73話 ぴょんぴょん
魔人化の一件から数日後。
この数日の間で、事態は何も動かなかった。
ジークは鳴りを潜めているのか、魔物化の報告もギルドには届いていない。
「おう、どうだった?」
「特に何も。昨日と同じだよ」
「そうか、了解」
ギルドに入り、冒険者仲間の男と会話を交わす。
ソディアの街の冒険者ギルドは今回の一連の事件を重く見て、冒険者全体で協力して警戒に当たることになった。
俺は今その見回りから帰って来たところってわけだ。
実際、冒険者の立場としても街が安全であることはかなり重要だ。
街の中で気を緩めていられるからこそ、冒険者は街の外で命を張ることができる。
常に命の危険を感じながら生きていては精神が摩耗してしまうんだ。
だから早いことこの一件を解決したいんだけど……。
「上手くいかないなぁ」
ギルドから宿へと戻ってきた俺はボソリと呟く。
まあ、焦っても意味がないのは分かってるんだけどさ。
「思いつめても仕方ないですよ。きっとギルド全体で見回りをしているのが功を奏しているんだと思いますっ」
俺と視線を合わせようとしているのか、ピョンピョンと跳ねながらマニュが励ましてくれる。
心配かけちゃいけないよな。しっかりしないと。
「ウサギみたいだな、マニュ」
「そうですかね。ぴょんぴょんっ」
「かわいい」
「そ、そうですかね。えへへ……」
かわいい。心が洗われるね。
午後。
宿で昼食を取った俺たちは、シファーさんと一緒にいた。
俺たちの目的地はゴザさんの武器屋。
何を隠そう、今日は武器屋のゴザさんが作ってくれる新しい剣の予定日なのだ。
「シファーさんも新しい武器を使うのは楽しみなんですね!」
世間話をしながら武具屋へと歩いていると、ミラッサさんがそう言った。
「む? たしかに私も剣士のはしくれだ。楽しみではないと言えば嘘になるが……そんなにバレバレだったか? だとすると少し恥ずかしいのだが……」
俺たちを見るシファーさんに、「いやいや」と首を傾げる俺とマニュ。
そんな素振りなんてなかったと思うけど。
少なくとも俺とマニュは気付かなかったわけだし。
そもそもシファーさんってかなりのポーカーフェイスだからなぁ。
注意深く見てないと中々感情の動きを読み取るのは難しいよ。
でも俺たち二人とは対照的に、ミラッサさんは目を爛々と輝かせて頭を縦に振る。
まあ、ミラッサさんはシファーさんの大ファンだもんな。普段から一挙手一投足に注目しててもおかしくない。そのおかげで気づけたんだろう。
「丸わかりでしたよ! だってシファーさん、いつもより歩幅が五センチ大きいですもん! いつも見てるからわかります!」
ごめん、それはいくら注意深く見てても気づかないや。
「そうか、私もまだまだだな。恥ずかしいところを見られてしまった」
「あ、あたしがシファーさんの恥ずかしいところを……!?」
ブハッと鼻から血を噴き出すミラッサさん。
何を想像してるんだ。邪な妄想はやめなさい。
「私のことをよく見てくれているんだな。ありがとうミラッサ」
「シファーさんの恥ずかしいところ……っ!」
まったく会話になっちゃいない……。
「あーあ。ミラッサさんが壊れちゃいました」
「シファーさん関連だとポンコツだからなぁ、仕方ないよ」
「ふふん、いくら褒めたってシファーさんの恥ずかしいところは二人には見せてあげないわよ」
「そ、その言い方はやめてくれないかミラッサ。凄く恥ずかしいんだが」
「……わかり……ましたっ……くぅっ……!」
うわぁ、めっちゃ悔しそう。




