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75話 液体

 俺たちはゴザ爺を家まで送り届けるため、ソディアの街を歩く。

 あまりガチガチに周囲を警戒してしまうと街の人に威圧感を与えてしまうので、あくまで普段通りの雰囲気を心掛けている。


「外で駆け回るガキどもも随分少なくなってきちまったなぁ」


 ふとゴザ爺が呟く。

 それは俺も感じていたことだった。

 皆どこか不安そうな顔だし、通り過ぎる人の数も減っていて、特に子供の姿はかなり少ない。


「ガキはピーピーうるせえがよ、それでも街にいなくちゃならない存在だ。なにせガキってのは未来そのものだからな。無限の可能性を持ってる。そういう存在が街にいると、街が活気づくだろ」


 ゴザ爺の言う通りだと思い、頷きを返す。

「親がガキを安心して外にだせねえこの状況を早くなんとかしてえもんだな」と言うゴザ爺。「なんとかしてほしい」ではなく「なんとかしたい」と言うあたり、ゴザ爺も武器屋としてこの事件の解決のために力を尽くしているのが伝わってきた。

 冒険者以外にもゴザ爺のような考え方の人がいてくれるのは心強い。

 直接犯人と対峙して確保するような力がなくても、個人個人に出来ることをする。

 そんな考え方が少しずつソディアの街に伝播していっている雰囲気を感じていた。


「おっ、そんなこと言ってる傍からガキが二人走ってるな」


 そんな言葉に思考を中断すると、たしかに向かい側から走ってくる男女の子供の姿が見える。

 年は六歳ぐらいだろうか。

 二人とも半袖半ズボンで活発そうな見た目だ。

 子供特有の飾り気のない満面の笑みで、俺たちとの距離を詰めて来る。

 二十メートル、十メートル、五メートル……。

 そして、すれ違うまさにその瞬間。


「わっ!」


 子供たちは懐から何かを取り出し、俺たちへと投げてきた。


「っ!?」


 いたいけな子供たちの突然の行動に慌てる俺たち。

 何だ!? 何を投げられた!?

 黒い……液体か……?

 視界に広がる黒い液体と、先日黒マントの男が使用していた黒い液体が脳内でリンクする。

 ……ちょっと待て、これはまずいっ!

 ファイアーボールもアースウォールも間に合わない。

 どうすれば――


「レウスくんっ!」


 ドンッ!

 ミラッサさんが強い力で俺を押し、俺の身体は後ろに吹き飛ぶ。

 ミラッサさんは同時にシファーさんも吹き飛ばし、そしてマニュがゴザ爺を吹き飛ばしていた。


 状況を理解する暇もなく、吹き飛びながら受け身を取り、すぐに体勢を立て直す。

 黒い液体で濡れたミラッサさんとマニュの姿が視界に入った。


「ミラッサさんっ! マニュっ!」


 慌てて二人に駆け寄る。


「何してるんだよ二人とも!」


 二人は苦しそうな顔で俺の方を向いた。


「ゴザお爺さんは一般人ですし……」

「……シファーさんが魔物になってしまえば強すぎて誰も止められないし、レウスくんが魔物になってしまえばそれこそ治せる人がいなくなるでしょ」

「なら……わたしたちが盾になるべきです」


 理屈はわかる。わかるけどさ……!

 理屈と気持ちは別の話だ。

 あの一瞬で自分たちの役割を考えて全うした二人には尊敬の念を抱くけど、俺より自分のことを優先してほしかったという思いはぬぐい切れない。

 ……でも、二人は俺を信じて自分の身を投げたしたんだよな。

 なら、俺がやるべきことは一つしかない。

 二人の選択を「正解」にする――俺が今すぐ二人を治す!


「ヒールっ!」


 二人に全力のヒールをかける。

 マニュもミラッサさんも、身体の一部がボコボコと球体のように膨張してきてる。でもまだ液体をかけられたばかりで、完全には魔物化してない。

 今のうちに治せるのならそれが一番だ。魔物に姿が変わったとしても、二人と戦うことになんてなってしまったらいよいよ冷静ではいられそうにない。

 だから今、この瞬間に治すっ!


「うぅぅ……っ」

「ああぁ……っ」


 二人の身体を白い光が包んでいく。

 他の魔物化の被害者の人たちにも何度もかけてきたヒール。

 その効力は実証済みだ。

 いつもなら、この後大人しくなって元の身体に戻るんだけど……。


「ぐぅっ!」

「つぅっ!」


 二人の症状は全く収まる素振りを見せなかった。

 それどころか魔物化は止まらず、皮膚が段々と黒く固い魔物のものに変わってきている。

 どういうことだ、ヒールが効いてないのか……!?

 ……いや、よく観察しろ俺! 魔物化そのものは止まってないけど、その速度はさっきまでと比べてかなり鈍くなってる!

 つまり、ヒールは無効化されてないってことだ!


「レウスっ! 大丈夫なのか!?」

「嬢ちゃんたちの症状は治まってねえみてえだぞ!」

「大丈夫です! 必ず治してやるっ! ヒールっ!」


 焦る二人に返答しつつ、再度ヒールを全力で唱える。

 光がミラッサさんとマニュの身体を包む。

 先ほどと全く同じ光景だ。

 そして今度は、二人の魔物の部位がじわじわと元の状態に戻り始めた。

 よし、戻ってきた! でもまだ速度が遅い。なら……!


「ヒールっ!」


 これでダメ押しだっ!

 俺を信じてくれた二人の為に、絶対治す!


 ゆっくりと元の状態に治りつつあった二人の身体は三度目のヒールでさらに治癒速度を増し、そしてついに完全に元の身体へと戻った。


「ミラッサさん! マニュ!」


 すぐに二人の身体の状態をチェックする。

 他の被害者の例に漏れず気を失っているみたいだが、命に別状はないだろう。

 よかった、なんとか助けられた……。

 グッと両の掌を握りしめ、己の胸へと引き寄せる。

 自分が仲間の信頼に応えられたことを誇りに思う。二人に出会うまでの冒険者人生、自分に期待しては裏切られてばかりだったけど、今日の俺は俺を裏切らないでいてくれた。


「うぅぅ……っ」


 ふと気づくと、誰かの泣き声がしていた。

 そちらを向くと、その声の主が俺たちに向かって液体をかけてきた少年少女であることに気が付く。


「ご、ごめんなさい……。こんな、大変なものだって、知ら、なくて……ひぐっ」

「黒いマントを着たお兄さんが、うぅ、この水は魔法の水で、おねえちゃんたちにこの水をかけたら、おねえちゃんたちも喜ぶんだって……。もしちゃんと出来たらお菓子沢山あげるって言われて……ぐすっ」


 二人の態度に嘘は見えない。

 念のためシファーさんの顔色を窺うと、コクンと一つ頷きを返してくれた。

 シファーさんも同じ感想を持ったようだ。

 ゴザ爺も何も言いださないってことは、同じようなことを思ったのだろう。

 それぞれの道のトップクラスである二人なら俺よりも人を見る目は確かだろうし、その二人が疑ってないってことはこの少年少女は無実でほとんど間違いないかな。

 俺は子供たちの肩にポン、と手を置く。


「君たちに悪気がなかったのはわかった。でも君たちにはギルドについてきてほしい。いいね?」

「はい……」


 悪気がなかったからと言ってそのまま放置するわけにはいかない。

 さっきの「黒いマント」という発言からすると犯人のジークが直接接触していたみたいだし、詳しく聞き出せば他にも何か情報が得られる可能性もある。

 それにこのまま返してしまうと口封じのためにこの子たちが次の標的になる、というような可能性もある。

 俺の考えが間違っていなければ、多分この子たちはギルドでしばらく保護されることになるだろうな。


 まあ、この子たちと今これ以上会話することも特にない。

 俺は子供たちから視線を外し、倒れているマニュを背中に担いだ。

 同じようにシファーさんがミラッサさんを担いでくれる。

 普段感情がわかりにくいはずのシファーさんの目は、誰が見ても分かるほど怒りに染まっていた。

 でも俺はそれを指摘しない。だって多分、俺も同じような目をしてるだろうから。


「……シファーさん、俺決めました。ジークは俺がぶっ殺します」

「悪いが私も譲る気はないぞ。私だけならいざ知らず、古くからの恩人と、慕ってくれる後輩たちを狙われて黙っていられるほど温和ではない。地の果てまでも追いかけてジークを討つ」


 道の真ん中で、俺たちは静かに誓い合った。

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