76話 ロビーにて
マニュとミラッサさんが魔物にされかかってから二時間後。
俺はゴザ爺と共にギルドのロビーに座り込んでいた。
マニュとミラッサさんはギルド職員用のベッドに寝かさせてもらっている。
宿に連れて帰ろうと思ったのだが、「今は宿よりもギルドの方が安全だ」とのシファーさんの言葉に従って、二人の意識が戻るまでの間ギルドのお世話になることにした。
「待たせてしまったな」
ギルドの奥の扉からシファーさんが顔を出してくる。
「子供たちの事情聴取が終わったよ」
「どうでしたか、子供たちの方は」
「やはり悪意はなかったようだ。<精神感応>という心を覗き見るスキルを持っている人間が調べたから間違いはない」
そんなスキルもあるのか、知らなかった。
でもスキルで確かめたのならならとりあえずは安心できるかな。
俺の直感の通り、子供たちに悪意はなかったみたいだ。
おそらくジークに唆されたのだろう。見たところ年齢もまだ六、七歳ほどだったし、口が回る人間ならば意のままに操ることも不可能ではないのかもしれない。
「うかつだった……まさか子供を使うとは。本人たちに悪意が全くない分、気付くのが遅れた。私の落ち度だ」
「いえ、俺たち全員の落ち度です。ここまで卑劣な手を使うことを想定していなかった」
先の一件で頭が回ることはわかってたけど、ここまで意地の悪い手法を取ってくるなんてことにはまるで思い至らなかった。
人々を魔物化するためなら手段を選ばないのも、ここまでいくと恐ろしい。
そこまでして街の人を魔物に変えて、一体何が狙いなんだ……?
「今回の一件を受けて、私の私財を投げうって避難所を用意することにした。ギルドにも協力してもらい<精神感応>のスキルを所有している人材を用意して、複数体制で悪意のある人間が入ってこないようにチェックする」
隣接した高層の宿を全て貸切ってそこを避難所とする、という計画らしい。
前々から話を通していたらしく、すでに宿側の準備は完了しているとのことだった。
「ミラッサとマニュもそこに運び込む。冒険者に宿の周囲を警戒させるから安全だと思う。構わないか?」
「勿論ですよ」
断る理由がない。
いつまでもギルド職員用のベッドを借りておくわけにもいかないし、泊っている宿に戻るのも安全面で不安だ。
冒険者の警備があるならジークもそう易々とは攻めてこられないだろう。
「ゴザ爺にも来てもらいたい」
「相変わらず頼りになりやがるな、シファー嬢は。助かるよ」
ゴザ爺も異論を唱える気はないようだ。
「ちょっといいですか? 俺のヒールのことなんですけど」
話がひと段落したところで、俺は先ほど気付いた情報を改めて口にする。
「どうも、今までよりも魔物化からの治りが遅かったんです。今まではヒール一回で完全に元の身体に治せてたんですが、今回は三回使わないと駄目でした。多分、ジークは薬を改良しているんじゃないかと思うんです」
「……だとするとまずいな」
そう、まずい。実にまずいんだ。
いつか、ヒールをいくらかけても治せない薬を作られてしまう可能性もある。
そうなったらいくら俺が全力でヒールをかけようと無駄だ。
そうなる前に手を打たないと。
「次にジークが動くとき、そこで勝負をかけてヤツを捕まえるしかありません。そこでシファーさんに相談があるんですが……」
俺は今さっき思いついた作戦をシファーさんに告げる。
かなり博打の面が強い策だが、勝算はある。
全てを聞き終えたシファーさんは少し眉を顰め、言葉を選ぶようにして口を開く。
「本当にできるのか?」
「やってみせます」
「……わかった。私もレウスを信頼する。その案、私も乗ろう」
よし、シファーさんが乗ってくれれば百人力だ。
あとは、俺が間に合うかどうかか……。
やってやるよ……ジーク、俺は必ずお前を倒す!




