7話 自分の力
ラージゴブリン。
ゴブリンの巨大種で、通常のゴブリンの倍近い体躯と膂力を誇る魔物。
たしかに群れを作る習性だとは聞いてたけど……ここまでか!
目を背けたくなる醜悪な顔、鼻が利かなくなるほどの悍ましい悪臭。
緑の肌にぼろ布を纏い、棍棒を持ったラージゴブリンはまるで原始人のようだ。
そんな魔物に、俺たちは今囲まれている。
現状を改めて見つめ直して、冷や汗が流れた。
目算、五十匹。明らかに多すぎる。
ラージゴブリンを狩るための適正ランクはD。
なら大したことないだろって思うかもしれないけど、これはラージゴブリン一匹に対しての適正ランクだ。
五十匹もの数となると、この中で対応できそうなのはミラッサさんだけである。いや、ミラッサさんでも一人で全部倒すのは無理かもしれない。
「チッ、どうすんだよBランク!」
あの態度の悪かった男でさえ、この数には普通に戦っても勝てないとわかったようで、ミラッサさんに助言を求めた。
「各個撃破していくしかないわ。もしゴブリンメイジを見つけたら、とにかくソイツを優先して潰すこと! あたしから言えるのはそれだけよ!」
全員に聞こえるように凛々しい声を張り上げる。
そして臆した様子もなく、ゴブリンの群れに向かって突っ込んだ。
ミラッサさんの赤い髪が、すぐにゴブリンたちに隠れて見えなくなる。
「くそっ、やるしかねえか!」
観念したように、男も寄ってきたラージゴブリンを叩き斬る。
「マニュ、俺たちも戦おう」
「は、はい……っ!」
ファイアーボールは……駄目だ、使えない。
この混戦模様であれだけの威力の魔法を使えば、確実に味方にも被害が出てしまう。
……それに、あの魔法はまだ少し怖い。まるで、自分の力じゃないみたいなんだ。
なら……!
腰から剣を抜き、ラージゴブリンへと向ける。
俺だって三年間冒険者をやってきたんだ。
<剣術LV2>の力、見せてやるよ……!
「来いっ!」
飛びかかってきたラージゴブリンを斬りつける。
……駄目だ、浅いっ!
「ギャアアアアッ! アアッ!」
「うわぁっ!」
ゴブリンが腕払いをし、俺の剣を弾き飛ばす。
あ、あっと言う間に武器が無くなってしまった。
Eランクの俺じゃ、気負ったところでやっぱり倒せないのか……!?
「うあぁぁ……っ! だ、誰か助けて……っ!」
声が聞こえた。
一瞬だけ自分の声かと思ったけど、違う。
このか細い声は……マニュの声!
どこだ!? どこに――いたっ!
マニュはラージゴブリンに細腕を掴まれ、抵抗も出来ずに涙を流していた。
かぁぁ、と、頭に血が上るのがわかる。
撃つしかない。ファイアーボールを。
制御できないかもしれない? 知ったことか。
今ここで役に立たないで、何のための力だよ!
「ファイアーボール!」
マニュの腕を握ったラージゴブリン目掛け、呪文を唱える。
念じた甲斐があったかは定かでないが、標準的な大きさのファイアーボールが飛ぶ。
たかが下級呪文と油断したのか、ゴブリンは避けることもせずそれを受け。
次の瞬間、身体の内側が瞬時に沸騰したかのようにボンっと爆発した。
「マニュっ!」
すかさずマニュの元に詰め寄り、体をチェックする。
深そうな傷は……よし、ないな!
何か所か血は出てるけど、全部軽症だ。間に合ってよかった。
「れ、レウスさん、今のは……?」
「説明は後で! ミラッサさん、聞こえますか!」
ゴブリンの群れの中心にいるミラッサさんに向けて、喉が枯れるくらいに声を出す。
覚悟は決めた。
俺の剣術じゃ、コイツラには敵わない。
だけど、今の俺にはもう一つ武器がある。
「聞こえるわ! どうしたの、レウスくん!」
「ラージゴブリンを一か所に集めてください! そうすればあとは、俺が何とかします!」
そうだ、例え棚ぼたで手に入れた力だって構わない。
これは他の誰でもない、俺の力じゃないか。
恐れる必要なんて最初からなかったんだ。
受け入れるだけでよかったんだ。
「わかった、了解よ! ……あんたも聞こえたわね!? 死にたくなければ協力して!」
「チッ、わかったよ! 癪だが、死ぬよかマシだ!」
ミラッサさんと男が協力して、ラージゴブリンたちを一か所へと集めていく。
とはいえ男のランクだと、思い通りに相手を誘導することも難しい。
「チッ、くそっ!」
「アイスボール!」
男が逆に襲われそうになるのを、ミラッサさんが瞬時に魔法で助けた。
自分もゴブリンたちを相手にしながら、味方の動向まで把握してる……視野の広さが俺とは段違いだ。
そして何とか、二人がゴブリンを一か所へと集めてくれる。
「言われた通り集めたわ!」
「こっからどうすんだよ、下手なことしたら承知しねえぞ!」
傷を負いながら、こちらを振り返るミラッサさんと男。
「わかってます」
一番危険な役をこなしてくれた二人に感謝しながら、俺はゴブリンたちに手の平を向ける。
失敗は許されない。
潜在魔力10000の力を、ファイアーボールLV10の力をここで見せてやる!
「――ファイアーボールっ!」
掌で高熱が発生する。
火球がみるみるうちに膨張し、地竜車の大きさを超え、ゴブリンたちの群れの大きさをも超え。
「な、なにそれ……」
ミラッサさんが呟く声が聞こえたけれど、今はそれに返すこともできない。
制御に全神経を注がなければ。
暴発したら、確実に四人とも死ぬ。
でも恐れない。これは俺の武器だから。
「いっ……けぇぇぇっっ!」
ラージゴブリンたちに渾身のファイアーボールを撃ち放つ。
焼き尽くせ、ファイアーボールっ!
「グギャア!? グガガ――」
やったか!? ――と、思うまでもなかった。
ラージゴブリンたちは驚きの声を上げながら、ファイアーボールが直撃した瞬間にその存在を消した。
後に残ったのは、怪我を負いながらも無事だった俺たち四人。それと、地面に着いた真っ黒な焦げ跡だけだった。
「……はぁ~っ!」
き、緊張したぁ~!
失敗しなくて本当によかった。
……本当に、俺がラージゴブリンを倒したんだよな。
なんか実感がわかないというか……今までの俺じゃ絶対に勝てない相手だったしな。
それが一撃で倒せるって、やっぱりレベル10のスキルってすごいや。しかも五十匹一気にだからね。
「レウスくん。ちょっといい?」
「あ、ミラッサさん、お疲れ様でした。なんですか?」
「……今の一撃、説明してくれるかな?」
あ、目が本気だ。
どうやら僕の一撃は、現役Bランク冒険者から見ても規格外のものだったらしい。
ど、どうしよ……?