60話 ポルン採取
「ただ、こうなると困ったな」
頭上の元居たところを扇ぎ見ながらシファーさんは呟く。
「崩れたばかりの箇所は不安定だから、ポルンを取りに行くには回り道をしなければならなくなってしまった」
たしかにそうだ。崩れた場所をもう一度通って行くのは危険すぎる。
そんな余計な蛮勇を見せるような機会じゃないことはたしかだ。
どんなに強大な魔物と戦うよりも、山という自然の地形を相手にする方がよっぽど怖いような気がするし。
自然の怖いところはスケールの大きさだ。
この山だってどんなに低く見積もっても千メートルはあるでしょ。
そんな大きさの魔物なんてまあいないだろうしね。
「困りましたねー……」
シファーさんに同調するように呟いて、周囲を見渡す。
流されちゃったせいで予定外のところに来ちゃったみたいだし、これじゃ元の場所まで戻るのも一苦労だよな……。
……うん?
「……シファーさんシファーさん。ちなみにポルンって見た目はどんな感じなんでしたっけ?」
「チューリップのような赤い花弁をしていて、何よりの特徴として短冊状の実がぶら下がっている植物だ。その実が今回の素材だな」
一度説明された話と全く同じだ。
うん、やっぱり間違いない。
「あそこにある花ってポルンじゃないですか?」
流されてきた砂や石からほんの少し離れた斜面。
そこを指さす。
周りの灰褐色を引き立たせ役にして、赤い花が咲いていた。
色合いといい実の付き具合といい、今聞いたばかりのポルンの特徴と一致しているように思える。
どうだろ、違うかな?
「おお、あれだっ。やるなレウス!」
珍しくシファーさんの声が跳ねた。
よかった、俺の勘違いじゃなかったみたいだ。
これでわざわざ危険な採取場所まで素材を取りに行かなくても良くなったってことだよな?
ラッキーラッキー!
災い転じて福となす、所要時間を相当削減できたぞ!
「私たちは運が良いぞ。新しい群生地を見つけたおかげでゴザ爺に怒られなくてすみそうだ。ポルンは生息数が少ないからね」
シファーさんを先頭に、慎重にポルンに近づいていく。
乱暴に動いて二次被害が出ても困るし、それでポルンが土石流に持っていかれたりしたら最悪だからな。
近づいて見たところ、十五以上の数のポルンが密集していた。
元々採取しに行こうとしていたところと同程度の数だ。
「あとはお願いね、マニュ」
「はいっ」
マニュ一人がポルンの間近まで近づく。
素材の採取は<解体LV8>のマニュに任せておけば大丈夫だろう。
というか、逆に俺たちは邪魔にしかならない気がする。
いそいそと動き出すマニュを囲んで、俺たち三人は警護するように円になった。
採取している間は周囲への警戒が無防備になりやすいからね。
そういう時はちゃんと守ってあげなきゃ。
こういうところを怠るとそのうち痛い目見そうだし、徹底しなきゃだよね。
「すまんな。Sランクとして先達として、貴殿たちに道標を見せるはずが、逆に貴殿たちに助けられるような結果になってしまったよ」
「いえいえそんな。魔物を一撃で倒すのとか凄かったですし。ねえミラッサさん?」
「うんうん、あたしを見とれちゃった」
そんな会話をしている間にも、マニュはシュバババ、と凄い勢いで素材を採取していく。
凄い速さだなぁ、残像で腕が何本にも増えて見えるよ。
まるでどこかの神様みたいだ。
「もりもり捥ぎ取ります。今の私はもりもりマニュです」
「後半の発言については意味が全く分からないけど、助かるよマニュ」
「合点承知です!」
むきっと力こぶを作るマニュ。
いや、作れてないんだけどさ。
すらーって、まったいらで一直線の二の腕だ。
「……このポーズ、段々恥ずかしくなってきました。そ、そろそろやめます」
「わざわざ言わなくていいのに、マニュは正直者だなぁ」
まあ、そんなところも可愛らしいんだけどさ。
そうして、予定外のことが起きながらも無事に素材を入手した俺たちは、ソディアの街へと帰って来た。
疲れたけどそのぶん実りの多い冒険だったな。
一番大きいのは、この街の魔物の強さがなんとなくわかったことだ。
戦闘をしたのは片手で数えられる回数くらいだったけど、どの魔物も強かった。
特にあの雪崩の原因になった魔物とか、多分俺一人じゃ倒せてないんじゃないかな?
ファイアーボールを準備する間もなく突進されたりしたら多分普通に殺されてる未来しか見えない。
そんなことにならなくてよかったよ。やっぱりパーティーっていいね。
まあ、パーティーの良さを再確認すると同時に、シファーさんの凄さにも気づけたわけだけど。
ここよりもずっと厳しい環境と強大な魔物相手にずっとソロでやってるとか、すごすぎて訳が分かんないよ。
そりゃミラッサさんが憧れるのも納得だ。
「……ん?」
街の門をくぐったところで、シファーさんがふと立ち止まった。
なにやら訝し気な顔で街を見つめている。
ど、どうしたんだろ?
突然のことに動揺してマニュとミラッサさんの方を見れば、ミラッサさんだけは何か気付いてそうな様子だ。
俺とマニュにはわからないけど、<直感>スキルを持ってる二人には何か感じるところがあったみたいだ。
「……レウスくん、マニュちゃん、戦闘態勢をとって。街に何かいるわ」
ミラッサさんが低い声で言う。
え、街に何かいる?
それって……!?
「ギャアアアウウウウウッッ!」
濁った声が響く。
出所は街中から。
理性を感じないあの声……魔物の声だ!
ん? 魔物の声?
ちょっと待ってよ、魔物の声が街中から聞こえるのは変じゃないか?
外からの魔物の侵入を防ぐための厳重な門は俺たちが今通ってきたばかり、しかもどう見ても健在だったはずだ。
……ってことはこの魔物は、中から生まれた?
冷や汗がつうと垂れる。
脳裏にゴザさんの話が急速によみがえる。
『最近な、いつも以上にどうにもキナ臭えんだよ』
『そうだな……簡潔に言ってしまえば、『人間の魔物化』ってところかね』
『黒マントの男が何か液体をかけてきて、それを浴びると魔物になっちまうらしい。そんなわけで、黒マントの男には気を付けろ』
ま、まさか、そういうことなのか……!?
その場にいた俺たち全員が、同じ結論に至ったみたいだ。
一番初めに動き出したのはシファーさんだった。
「急ぐぞ、件の黒マントの男が現れたのかもしれん」
「は、はいっ!」
俺たちはそれについて行く形でソディアの街を走り始めた。




