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大人が本気で泣く、肝試し(2)

 やっぱり、実家うちはいい。

 清水家の離れから、庭の奥の古びたほこらに移ると、即刻、全裸になった。基本的にあたしは裸族。必要に応じて服を身に付け、髭や尾を隠し、人間の女性に扮しているが、他人の目がない実家では素に戻る。所謂、スッピンってやつだ。

 脱ぎ散らかした衣服もそのままに、畳の上に大きく伸びた。


「こぉら、行儀の悪い!」


「ひゃっ?!」


 突然、ドスの効いた雷が落ちて、あたしはくるんと丸くなる。


「脱いだら片付けないか! こぉの小娘が!」


「たまばぁ、起きてたの?!」


 声の主の正体が分かったあたしは、パッと身を翻して白い毛玉に抱き付いた。

 毛玉は金色の双眸を見開くと、フン、と荒い鼻息を立てて巨大な三毛猫に姿を変える。彼女の鉤型の尾は先がYの字に別れており、巷では「猫又」と呼ばれている。


「お前が騒々しいから、目覚めちまったのさ」


 文句を言いながらも、彼女はあたしの衣服を1枚1枚拾っては、きちんと畳んでいる。


「たまばぁ、お土産あるよ」


「何さ、早速機嫌取りかね」


 綺麗に重ねた服をスーツケースの横に置くと、彼女は紫の座布団の上に鎮座した。

 素っ気ない物言いだが、期待が膨らんでいることが、ユラユラ揺れる尻尾に現れている。ふふ、正直なんだから。


「今年は樹海が豊作でね……13年ものの珍味もあるよ」


 あたしはスーツケースの封印を解き、中から小さな黒い壺を1つ取り出した。蓋には、更に封じ込めの札を貼ってある。


「ほぅ、そうかね」


 それはそれは……と呟きながら、たまばぁは金の瞳を三日月の形にした。

 壊れ物を扱う手つきで壺を確り掴むと、真っ赤な長い舌が口の周りをペロリと舐めた。右手の人差し指の爪先で、ピリリと封を破った途端――ヒャアアアァ……と甲高いつむじ風のような悲鳴が上がり、亡者の気配が吐き出される。


「あぁ、これは上物だ」


 たまばぁは小さく呟いて、壺の中から黒くでろんとした塊を摘まみ上げると、美味そうに口に運ぶ。

 全身の体毛をふっくり膨らませ、眼をうっとり閉じて味わう。ご満悦の表情だ。


 猫又は、猫の妖怪である。普通の猫が100年生きると、尾先が割れて二股になる。そうなると妖力を持ち、人間の魂を喰らうようになるのだ。

 たまばぁは、元々清水家で飼われていた猫だから、清水の人間に悪さするなどあり得ない。むしろ目に見えない災禍を追い払うボディーガードみたいな存在なのである。


 お土産――黒い壺の中身は、樹海で人知れず命を断った揚げ句、成仏出来ずにさ迷っていた亡者の魂だ。恨みつらみや未練や後悔、そんなものがごちゃ混ぜになった、成れの果てである。


 妖かしの中には、人間を喰わなくては妖力を保てないものもいる。人間を喰いたいという渇望を抑えることが困難なものもいる。

 あたしは、村人に被害が及ばないよう、全国津々浦々を巡っては、さ迷える魂を捕獲し、村に運ぶ。そういう役目だ。


「……そうだ。伏見の長老が、たまばぁにって」


 再びスーツケースから取り出した、赤い玉手箱をちゃぶ台の上に差し出す


「まぁた、厄介事かね。あすこの爺さんは、すぅぐ他人ひとを頼るねぇ」


「御礼は、最高級のマタタビだって」


「フン、物分かりだけはいいさね」


 最高級のマタタビと聞いて、食指が動かぬ筈はない。猫又のたまばぁに取ってのマタタビは、あたしに取っての油揚げみたいなものだ。抗えない魅力に、項がチリチリする。


「梗子、かず達に懐くのも、程々にしな」


 壺の中の魂を平らげたたまばぁは、名残惜しそうに指先を舐めながら、諭し出した。


「分かってるよ」


 途端、あたしは不機嫌になる。


「あの2人は人間だ。特に和は、後取りを残さにゃならん立場だ」


「分かってるって」


 あたしは、たまばぁから視線を逸らし、自分の褐色の尻尾を見詰める。フサフサの2本の尻尾を。


「辛い思いするのは、お前だよ」


「もー! 分かってるってばぁ!」


 ブンブンと首を振る。視界の端に、ピンと張った髭が揺れる。自分が何者か、否が応でも思い知らされ、泣きたくなる。


「九尾生やすなんて、何百年もかかろうさ。人間の時間は短いんだよ、梗狐きょうこ


 言い聞かせる口調は、いつしか慰めに変わり、たまばぁの大きな掌があたしの背を撫でる。優しくて、あったかい。


「……分かってるよぅ」


 彼女に促されるまま、あたしは抱き付いて涙を溢す。

 分かってる。あたしは妖狐、2人とは違う。彼らのお父さんが早くに他界したから、長男の和ちゃんが急いで仏門に入り、この「清行寺せいぎょうじ」の住職になったのだ。それに――。


「お前が恩義だけで動いちゃいないこと、わたしゃ、ちゃあんとお見通しだ。だから、心配なんだよ」


「うぅ……たまばぁ……」


 それに、彼らのお父さんが早世したのは、あたしのせいだ。だから、あたしは2人を、清水家を、みころ村を、守らなくちゃならない。


「お前が、和達ときょうだいみたく育ったのを見てきたからね……だけど、わたしらは妖かしだ。分を弁えなくちゃなんねぇ」


 たまばぁの言うことは正しい。張り裂けそうな気持ちのまま、ただコクコクと頷くしかなかった。




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