69話 ギルド内にて
「やあ、貴殿たち。偶然だね」
シファーさんは周囲の注目を集めていることなど全く意にも介していない様子で話しかけてきた。
Sランクのシファーさんにとってはこんなこともう慣れっこなんだろうな。
「こんにちはシファーさん。一日ぶりですね」
俺たちはシファーさんのもとに駆け寄る。
特にミラッサさんは駆け足だ。というか、全力疾走に近い。
さすが大ファン。
「シファーさん! 運命って信じますか!」
なんか口説きだしてる。
「ふふ、ミラッサはロマンチストだな。運命かはわからないが、貴殿たちに会えたのは私も嬉しいよ」
「っ!?」
あ、シファーさんに微笑まれてミラッサさんがふにゃふにゃになった。
「ミラッサさんが海藻みたいになっちゃいました……」
言い得て妙だね、マニュ。
たしかに海藻みたいかも。
そんな海藻みたいにゆらゆらしながら床へとへたり込むミラッサさんの身体を抱き留め、シファーさんがこちらを見る。
「三人はどうしてここに?」
「この辺にある狩場の中で、俺たちでも行けそうなBランクあたりの狩場の情報を調べておこうと思って。なあマニュ?」
「ですです。そのついでに手ごろな依頼も探してたりする感じです」
「なるほど。情報を重んじているのは流石だね。大成しない冒険者の多くは、そうした地道な活動を疎かにしがちだ」
シファーさんに褒められると嬉しいな。
極楽にいるみたいな顔をしているミラッサさんの気持ちもわからないでもない。
「Bランクか、ふむ……」
腕の中のミラッサさんに視線を移している間に、シファーさんはいつの間にか思案するような表情に変わっていた。
「なら、私のお勧めはユークリッド雨林だな。ここからだと少し距離はあるが、あそこは比較的癖のある魔物は少ないし。ああ、ただ毒を持つ魔物は多いから、そこは注意だが」
「ありがとうございます。でも、ちゃんと自分たちでも調べてみます。シファーさんを信用していないわけじゃなくて、こういうのは自分で調べることが大事だと思うので」
偉大な先輩に口答えするのは申し訳ないけど、なんでもかんでもシファーさん頼りになっちゃ駄目だ。
そりゃシファーさんは頼りになるよ。なるけど、おんぶにだっこじゃいつまで経っても僕たちは成長できない。
この先シファーさんと離れ離れになった時に何もできなくなってしまう。
昔、ミラッサさんとのことで同じような経験をした過去があるからね。
同じ轍は踏まないぞ、俺は。
なんでも一発で完璧に出来るようなそんな天才じゃないけど、せめて一度犯してしまった失敗から学びを得るくらいのことはできないと。
「っと、すまない。少し口を挟みすぎたかな。有望な冒険者に対してお節介を焼いてしまうのは私の悪癖だ。許してくれると嬉しい」
シファーさんは思わずといった様子で自らの口を手で覆う。
シファーさんがこのぐらいで怒ってしまうような器の小さい人じゃないことはもう知ってる。
「まあ、貴殿たちならどこでもやっていけるだろう。何度も素材を取りに行ったあの山の推奨ランクがAとBの丁度境目あたりだからね。あそこを経験した貴殿たちなら、Bランクの狩場ならどこでも通用する。通用するからと言って必ずしも安全とは言えないのがこの仕事の厳しい点だけれど、それでも貴殿たちならきっと大丈夫。油断さえしなければね」
「ありがとうございます、嬉しいです!」
凄い人なのに俺たちの話もちゃんと聞いてくれる。
そのうえ親身になってアドバイスもくれる。
本当に出来た人だなぁ。
「うーん……」
丁度俺たちの話を終えたところで、ミラッサさんの身体に力が入り始めた。
慌ててミラッサさんの身柄をシファーさんから譲り受ける。
またすぐ意識を失ってしまうようなことのないようにしなきゃだからね。
「あ、レウスだ。おはよ」
「おはようじゃないですよミラッサさん。睡眠感覚で失神しないでください」
「あはは、ごめんごめん。でも大丈夫、話は聞いてたから」
意識を失いながら話を聞いてるなんて、器用なことやってるなミラッサさん。
でもその器用さって多分、もっと他のことに活かした方がいいような気がします。
「シファーさんはどうしてギルドに?」
本当に寝ていたみたいにうーんと伸びをしてからミラッサさんが質問する。
「装備が出来上がるまで、あと三日間暇だからね。Sランク依頼でも受けようと思ってたんだ」
そんな軽い調子でSランク依頼を受けるのか……。
俺の想像していたSランク依頼って、もっと生死の境を行き来するようなものだったんだけど。
呆れ半分の俺の視線に気づき、シファーさんはニッと口角を上げた。
「数をこなせば自然とこうなるさ。人間は慣れる生き物だからね」
Sランクの依頼に慣れる日が来るなんて想像もできないけど……でもたしかに、最初はEランクの狩場でもビクビクしてたんだ。そんな俺がBランクの狩場に足を踏み入れていることを考えれば、もしかしたらいつか、本当にそんな日が来るのかもしれない。
さて、話もこれくらいにしておこうかな。
いつまでも世間話をしているわけにもいかないし。
シファーさんも同じような気持ちだったようで、パチリと目が合う。
「あ、ズルい! 今レウスくんシファーさんと目が合った! ズルいズルい!」
ミラッサさん、今ちょっとシーっ。
マニュ、頑張ってミラッサさんを抑え込んじゃってくれ。
「んむむ!? ま、マニュちゃん、なんであたしの口を塞ごうと……!?」
「今日のわたしは頑張りマニュだからですっ」
「え、ど、どういうこと……?」
「御託は無用ですよ。えいっ」
おお、やるなマニュ。
ミラッサさんの口を両手で塞いでくれた。
これで安心して締めの挨拶ができるよ。
「じゃあシファーさん、お互い頑張りましょう。……って、シファーさんに言えるような立場じゃないですけど……」
「いや、嬉しいよ。私も貴殿たちに負けぬよう研鑽に励むとする」
と、そんな会話をして、俺たちはそれぞれの目的の為に二手に分かれる。
その時だった。
ギルドの外から、切迫した金切り声が聞こえてきた。
「た、助けてくれ! 魔物が出たッ!」




