何やってるんだ、アリシア!」


 ドラッグストアの入口付近に設置された、値下げ品のワゴンが派手な音を立ててひっくり返っている。


「痛た……何かに滑って――ヒィッ!」


 差し出されたケビンの手を握り掛けた、アリシアの掌が血まみれだ。

 辺りを見ると――薬棚の一番上に、千切れた腕が引っ掛かっていた。薬剤師だったのか、血に染まった袖は、元は白衣だったらしい。


「急げ! 奴らに気付かれたはずだ!」


 ニックがオートマチックのベレッタを握り直して、正面玄関までの通路を警戒している。


 ――ざわ……ざわざわ……


 確かに、異様な気配が近づいてくる。それは、四方八方から。


「行くぞ、生き残るんだ!」


 コルトを手にしたケビンが、一同を見回した。あたし達は強く頷くと、正面玄関目指して駆け出した。


 ブティックを3店舗抜けると、花屋とカフェ。カフェの看板脇のガラス戸を押し開けて、店内に侵入した。今度は、その逆だ。


「キャアッ!?」


 3店目のブティックの前を過ぎようとした時、5、6体のマネキンが倒れてきて、あたし達の進路を塞いだ。咄嗟に飛び退いたものの、転がったマネキン越しに蹲っている人影に、総毛立った。

 泥沼で生魚が発酵したような、強烈な腐敗臭が漂う。


 ――グバァ……ァア……!


 奴――ゾンビだ。肩までの髪を振り乱し、元はサラリーマンだったのか、赤黒く汚れたスーツと乾いた染みが広がるYシャツ姿だ。律儀にネクタイを締めている――と見えたのは、からはみ出した腸を巻き付けている。


「怯むな!」


 バン、と発砲音と同時に奴が後方に弾かれた。

 斜め前のニックが、奴を打ち抜いたのだ。


 大の字に倒れた奴の横を、できるだけ離れて通り抜けた。


 花屋の前に、黒い人影が6、7体見えた。


 ――ヴグアァア!


「頭を狙え! 頭を吹き飛ばさない限り、死なねぇぞ!」


 叫びながらニックが、あっという間に2体倒した。元警官の彼は、度胸も射撃の腕もいい。


「急いで! 後ろから来てるわ!」


 あたし達の退路を辿るように、ゾロゾロと集まってきている。通勤電車に吸い込まれる人波みたいだ。あんな数を相手にするなんて、無理だ!


 正面から向かってくるのは、破れて胸元と太股が露なワンピースの女性。震える手でベレッタを構え、腰を落とす――引き付けてから撃った。アーケードゲームとは異なる反動。衝撃に、一歩後ずさった。


「クレア、先に出ろ!」


 見ると、ケビンは正面玄関のガラス戸を押さえている。援護するように、ニックがゾンビを吹き飛ばしていた。


「アリシアは?!」


「先に出た! 君も行け!」


「分かった!」


 あたしがドアを潜ると、乱射して威嚇したニックが、そしてケビンが続く。

 ショッピングセンターのドアは重く、更に耐圧ガラスなのか――押し寄せた奴らが店外に溢れることはなかった。


 雨が、止んでいる。

 暗い空には星も月もない。


「早く、乗ってー!」


 車のドアを開けたアリシアが、あたし達に笑顔で大きく手を振っている。


「ギャッ?!」


 次の瞬間、彼女が不自然に折り曲げられるような形で、腰から車内に引きずり込まれた。


「アリシアっ?!」


「見るな、クレア!」


「いやあああああ!!」


 ケビンがあたしの視界を防ごうとしたが――フロントガラスの向こうで灰色の影が蠢いた直後、ガラスの内側に飛び散る鮮血が見えてしまった。女の叫びと呻き声、そして激しく揺れる車体。バキ、メキッという耳障りな音が漏れ聞こえる。


「乗れっ!」


 いつの間にか、ニックは駐車場に放置されていたワゴン車を動かしていた。

 腕を強く掴んだまま、ケビンがあたしを押し込んだ。

 後部座席に身を沈めるが、震えが止まらない。嗚咽を漏らして泣くあたしを、ケビンがずっと抱き締めてくれていた。


 ――世界が、突如パンデミックに襲われ、人類の半数がゾンビと化して1週間。

 あたしは、いつも優しかった大切な親友を亡くした。


-*-*-*-


『To be continued……』


 黒地に赤い文字が不気味に浮かび、オドロオドロしいエンディングテーマが流れる。


「どうするー? 続き、見るー?」


 シンと静まり返った視聴覚教室内に、問いかける。


「あ……あの、きゅ、休憩、しませんか?」


 小さな声を上げたのは、前から3番目の席にいる河童の「アイちゃん」こと碧胡あいこだ。

 彼女の地元では、清流を含む河原一帯がキャンプ場になってしまい、夏場は人間で煩いため、脱出エスケープを兼ねてうちの村のバイトに来てくれている。今年で4年連続参加の常連さんだ。


「そうだね。じゃ、続きの第3話は23時からにしまーす」


 長老達が派遣してくれたバイトさんの妖かしは、計10体。アイちゃんのように見知った者もいるが、初顔もチラホラ。種族も妖孤が半数だが、他には河童、小鬼、猫又にむじな、今年はなんとぬえもいる。


「梗子はん、ちょっと質問いいですか」


「はい?」


 鵺のぬーさんが、虎模様の太い腕を挙げた。猩々《しょうじょう》のように赤い猿顔は、濃い眉とギョロリと大きな眼の強面だ。アンバランスな丸い狸体型を漆黒の粋な着物が、包んでいる。尾っぽの蛇は大人しく膝の上でトグロを巻いている。

 鵺は気難しいと聞いたことがあるが、関西訛のぬーさんは、話してみるととても気さくなオジサンだ。


「ワシら、この『ゾンビ』とかゆう妖かし(・・・)に化けるっちゅう話ですが」


「ええ」


「実際に人間を喰うてはいかんのでしょう? 姿形だけ化けて、お客はん怖がりはるんですかね?」


「これは良い質問ですねー。ぬーさん、ありがとうございます」


 にっこり笑顔を向けると、彼の顔の赤みがサッと濃くなった。年上だけど純粋で可愛いなあ。


「この資料ビデオにあるように、『ゾンビ』は生者の人肉を喰らいます」


 廊下側の席で、小鬼の緋炎ひえんがゴクリと垂涎するのが見えた。小鬼も人肉は好物だ。用意した資料ビデオが、彼の渇望を刺激したことは間違いない。


「ですが、みころ村の肝試しは、『安全に極上の恐怖を提供する』ことが目的です」


 チラ、と緋炎に視線を送り、牽制する。「分かってます」というように、彼は小さく首肯した。


「ところで、ゾンビの怖さは、何だと思いますか?」


 スクリーンの前、教壇の上に置いた椅子に座り、あたしはバイトさん達をぐるりと見回す。


「見た目のグロさでしょ? 西洋のモノノケは品がないわよね」


 あたしと同じ妖孤のあんず姉さんが、ツンと澄まし顔で涼しげな狐眼を細める。


「ええ。それもあります」


 大きく頷いてみせる。


「それもぉ? 他にはぁ、なあにがあるんだぁ?」


 でっぷりとした太鼓腹、いや狸腹の貉、草太郎そうたろうさんが間延びした声で聞いてくる。

 気の良さが面相に現れた丸顔のオジサン狸の彼は、地元に帰ると20匹の子どものお父さんだ。今日日、金のかかる時代でねぇ、との出稼ぎ参加は、今年で3年目になる。

 ゾンビの資料を見て真っ先に青ざめていたが、伝説の「日本三大化け狸」として名を馳せる「讃岐の太三郎狸」の末裔だ。化け術はトップクラスで頼り甲斐がある。


「ゾンビの最大の怖さは――さっきまで仲間だった同朋が襲ってくる、という点です」


 あちこちから「ああ」とか「なるほど」という納得の声が上がる。

 少し間を置いてから、あたしは続けた。


「そんな訳で、皆さんには人間に化けていただきます。当日は、本当の参加者に混じって、肝試しに参加してもらいまーす」


 キョトンとしたバイトさんを前に、あたしはもう一度にっこり笑顔を見せた。



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