67話 中身
宝箱を見つけた俺はそれを持ち上げ、水面へと浮上する。
皆は俺が宝箱を抱えて現れたことに驚いていたが、しばらくするとシファーさんが口を開いた。
「開けてみると良い」
「俺が開けちゃっていいんですか?」
「貴殿が発見したのだから貴殿のものだろう。私は三人がここを楽しんでくれているというその事実だけで充分に満足だ」
「ほらほら、シファーさんがこう言ってるんだから開けちゃいなよレウスくん。あたしたちも何が入ってるのか楽しみなんだからさ。ねー、マニュちゃん?」
「ねー、です」
そういうことなら貰っていいのかな。
じゃあありがたく貰っちゃおう。
俺はドキドキしながら宝箱を開けた。
中に入っているものが徐々に姿を現す。
それは魔導書だった。
赤くフカフカした宝箱の内飾の真ん中に、王様のように君臨する魔導書。
俺はそれを手に取り、中身をパラパラとめくってみる。
「れ、レウスさん、何の魔導書でした?」
「アースウォールみたいだ」
アースウォール。土属性の防御魔法だ。
効果は単純明快、土で出来た壁を作る。それだけ。
でも俺にとってはかなり嬉しいサプライズプレゼントだ。
なにせ今まで防御の方法って言ったら、ファイアーボールをぶつけて相殺する以外に方法がなかったからね。
使いこなせるようになれば結構な戦力アップになるんじゃないかな!
「せっかくだ、試しに使ってみたらどうかな。私としてもレウスの魔法は見てみたい」
「おー、いいですねそれ! レウスくん頑張れー!」
「レウスさん、やっちゃってくださいー!」
にわかに盛り上がりだす皆。
そんなに期待されたらやる気が出てきちゃうよ。
俺としても早く使ってみたい気持ちはあるし、ここで断るなんて選択肢はない。
よ~し、いっちょやるぞ~っ!
俺は湖の方に体を向けて腕まくりする。
すると、静かだった水面がうねり始めた。
風の一つも吹きこんでこないこの洞窟の湖では不自然なほどの大きなうねりだ。
……あれ? 俺まだ何もしてないんだけど……?
そして突如上がる水柱。
……いや、水柱じゃない! 巨大なシーサーペントの頭だあれ!
「シュアアアアアアッ!」
十メートルほど離れていながらも、俺たちに威嚇をしてくるシーサーペント。
上体しか見えてないけど、さっきのヤツより間違いなくでかいな。
「丁度いいじゃないか、あの魔物で試すと良い」
丁度いいで済ませちゃうのか、度胸がすごいなぁ……。
「これだけ距離が離れているとなると、ヤツは<アイスボール>を使って来るだろう。それを防ぐというのはどうだ?」
「わかりました、やってみますっ」
集中してシーサーペントがいつ魔法を使ってくるのか注視しておく。
「シュアアアアアアッッ!」
再度威嚇してくるシーサーペント。
注意してみていたから気付けた。威嚇で細まった目がキッと見つめる先は、シファーさんだ。
……なるほどね。俺は警戒にも値しないって?
なら、ほえ面かかせてやるよ!
「シュアアアアアアァァッッ!」
三度目の雄たけびと共に、シーサーペントは身体をぐにゃりとくねらせる。
まるでバネのように丸く縮こまり――そしてその大口から水の塊をこちらに向けて放ってきた。
「アースウォールッ!」
俺はアースウォールを唱える。
使うのは初めてだ、もし不発だったらと思うと少し怖いところもある。
でも俺には今まで<ファイアーボール>や<ヒール>、<鑑定>で積んできた経験がある! だから絶対大丈夫!
俺とシーサーペントの丁度中間に、横一線に水しぶきが上がる。
隆起した土壁が水面に姿を現した。
……え、ちょっと待って? 規模が大きすぎない?
なんか、湖を二分するみたいに端から端まで水しぶき上がってるんだけど……!?
ゴゴゴゴ、とかすかな揺れと大きな轟音が鳴る。それと同時に隆起する土の壁。
もはや防御魔法というか、地形変動にも等しい。
目を丸くする俺を尻目に、アースウォールは隆起を続け、ついに天井へと激突した。
「ういぇっ!?」
洞窟全体がさらに一段と揺れる。
地震を超えるくらいの揺れだ。
や、ヤバい、こんなの立ってることすらできないぞ!?
「お、抑えて! レウス、もう少し抑えてくれ!」
「す、すみませんっ!」
珍しく戦闘中なのにシファーさんも動揺してる。つまりそれくらいの大惨事ってことだ。
でも一度発動しちゃったものは抑えるなんてできないし……ええい、もう解除しちゃえ!
アースウォールを解除すると、洞窟を揺らしていた土の塊は綺麗さっぱり消えうせた。
多分ウォーターボールは防げたはずだけど、大丈夫だよな?
防いだところを目で見てないないからちょっと不安なんだけど……。
「シュ、シュアァァ……?」
よし、防げてた。
ウォーターボールは影も形もなくなっている。
ついでにシーサーペントは、突如現れてすぐに消えた土の壁に半ば放心状態みたいだ。
……なんかごめん。正直悪かった。
――<アースウォール>を習得しました。現在のレベルは1です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは2です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは3です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは4です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは5です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは6です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは7です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは8です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは9です。
――<アースウォール>のレベルが上がりました。現在のレベルは10です。
無機質な声が頭に響く。
それである意味気持ちを切り替えることが出来た。
そうだ、今まさにあんなに大きな魔物が目と鼻の先にいるんだぞ? 同情してる場合じゃないだろ!
「レウスくん、あたしが引き付けとくからファイアーボールで倒しちゃいましょ」
ミラッサさんの言う通り、今のうちに倒しちゃった方がいい。相手が呆けてる今がチャンスだ。
「ファイアーボールッッ!」
ファイアーボールを行使する。
水の中にいる魔物だから、もしかしたら火には強いかもしれない。
耐えられたりしないように、思いっきり魔力を込めて……!
「らぁぁッ!」
ファイアーボールを撃ちこむ。
ミラッサさんに攻撃を躱されて体勢が崩れていたしサーペントは、躱すこともできずヒレにモロに攻撃を喰らった。
「シュアアア……ッ!」
シーサーペントの身体が水中へと沈んでいく。
ふう、これにて戦闘終了か。
「冷や汗かいたぁ……」
一時はどうなることかと思ったよ。
「自然のスケールよりレウスさんのスケールの方が大きいんじゃ、と思いました」
「たしかに。レウスくんは今回も規格外だったわね」
マニュとミラッサさんは笑って許してくれる。
ありがたいなぁ……。
「威力の調節はまだまだなようだね」
「洞窟を壊しちゃうことにならなくて本当に良かったです」
もしそうなってたら謝ってすむ問題じゃなかったもんな。
ファイアーボールの調節はほぼ完ぺきになってるはずなのに、アースウォールはてんで駄目だった。
ってことは、魔法ごとに調節は変えなきゃいけないのかもしれない。
ファイアーボールの経験が蓄積されてる分、苦戦は少なくてすむだろうけど、なんにせよもうちょっと練習しなきゃ駄目だな。……屋外で。
絶対屋外でやることは徹底しよう。そう心に決める俺だった。




