8話 めでたしめでたしってことにしておこう
「あーっと、あのですね……」
どうしよう……。
あーあーと曖昧な言葉で間を繋いでるけど、それももう限界だ。
俺が悩んでいるのは「どう伝えればいいか」ではない。「伝えるべきかどうか」だ。
冒険者というのは全て自己責任。
情報を明かすということは、弱味を見せることと同義だ。
ただでさえピーキーな能力の俺は、対策を立てられたらすぐにやられてしまう。
この秘密は果たして明かしてもいいものか。
ミラッサさんやマニュなら信用できるかもしれない。でもあの男はどうだ?
信用できるか? ……正直、信用できるとはとても――
「おい、黒髪」
男が話しかけてくる。
また何か揶揄してくるのかと思ったが……どうやらそういうことでもないみたいだ。
「俺は御者の様子を見に言っとくから、その間に話すことあるなら話しとけ。お前も俺を信用出来てねえだろ? そこら辺の節度は守るさ」
え?
い、意外だ。まさかそんな気遣いが出来る人だったなんて。
……あ、やばい、口ぽかんとしてた!
「な、なんかすみません。ありがとうございます」
変に思われてないよな? ……よし、大丈夫みたいだ。
にしても、なんで突然態度が変わったんだろう。
「いや……。感謝しなきゃいけないのはこっちの方だ。お前がいなきゃどうなってたかわかりゃしねえ。赤髪の女がいたし全滅はなかっただろうが、俺とそっちのチビの子供は死んでてもおかしくなかった」
あ、ファイアーボールを撃ったからか。
この人なりに、恩を感じてくれているらしい。
あまりこういう事態に慣れていないのか、男は決まり悪そうにしている。
だけど慣れていないのは俺も同じだ。
万年Eランクの俺にとって、他人から感謝される機会なんてのは滅多になかった。だからどうしていいかわからない。
今の俺、普通に振舞えてるよね!? 大丈夫だよね!?
「なあ、黒髪」
「は、はい! なんでしょう!」
「ありがとよ。それと、その……馬鹿にして悪かったな」
それを言われた瞬間、男に対する悪感情は消え失せてしまった。
我ながら単純なヤツだと思う。でも、冒険者なんて単純くらいでちょうどいいんだ。
「いえ、気にしてません」
嘘ではない。
言われた時は気にしてたけど、今はもう気にしてない。
切り替えが早くなきゃ、三年もEランクなんかやってられないからね。
何を言われても折れなかったものだけが、三年もの長きに渡ってEランクを務めることができるのだ。
……多分、誰もそんな名誉は受けたくないと思うけど。
「俺はリキュウだ。もし何かあったら、またよろしく頼む」
「レウス・アルガルフォンです。こちらこそよろしくお願いしますね」
リキュウと名乗った男と握手を交わす。
男の手は俺と同じように……いや、俺以上にゴツゴツと固かった。
まごうことなき剣士の手だ。
当然か、努力しなきゃCランクになれるわけないもんな。
そういう人にとってはずっとEランクの俺やマニュは真面目にやっていないように思えてしまうのかもしれない。
だからといってあの発言を擁護する気はないけれど、どっちにせよもう和解できたんだ。
……めでたしめでたし、でいいよね?
「男の友情って感じ? 良いわね、そういうの」
リキュウが地竜車の方に向かったのを見て、ミラッサさんが声をかけてくる。
「ちゃんと話してみれば、そこまで悪い人でもありませんでした」
「そうね。でも、今はそれよりあなたのことよ」
あ、はい、そうですよね。
逃がしてくれませんよね。
「端的に聞くわ。あなたは何?」
「ちょっ、人間ですよぅ。やだなーもう、ミラッサさんってば」
「……本当に?」
……あれ、今のって冗談じゃなかったの?
なんか予想外に目が真剣なんですけど。
てっきり冗談かと思ってたのに、俺は人外の疑念をかけられていたらしい。
「お、俺は人間ですよ!? 証拠は……ないですけど」
「……そうよね。ごめんなさい、ちょっと動揺しちゃって。あんなの見たの初めてだったから……失礼よね。ごめん」
そこまで申し訳なさそうにされると、逆になんかこっちが悪いこと言ったみたいな気になるな……。
お? マニュがミラッサさんに近づいたぞ?
そしておどおどとしながらゆっくりとミラッサの背中に手を伸ばし、さする。
何をするつもりなのかと思えば、慰めるつもりらしい。
「ど、どんまいです……」
「マニュちゃん、ありがとう。あなた優しい子ね」
「せめてこれくらいはしないと……戦いでは、ぜ、全然活躍できませんでしたから……。……どんまい、わたし。……うぅ」
「そ、そんなことないわ、マニュちゃんは頑張ったわよ。ね? 元気だして?」
「は、はいぃ……」
慰めるんじゃなかったのだろうか。
なんか逆にミラッサさんに慰められてるんだけど。
……この人たちなら、信用してもいいか。
二人の様子を見ていると、不思議とそう思えた。
「わかりました、二人には俺の秘密を教えます。……信用しますから、くれぐれも他言無用でお願いしますね?」
「ええ、もちろんよ」
「は、はい!」
まあ、もし誰かにバラされたりしたら、自分の見る目がなかったんだと思おう。
よし、ステータスカードを他人にも見えるようにして……っと。
「ステータス、オープン!」
◇――――――――――――――――――――――◇
レウス・アルガルフォン
【性別】男
【年齢】15歳
【ランク】E
【潜在魔力】0000
【スキル】<剣術LV2><解体LV2><運搬LV2><ファイアーボールLV10>
◇――――――――――――――――――――――◇
さて、二人の反応はどうかな?
「ちょっ、何よこれ!?」
ミラッサさんは切れ長な瞳を大きく見開く。
その拍子に赤い髪がしゃなりと揺れたのが俺的には少しドキッとしたけど、それは心の中に隠しておこう、うん。
カッコいい女の人が驚いてるところって、何かこうゾクッとしてしまう。
「ふぇ、ふぇぇぇ……」
マニュは……うん。まず人間の言葉を取り戻そうか。
驚きすぎて目が潤んじゃってるし。
まだ十二、三歳だろうから仕方ないけど、涙腺が緩すぎる気がしないでもない。
「うぇ、す、すごい……!」
やっと人間の言葉を取り戻したマニュは、キラキラと尊敬の目で見つめてくる。
上目遣いされるともうね、駄目だよね。この子の親になりたい。
割と本気でそのくらいには天性の庇護欲かきたて職人だなぁ、この子。
「<ファイアーボールLV10>にも驚いたけど、【潜在魔力】0ってどういうこと……!? これでなんでファイアーボールが使えるの……?」
ミラッサさんはといえば、口元に手を当ててブツブツと喋っていた。
意外とステータスオタクなのかな?
いや、これが普通の反応なのかもしれないけど。
「ああ、【潜在魔力】の欄は実は0じゃなくて10000なんです」
「……え? い、10000? ……冗談じゃ、なくて?」
窺うような視線に、コクンと頷く。
さすがに冗談でこんなことは言わない。
「俺もずっと0だと思ってたんですけど、最近気づいて。地元の魔物相手だと魔法の威力が強すぎて素材が残らないので、街を出たところだったんですよ」
「す、すごい理由ね……。でも、あなたから雰囲気を感じたのもこれで納得だわ。あたしの勘もまだまだ捨てたもんじゃないってことね」
ミラッサさんはそう言うと、スッと俺に手を差し出してくる。
えーと、どういう意味だろ……?
顔を上げると、ミラッサさんは真面目な顔をしていた。
「きっとあなたは将来、すごい冒険者になると思うわ。こうして共闘できたことを、誇りに思う。ありがとね、レウスくん」
「あ、こ、こちらこそ、どうも」
ミラッサさんの手を取る。
彼女はニコッと微笑を浮かべた。俺はかぁぁと顔を赤くした。
は、反則だろそんな笑顔……! 不意打ちだ、くそっ。
でも、Bランクなんて雲の上の人が、Eランクの俺に夢のような言葉をかけてくれたんだ。
この思い出も、心の宝箱にしまっておこう。……ミラッサさんの笑顔と一緒に。