79話 ジーク・インドケット
向かい合う俺たちとジーク。
その硬直を破ったのはシファーさんだった。
目にもとまらぬ速さでジークに近づき、剣撃をお見舞いする。
ジークはそれを毒触手で防いだ。
「貴殿の相手はレウスだけではないぞ。ジーク・インドケット、貴殿は私がここで討つ」
「あのシファー・アーべラインに名前が知られてるなんて光栄だなぁ。でも君、かなり厄介なんだよねぇ」
シファーさんが前線で戦っている間は俺の出番はない。
周りの冒険者たちも加勢にいっているから、戦場がだいぶゴチャついている。
この状況でファイアーボールを撃つと、敵に当たる前に味方に当たってしまう。
俺のファイアーボールは威力が高い分、使いどころには気を付けなきゃならない。
「鑑定ッ」
そこで、この時間を利用して相手の強さを確認しておく。
相手の使うスキルが分かっているだけでもかなり大きなアドバンテージだ。
っと、見えてきたな。ジークのステータスは……。
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ジーク・インドケット
【性別】男
【年齢】25歳
【ランク】A
【潜在魔力】1216
【スキル】<毒触手LV9><調合術LV8><剣術LV5><鑑定LV5>
◇――――――――――――――――――――――◇
……なるほどね。
かなり尖ったスキルの持ち方だ。
毒触手の一点特化でこれまで戦ってきたタイプだろう。
「皆っ! ジークのスキルは<毒触手LV9><調合術LV8><剣術LV5><鑑定LV5>の四つだ!」
今得た情報を大声で全員に伝達する。
これで知らないスキルで不意打ちするなんてことは不可能になったぞ。
さあ、焦れジーク。
「また君かぁ……。なんなんだよ君、ほんとさぁ」
ジークはかなりイラついていると見て間違いないだろう。
呼び出し続けている毒触手の動きが少しずつ単調になってきている。
「ここだッ!」
その隙をシファーさんが見逃すはずもなかった。
触れたらどうなるか、想像もしたくないような紫色の触手の間を見事すり抜け、ジークの顔面目掛けて剣を突く。
「ッッ! 来い、毒触手ッ!」
ジークは持ち前の反射神経を生かしてすぐさま後ろに下がり、毒触手を再展開して追撃を封じた。
激しい動きでフードを落としたジークの頬はパックリと割れ、ドクドクと血が流れ出る。
「惜しいな……殺ったと思ったのだが」
さすがシファーさんだっ!
他の冒険者の攻撃を上手く囮にして一撃入れるなんて!
毒触手ってスキル、一回に召喚できる触手の数も多いし制圧力がある、かなり対大人数の戦いに向いてるスキルみたいだけど……シファーさんに勝てるほどじゃない。
このままいけばこっちの勝ちだ。
俺が止めを刺せないのは少し悔しいけど、倒すのがなにより優先。我慢するしか――!?
「皆、離れ――」
「全員離れろッ!」
俺が指示を出す前に、シファーさんが指示を出す。
そこから一瞬遅れて、地面を埋め尽くすほどの毒触手が今までシファーさんたちがいた場所に湧いて出た。
その数は十や二十じゃきかない。数百の触手がうねうねと獲物を求めてくねっている。
あ、危なかった……あのままあそこにいたら皆毒触手の餌食になってたぞ……。
全員が冷や汗をかく中、シファーさんはただ一人平然とジークを視界にとらえていた。
「焦ったのか? たしかにすさまじい魔法だったが、これほどの魔力を使ってしまえばもう魔法は使えないだろう。チェックメイトだ、ジーク」
「仕方ないか、もったいぶるのはここまでにしておこう。……シファー・アーべライン。残念だけどチェックメイトにはまだ早い」
そう言うと、ジークは内ポケットから何かを取り出す。
細く長いあれは……試験管か?
そしてその中に入っているのは、黒い液体……魔物化の薬か!
「魔物化の薬だな? それでどうする、自分に使うとでも?」
「その通りだよ。なぜ君たちの前に現れたと思う? なぜ逃げなかったと思う? 完成したからさ、僕の念願の薬がね」
そう言うと、ジークは薬を飲みほした。
シファーさんたちが一斉に斬りかかろうとするが、先ほど召喚した毒触手たちが邪魔をしてジークの元まで辿り着けない。
その間にも、ジークの身体はゴキゴキと異様な音を発しながら刻一刻と変化し、巨大化していく。
「ファイアーボールッッ!」
幸か不幸か、シファーさんたちは触手に阻まれていてジークとはまだ距離がある。今なら撃てるっ!
魔力を調節し、シファーさんたちに当たらないように注意しながらファイアーボールを放つ。
しかしジークはまだ変化途中の身体とは思えないほど素早く動き、ファイアーボールを躱してみせた。
「さっきより遅いね。それじゃ当たらない」
「ぐっ……!」
くそっ……!
魔物に変わっている途中なら動けないと考えたのが甘かったか……!
まさか変化途中でも今までより速いなんて……!
もはや、ジークの魔物化を止める術は俺たちにはなかった。
空気が振動するほどの魔力。それがジークを中心として発される。
巨大化していた体はある時点から逆に縮小を始め、元の大きさへと回帰していく。
それに伴い、ジークの魔力は密度を増し、濃度を増し、総量を増し――目の前に現れたのは、人の領域を踏み越えた存在だった。
「良い気分だ。まるでこの世にもう一度生を受けたみたいな気分だよ」
細くしなやかな、しかし同時にはちきれんばかりに詰まった筋肉。
どんな攻撃も意に介さないと感じてしまう漆黒の皮膚。
そして圧倒的な威圧感。
ヤツの視界に入った俺たち全員が、シファーさんでさえ、身じろぎ一つできなかった。
「人化した魔物は魔人と呼ばれているからね。それに倣って……人魔、とでも言おうかな。うん、それがいい」
ジークは空を見上げ、一人満足げに頷く。
視界から外れたことで、俺の身体の所有権がやっと俺の意思の元へと帰って来た。
「……鑑定」
震える声でつぶやく。
◇――――――――――――――――――――――◇
ジーク・インドケット
【性別】男
【年齢】25歳
【ランク】A
【潜在魔力】8826
【スキル】<魔物化触手LV10><魔法軽減LV10><剣術軽減LV10>
◇――――――――――――――――――――――◇
「……なんっだよ、これ……」
滅茶苦茶だ……滅茶苦茶だろこんなの……。
魔法も剣術もほぼ無効化されるってことだろ……?
しかもあの<魔物化触手>ってスキル、おそらく触れたら魔物になる効果を持っている触手を召喚するんだろう。
どうやって勝つんだよこんなヤツ……。
「改めて自己紹介するよ。僕はジーク・インドケット。今から君たちを亡ぼす人魔だ」
ジークの言葉が、重く、重く、俺たちの肩にのしかかった。




