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80話 激闘

「皆っ、今すぐジークから距離を取れっ!」


 俺は震える声で必死に皆に伝える。

 この数秒をどう動くかで死人の数が変わってくるかもしれない。

 短く端的に、伝えるべきことを伝える!


「コイツのスキルは<魔物化触手LV10><魔法軽減LV10><剣術軽減LV10>だっ!」


 詳細を話している時間的余裕はない。

 だけどその名称を聞いただけでも、その恐ろしさは伝わるはずだ。

 人間の敵う相手じゃないんだ、コイツは。


「やっぱり君だ。僕の計算外のことが起こるのはいつも君のせいだよ。シファー・アーべラインよりも君の方が脅威のような気がしてきた」

「……そりゃどうも」


 よし、俺と会話が続いているうちに皆遠くへ逃げてくれ。

 正直、正面から対峙して口をきいているだけで気絶しそうなくらいの威圧感なんだ。


「君、名前は?」

「……レウス・アルガルフォン」


 心臓の音が聞こえる。

 ドクン、ドクンと鳴っている。

 俺にはそれが、「生きたい」と必死に叫んでいるように思えて、訳も分からず涙があふれてきた。


「……あれ? ひょっとして、もう折れてるのかな? なぁんだ、なら警戒する必要もなかったね」


 その視線が俺から外れる。

 重苦しい圧迫感が消え、同時にマズいと思った。

 ジークが動き出してしまう。

 殺すにしろ、魔物に変えるにしろ、ヤツが動けば犠牲者が何人になるかわかったものじゃない。


「ジークっ!」


 標的を探すようにキョロキョロと定まらなかったジークの視線が、声のした方へと向く。


「……私はまだやれるぞ」


 そこにいたのはシファーさんだった。

 おびただしい汗をかきながら、表情は努めて冷静に振舞っている。

 あの威圧感を真っ向から受けてそんな顔が出来るのか……。


「あ、あたしもやれるわ!」

「わ、わたしもですっ!」


 続けて聞こえてきた声に、俺は耳を疑った。

 聞き覚えのあるその声の主は間違いなくミラッサさんとマニュだったからだ。

 人々の避難誘導を済ませた後、逃げる他の人々を目にしても尚二人はこの場に残っていたらしい。

 二人は恐怖に体を震わせながら、しかしシャンと立っている。


 俺は何をやってるんだ。

 ……そうだ、俺も戦うんだ。

 自分に誓ったじゃないか!

 ジークは俺が倒すんだって!

 自分を裏切ることはもう終わりだ、俺は自分を裏切らないっ!


「……二人は下がってて。俺がやるよ」

「レウスくんっ」

「レウスさんっ」

「ありがとう、二人のおかげで勇気を取り戻せた。もう大丈夫」


 二人の為にも、自分の為にも。

 この恐怖に打ち勝って、ジークを倒してみせる。

 もう折れない。絶対に。


「……そうね。あたしたちの実力じゃ、正直足手まといになる。でも、ここからは逃げないわ。あたしたちはレウスくんが勝ってくれるって信じてるから」

「わたしたちは一心同体、死ぬときは一緒です。でも、それは今日じゃない。ですよね?」


 二人はそれぞれ拳を握ると、俺の胸にトンと触れた。

 そして邪魔にならないように後ろへと下がっていく。


「……シファーさん」

「なんだ、レウスくん」


 俺はこの数分間で考えていたことをシファーさんに伝える。


「レベル10のスキルはレベル9までとは一線を画す。……ってことは、推測でしかないですけど、今までよりさらに魔物化から元の身体に治しにくいと思うんです。もしかしたら治せないのかもしれない。シファーさんが喰らったら終わりです。魔物になったシファーさんは誰にも倒せない。でも魔物になった俺をシファーさんならきっと倒せる。だから、シファーさんは俺のサポートに回ってくれませんか?」

「……」

「それに、自分自身に向けてなら触手を喰らった瞬間からヒールを撃てます。すぐにヒールすればもしかしたら助かる……かもしれない」

「それはそうだが……かもしれない、だぞ」

「わかってます。大丈夫です、二人に勇気を分けてもらいましたから」

「本当にいいパーティーだな。羨ましいよ」


 シファーさんはクスリと笑った。

 本当にそうだ。

 俺は恵まれている。

 恵まれすぎている。

 この幸運に、なんとしてでも報いたい。


「お話は終わったかな?」

「ああ。待っててくれて感謝するよ」

「いやいや、僕には無縁な会話だったからね。聞いていて中々楽しかったよ」


 余裕しゃくしゃくといった表情のジーク。

 その体から感じる威圧感に変化はない。

 だけど、もう平気だった。

 二人に触れられた胸の中心に、ポカポカと温かいものを感じたから。


「ファイアーボールッッ!」


 ここまで来て今更様子見なんてのはなしだ。

 全力の全力で行く!

 轟轟と燃え盛る赤い球体は、ジーク目掛けて一直線に飛んでいく。

 ジークはそれを避けることもなくその身で受けた。

 直撃したジークの額から、ツウと薄く血が流れる。


「……少し痛いか。この身体に血を流させるなんて、どうなってるんだよ君は」

「ファイアーボールッッ!」


 後先考えず、籠められるだけ魔力を込めてファイアーボールを唱える。

 魔力切れになることは恐れない。

 俺は俺を信頼する。


「魔人化触手」


 ジークは己の被弾を無視してスキルを使ってきた。

 俺とシファーさん二人の眼前に、いきなり白い触手が現れる。

 視界の端で、シファーさんが触手を斬り伏せているのが見えた。

 俺にはあんな芸当は出来ない。なら、自分のやり方で乗り越えるだけだ。


「アースウォールッ!」


 俺の足元が隆起し、俺を吹き飛ばす。

 方向はもちろんジークの方。

 全力のファイアーボールでも威力が足りないのなら、至近距離から撃ってやる!


「うぉぉぉぉっっ!」

「凄いな君は。呆れるほどの愚直さだ」


 スッとジークが手を動かす。

 すると俺とジークの間を遮るように、無数の触手が出現した。

 百本近くか……無茶苦茶だなこりゃ。

 でも止まらない、絶対に近づく!


「サポートするっ! そのままいけ!」


 寸前まで迫った触手が消える。

 次に迫った触手も、その次も。

 シファーさんが斬り伏せてくれているのだ、と気が付いた時には、ジークの生み出した触手はほぼ狩りつくされた後だった。


「シファー・アーべライン……っ!」

「いけ、レウス! 思いっきり撃ちこめ!」


 目と鼻の先まで迫ったジークへ、叫ぶ。


「ファイアーボールッッッ!」


 己の掌にファイアーボールを創り出す。

 何度も何度も、何度も繰り返したこの動作。

 その集大成を、今ここで見せる。

 掌に納まりきらない、赤い火球。

 ……まだだ、まだ足りない。


「ファイアーボールッッッ!」


 同じ魔法を重ねて唱える。

 初めて行う二重の詠唱。

 上手くいくかなんてまるでわからない。

 だけどさ。成功しなきゃ負けるんだから、成功させるしかないだろ。


「ファイアーボールッッッッッ!」


 三重詠唱。

 炎の色が赤から白へと変わる。

 一目見ただけで目が潰れてもおかしくない輝き。

 そんな桁違いの光を放つ魔力の塊を携えて、ジークの目前に着地する。


「魔物化触手ッッ!」


 白い火球を見て、さすがにジークの顔にも焦りが見えた。

 俺を後退させることが目的なのだろう。魔物化の力を持った触手を二人の間に再び展開する。


「どうだ、触れれば理性を失い魔物に変わる! 君のヒールでも治せないぞ!」


 知るかよ、そんなの。


「……ファイアーボールッッ! ファイアーボールッッッッッッッ!」


 四重詠唱。五重詠唱。

 触手を無視して、ファイアーボールを唱える。

 ここで決める。コイツで決める。


「……無茶苦茶だろ、なんだよその魔力量は!」


 ジークが後ずさる。

 それを遮ったのは、ジークの背後からのシファーの剣撃だった。


「レウスの本気を無駄にするわけにはいかないな」


 いつの間に回り込んだのだろうか、息もつかせぬ連続攻撃だ。

 ジークはその場から一歩も動けていない。

 ありがとうシファーさん、おかげで思いっきり撃てるよ。


「喰らえぇぇッッッ!」


 ゼロ距離で、掌底とともにファイアーボールをジークの身体に打ち付けた。


「グフッッッッ!?」


 ファイアーボールに触れた先からジークの身体が消滅する。

 ジークの身体には大きく球形の穴が開いた。


「ぐっ!?」


 と同時に、俺の身体に痛烈な痛みが襲ってくる。

 そうか、さっきの魔物化触手の効果が出始めたな……?


 でもまだだ。まだジークは倒せてない。

 今ヒールを唱えるわけにはいかない


「おっらぁぁぁッ!」

「ギャアアッッッ!」


 ジンジンと痛む腕を懸命に動かして、ジークの肉体を消していく。

 まだ動かせる! 俺の腕はまだ動く!


「……あっ」


 フッと。

 驚くほど唐突に、ジークの身体から放たれていた圧倒的な圧迫感が霧散した。


「なっ!? 僕の身体から、力が抜けていく……!?」


 もはや顔しか残っていないジークも驚いた様子だ。

 ……ってことは、勝ったのか?


「……ぐあああッッ!?」


 ホッとしたところで、一気に痛みが激しくなった。

 意識が途切れかけ、ファイアーボールが解除される。

 クソっ、できれば顔まで一気に消滅させたかったのに……!


「ヒールっ!」


 すぐさまヒールを唱える。

 白い光が体を包む。……けど、痛みが治まる素振りがない。

 それに、体がボコボコと膨らんできている。


「ははは、まさか僕が負けるとはね……」


 顔だけになったジークは半ば呆けたように俺を見ていたが、もはやそれに構う余裕は俺には無かった。


「あああああああああああああああああッッッ!」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッッ!


 形容しがたい、どんな凄惨な例を出しても足りないような痛みが全身を包む。


「……ヒー……ルゥっ……!」


 息も絶え絶えになりながら唱えたヒールも効いているのか効いていないのかまるでわからない。


「おっと、今まで治せたからといってまた治せると思ってもらっちゃ困るよ。僕の魔物化触手にはヒールはほぼ効果がないといっていい。さっきの被検体、ヒール五回で治っていたろ? 君は彼以上に治しにくいはずだよ」


 ジークが何か言っているみたいだけど、頭がガンガンして内容が理解できない。

 ジークの方を向くと、滲んだ視界に赤が見える。

 血を吐いているのだろうか、だとするとジークももうすぐ消えるんだな。


「ゴフッ……ああ、残念だ。僕はもう死ぬんだね。……だけど寂しく無いなぁ。死に逝くときに、君の苦痛に歪む表情が見れたんだから。さあ、諦めなよ。もうあがくのも無理だろう?」

「ヒー……ルッッッ!」


 死なない、俺は死なないっ!

 マニュと、ミラッサさんが待ってるんだっ!

 二人が俺を信じてくれてるんだ……っ!

 だから、死んでたまるかぁぁっっ……!


「なっ!? あ、あり得ない、まだ魔法を唱えるだけの理性を保っていられるなんて!」

「ヒー……ぐうぅぅぅッッッ!」


 痛みで頭がボーっとして、ヒールが正しく唱えられているかどうかも理解できない。

 ただただ痛い。無限に続いているんじゃないかって錯覚してしまうくらいに痛烈な痛み。

 まったく鮮度を落とすことの無い新鮮な痛みが、衰えることなく俺の身体を痛めつけてくる。


「ふ、まあいい。どうせ苦しんで死ぬだけだ。かわいそうに。ゴホッ、ゴホッ……! ……僕が一足先に、あの世ってやつを見てきてあげるよ。また会おうじゃないか、レウス・アルガル……フォン……」

「いー……ヴ……! ……ヴゥ……ッ!」


 こんなに頑張って、意味なんてあるのだろうか。

 こんなに治し続けるのは、自分を苦しめ続けるだけなんじゃないだろうか。

 もう楽になりたい。

 そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。


「……いぎ、だい……ッ!」


 口が自然と動いた。

 何も聞こえなかったはずの耳に、頭に、声が響いた。

 そうだ、生きたい。

 俺は生きて、また皆に会いたいっ!


「ヒー……ルッ……! ヒー……ルぅぅッ……!」


 治れ! 治れ! 治ってくれ!

 ミラッサさんに、マニュに、シファーさんに、ゴザ爺に。

 皆に会うんだよ、俺は。

 死んでなんてられないんだよ。


「頑張ってレウスくんっ! あたしたちここにいるよっ!」

「レウスさん! 負けないでくださいっ!」

「レウス、踏ん張れ! 痛みを乗り越えろ!」

「レウス坊、お前なら出来る! 俺に感謝の言葉を言わせろ!」


 空耳だろうか、声が聞こえる。

 いや、空耳じゃない。

 耳が聞こえなくったってわかる。心からの言葉は耳じゃなくて胸に響くんだ。


「頑張れ!」

「負けるな!」

「戻って来い!」


 声援が聞こえる。

 何十人、ひょっとすると何百人からの声援。

 それが言いようもなく力になった。


「ヒー……ルッ!」


 何回唱えたかわからないヒールをまた唱える。

 絶対に諦めたりするもんか。

 どれだけ醜くっても、どれだけ汚くっても、生き残るんだ……っ!


 段々と、感覚が戻ってきた。

 両手が誰かに握られているのがわかる。

 ……誰かじゃないか。感覚でわかるや。

 ミラッサさんとマニュだ。

 二人の手だ。だからこんなに温かい。


「起きて、レウスくん!」

「起きてください、レウスさん!」

「……ヒールッ!」


 見えるようになった視界が、白い光で染まった。

 痛み続けていたのが嘘みたいに体が軽くなる。

 足に力を入れて、立ち上がってみる。


「あ、あー……うん」


 よし、声も出る。


「皆のおかげで助かりました。ありがとう!」


 そう告げた次の瞬間、俺は集まっていた数百人の住民に押しつぶされた。

 いてて……まったく、もうちょっと優しく喜んでほしいもんだよ。

 痛すぎて涙が出ちゃうじゃないか。

 別に、感動して泣いてるとか、そういうんじゃないんだからね。

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