65話 洞窟の先に
約束した日時となり、俺たちは湖へと出発した。
といっても、向かう先は今まで素材採取で二回訪れてきたあの山だ。
そしてそのまま山のふもとの洞窟へと入る。
「洞窟の先に湖があるんだ。人目に付きにくい分、まだ私以外の人間は気付いていないようでね」
そういう話らしい。
湖って聞いててっきり森の中にあるようなものを想像してたけど、たしかに洞窟の中にも湖はあるか。
俺はファイアーボールで洞窟内を照らしながらそんなことを思う。
二回目だけあって、灯り役の仕事も板についてきた感じだ。
なるべく死角ができないように洞窟内を照らしてあげれば、いち早く魔物を見つけたシファーさんとミラッサさんが迅速に狩ってくれる。
安定感抜群で、俺が攻撃に回る必要もなさそうだ。
あ、ちなみに今日はリヤカーを持ってきてないから素材は持ち帰らない。リフレッシュするために来たからね。
討伐だけならともかく、解体と運搬までやっちゃうと気持ちが仕事モードになっちゃうし。
道中出てきた魔物を危なげなく倒し続け、あっと言う間に洞窟の中腹まで進んできた。
ただ、今のところ前と同じ道を通っているだけ。
以前スライムの素材を採取しに来た時に一通り回ったからわかるけど、この先は一本道で奥に少し広い部屋があるだけだ。
湖へ続く道っていうのは一体どこにあるんだろうか……?
っと、シファーさんが立ち止まったぞ。
「着いたな。ここが分かれ道だ」
そう言って洞窟の岩壁に触れるシファーさん。
……いや、どこにも道なんて見えないんだけど……?
ひょっとしてSランクじゃないと見えない道とかがあるのか?
意味がわからないという表情をする俺たち三人に、シファーさんは頭上を指さす。
「……あっ」
地面から三メートルほどのところに、ぽっかりと空いた穴があった。
洞窟全体が薄暗いせいで注視しないと中々気付くことの出来ない場所だ。
「こんなところに穴が……これじゃ他の人が気付かないのも納得だ」
ただでさえこの洞窟の魔物は地上生物ばかりだから、ついつい上への警戒は疎かになっちゃうんだよな。
これがブラッドバットとかの洞窟の天井に住む魔物がいればまた話は違ったんだけど……たしかにあそこは盲点だった。
「……あれ?」
いやでも、穴までの高さ結構あるよな。
横の三メートルと違って、縦の三メートルは結構高いぞ。
……これどうやって登るの?
シファーさんに目を向ける。
するとシファーさんはすでに三メートル上の穴目掛け、軽やかに助走をつけて走り出していた。
トン、と軽く岩壁を蹴る。
そのまま勢いを落とさずに一歩、また一歩。
トン、トン、トン……そして穴まで辿り着いた。
うっわ、すごいなシファーさん。
普通に垂直な壁蹴って移動してるよ。
俺じゃ絶対真似できないし、しようとも思えない。
怪我して涙目になるのがオチだ。最悪泣いちゃう。
そんなカッコ悪いところは皆に見せるわけにはいかないぞ。
「皆は登れるか? 登れないなら私がロープで引きあげよう」
上からシファーさんのそんな声が聞こえてくる。
前もってロープを準備してくれていたらしい。
俺たちが登れないって気づいてくれてたのか。
シファーさんは自分のことを、ソロでやってるから自分の物差しで測ってしまう、なんて言ってたけど、全然そんなことないと思う。
こんな心遣いしてくれるだけで充分心優しい人だと思うよ。
そのロープの助けを借りて、俺とマニュは壁を登った。
ミラッサさんだけはシファーさんのやり方を真似して登ったけどね。
一回失敗したけど、二回目でコツを掴んだみたいで無事に登り切ってた。
敬愛する人と同じ方法で登りたいっていう熱意をヒシヒシと感じたよ。
そして、全員登り切った俺たちは再度一列になって洞窟を進んでいく。
道幅は今までの通路よりも若干細いくらいで、充分に人が通れるだけの幅はあるから安心だ。
まあ、シファーさんが何度も通ってるって話だから当然っちゃ当然だけど。
「そろそろだな」
シファーさんがボソリと呟く。
どうやらいよいよ到着が近いらしい。
……なんだか、進む先がボンヤリ光ってるような……?
いや、ボンヤリどころじゃない。結構な明るさだ。
洞窟の中とは思えないくらいの――
そこで、一気に視界が開けた。
通路を抜けて大広間へとたどり着いた俺たちの視界に広がっていたのは、洞窟の中とは思えないほど巨大で明るい空間と、無色透明の澄んだ湖だった。
「……うおぁっ」
思わず声が漏れる。
まるで別世界じゃんか。
十や二十じゃ足りないくらいの場所を見てきたつもりだけど、その中でも一番に神秘的な光景だ。
時が止まったかのような静寂は、息をすることさえ忘れさせる。
息が苦しくなって初めて、呼吸を忘れていたのに気づいたくらいだ。
慌てて呼吸を再開しながら、辺りを見回してみる。
この部屋では俺のファイアーボールの光は全く必要なさそうだ。
それどころか、柔らかい光ながらも日中に近いくらいの明るさはある。
な、なんでこんなに明るいんだ?
「ここって本当に洞窟の中なんですか……? え、わたし死んだんですか?」
そんな風に戸惑うマニュの気持ちもよくわかる。俺もほとんど同じ気持ちだ。
でも、こんな時でもミラッサさんは落ち着いてるなぁ。
狼狽するマニュの背中をいち早く撫でてあげるなんて、さすが俺たちパーティーの精神的支柱なだけはある。
「落ち着きましょうマニュちゃん。シファーさんはきっと神様だったのよ。だからここが明るいんだわ」
前言撤回、全然落ち着いてなかったや。
むしろ混乱の真っ最中だなこれ。
「な、なるほど、そういうことでしたか!」
「いや、絶対違うと思うよマニュ」
なんで納得しかかってるのさ。
いくらシファーさんでも、神様ってことはないでしょ。……ないよね?
「ごめん皆、説明を忘れていたよ。この湖にはヒカリゴケという苔が大量に生息しているらしくてね。一日中昼間のような輝きなんだ」
へぇ、そんな生き物がいるのか。
知らなかったなぁ。
「とりあえず確認しておきたいんですけど、シファーさんは人間ってことでいいですよね?」
「ほ、本気で神様だと疑ってたのかいレウス? 私は人だよ、人だともっ」
いや、一応ね?
シファーさんのことだから、人じゃない可能性もあるかなって。
「でも、綺麗な光景ですねー……」
「そうね、心が洗われるわね……」
ぽーっと湖を見つめるマニュとミラッサさん。
たしかにこの湖には人を引き付ける魔力じみた魅力があるよな。
ヒカリゴケの光はとても優しく、ぽわぁっと心まで温かくしてくれそうだし。
それを反射する水面も、キラキラと幾重にも光の帳が被さっているみたいだ。
見つめているうちに、思考なんて投げ捨てて、ただただこの光景に浸りたくなってしまう。
「リフレッシュは出来そうかな?」
そんなシファーさんの問いかけに、俺たちは満場一致で頷きを返した。
これ以上にリフレッシュできそうな場所もそうそうないよ。
さすが、一流の人間は一流の場所も知ってるんだなぁ。
そんな俺たちの迷いなき頷きを目で見て、シファーさんは少し得意げにウィンクをして言う。
「この秘密の通路のことは他言無用で頼むよ?」
それはもちろん。
……というか俺たちの知り合いってこの街じゃシファーさんとゴザさんしかいないから漏らしようがないんだけどね。




