71話 押しつぶされると痛い
「せええええいっ!」
ミラッサさんが魔物に斬りこむ。
その速度は魔物の対応速度を超えていて、魔物の身体から鮮血が噴き出す。
「ギャオオオオオオッッ!」
しかし魔物もひるまない。
凶悪な形をした鋭爪をブンブンと振り回し、ミラッサさんの身体を狙っている。
それを華麗に避けるミラッサさん。
だが、体力は有限だ。
人間の体力と比べたら、魔物の体力は桁違いに膨大。
このままずっと躱し続けることは難しいだろう。
だから、俺が魔物を引きつける。
「こっちだ!」
ミラッサさんに気を取られていた相手に、背後から剣での一撃をお見舞いする。
ガキン、と固い音がして火花が舞った。
俺の剣は魔物の固い皮膚に阻まれて、大したダメージにはならなかったようだ。
ピクンと動いた魔物の頭。それを見た瞬間、俺は後ろに跳ぶ。
「グラァッ!」
今の今まで俺がいた場所を、魔物の鋭い爪が通り過ぎる。
目の前の魔物の強さを感じながら、だけど俺はニヤリと笑った。
駄目じゃないか、俺のしょぼい一撃なんかでミラッサさんから気を逸らしちゃさ。
「ナイスだわレウスくん!」
ミラッサさんは良く通る声でそう言いながら、魔物の身体を斬った。
「グアアアアアアアッッ!」
魔物が苦悶の声を上げる。
今までとは様子が違う声だ。
魔物の大きな体はゆっくりと力を失い、そして地面に倒れ伏した。
「やったわね! ナイスアシストだったよレウスくん」
「ありがとうございますっ」
上手くいって良かった。
出会った頃に比べて俺たちのコンビネーションも進化しているんだってところが良く出た戦いだったな。
でも、喜んでる暇はない。
俺は魔物を倒せた達成感をすぐに頭から追い払い、周囲を確認する。
早く魔物にされてしまったこの人を治してあげないと!
俺は魔物に<ヒール>をかけた。
暖かな白い光が魔物を包む。
そのまましばらくヒールをかけ続けると、魔物は元の人間の姿を取り戻した。
「ふう……」
額の汗を拭う。
良かった、これでひとまずこの人は安全だ。
命の危険があることが前提の俺たち冒険者と違って、この人は一般人。そんな人がこんな目に合うのはかわいそうすぎる。
沸々と込み上げてくる怒りを抑えて冷静になるために一つ深呼吸をし、その場で立ち上がる。
俺はミラッサさんと共に次の魔物のところへと向かった。
「さて、と……」
六人の被害者たちをヒールで治しきり、一息つく。
この場で俺がやるべきことはこれで全部終わったな。
周りの冒険者たちが「治せるわけねえだろ!」とか口を出してきたら面倒だなと思ってたけど、一度もなかったおかげでスムーズに事を終わらせることが出来た。
それだけシファーさんの信頼度が絶大だったってことかな。
それとももしかしたら最初に一人治したおかげで説得力が出たのかもしれない。
「本当に治しやがった……!」
「すっげぇ!」
「お前はこの街の英雄だ!」
「ヒールで魔物化治すとかどんだけだよ!」
しばらく固唾を呑んで俺を見つめていた冒険者たちは、最後の治療が終わると堰を切ったように俺の元に殺到した。
皆尊敬と興奮が混じったような顔をしている。
そんな顔をしてくれることは嬉しい。嬉しいんだけどさ……。
「うおおお、押しつぶされるぅぅ……!」
皆力強すぎだろ!
お前ら冒険者なんだからちょっとは加減しないと俺潰れちゃうよ!? いいの!?
「はいそこまで。あなたたちが嬉しいのは分かったからちょっと落ち着いて」
「そ、そうです。レウスさんが死んじゃいます!」
おしくらまんじゅう状態の冒険者たちにかけられたミラッサさんとマニュの鶴の一声。
冒険者たちも喜びで俺の元に近づいてきただけで、元々俺を害そうという意識がない人たちだ。その声の効果はてきめんで、おかげで俺は数十秒ぶりに息を吸うことができた。
「ありがとう二人とも、助かったよ」
「それほどでもないって」
「こんなことでレウスさんが倒れちゃったら笑い話にもなりませんからね」
二人は柔和な笑みを見せる。
共闘してくれたミラッサさんと、運搬スキルを活かして率先して一般人の避難誘導をしていたマニュ。
二人ともが……いや、この場の冒険者全員が懸命に動いたおかげで、今回死者は出なかった。
この最悪な事件で唯一朗報があるとすれば、これ以外にない。
一人でも死人が出ていれば、こんなふうに笑えるような雰囲気じゃいられなかったはずだ。
暇を持て余した俺は、重傷とはいかないまでも戦闘で怪我を負った冒険者たち数人にヒールをかけつつ今回の事件を振り返る。
怪我人は数人いるようだが、重傷者はいない。
ここまで被害が小さかった原因はやっぱり事件がギルドの前で起こったことだろう。
最初から冒険者が固まっていたことで各個撃破されなかった。現場が他の場所だったら状況はかなり違ったと思う。
冒険者の集まるギルドの真ん前で騒ぎを起こすなんて、随分と挑戦的な犯人だ。
余程の考えなしか、自信家か。
……それとも、何か他に目的があったのか?
まあなんにせよ、この場の騒ぎはすでに沈静化した。
あとは犯人を追ったシファーさんが捕まえられたかどうか、か。
なにせあのシファーさんだし、心配はしていない。
どんな状況でもミスを犯す人じゃないのはこの場の全員が分かっている。
だからこそ、逃がしてしまっていた場合が少し怖い。
だってそれはつまり、相手はシファーさんから逃げ切るだけの実力の持ち主ってことになるからだ。
と、遠くの角がきらりと光る。
発光していると勘違いしたそれは、光に反射した白銀の髪だった。シファーさんだ。
こちらに帰って来たシファーさんは少し俯き、言った。
「すまない、取り逃がした」




