6話 同じ思いを味わった者同士
ミラッサさんとマニュさんとの話は途切れることなく、良く弾んだ。
今までは自分がEランクだからなんとなく相手にも萎縮してしまっていたんだけど、二人にはその心配もしなくていい。
マニュさんは言わずもがな同じEランクだし、ミラッサさんも『人はランクじゃない』って考えを持っているみたいですごく優しくしてくれるからだ。
いやぁ、良い人たちと出会えて運が良かった。
「ミラッサさんとマニュさんはどうしてニアンに?」
「あたしの場合は、強い魔物を探してね。地元の街じゃ稼ぎも微妙な魔物しかいなくて数をこなすしかなかったから、それよりはもっと強い敵を短時間で狩るスタイルがいいかなって。ニアンはこの辺りだと一番強い魔物が出る街だから」
ああ、やっぱりBランクの人にとってはここら辺の魔物って弱いんだなぁ。
地竜車の上で片膝を立てるミラッサさんはとても様になっていて、それだけで高ランク冒険者の風格がある。
俺が同じことをやってもこうはいかないだろう。
『姉御肌』って言葉が似合う人だ。
対照的に、マニュさんは小動物のようだ。
緊張しているのかあまり目は合わないけど、それでも一生懸命話そうとしているのが伝わる。
多分、誰からも可愛がられるタイプなんじゃないだろうか。
そんなマニュさんも、ニアンに移動してきた理由を語る。
「わ、わたしの場合はその、二年経ってもずっとEランクで、段々組んでくれる人がいなくなってきちゃって、だから心機一転しようと思って……」
「マニュさん!」
俺は思わずマニュさんの手をがっしりと掴んでいた。
「へ、ふぇえっ!?」
「わかります、その気持ち!」
俺も三年間Eランクだったから、気持ちは痛いほどわかる。
本当にあの気まずさといったらないんだ。
俺の場合は幸運にもギルドの人たちがいい人だったから居た堪れないくらいで済んだけど、ギルドによっては露骨に嘲笑の的になることもあると聞いたことがある。
マニュさんもこの小さな体でたくさんの辛い思いをしてきたのかと思うと、やりきれない。
「もし何か相談事があったら、いつでも言ってくださいね! 絶対に相談に乗りますから!」
「あ、ありがとうございます。……その、う、嬉しいです」
同じ悩みを持つ者同士、きっと力になれることもあるだろう。
「……あっ、すみません! 手なんか握っちゃって」
「い、いえ……」
慌てて手を離すが、完全に手遅れだ。
ヤバい、完全に調子乗ってる人みたいになってるよね!?
初対面の女の子の手を握るなんて、いつの間に俺はこんなプレイボーイになったんだ。
違うんだよ、同じ悩みを持ってたからついテンションが上がっただけなんだよ。
だって悩みを共有できそうな人と会うの、今までの人生で初めてなんだ。
こ、怖がってないかなぁ……あ、意外と怖がってはないっぽい?
マニュさんはチラチラとこちらを上目遣いで見てくる。
「わたしは年下ですし、呼び捨てでいいですよ……? 敬語も、いりません」
「え? でも……」
「いいんじゃないの? あたしなんて最初っからガンガンため口だし、冒険者なんて職業についてるやつにまともな礼儀がある人の方が少ないわよ。……あ、二人ともため口大丈夫よね?」
俺とマニュさんは揃って頷く。
すると、ミラッサさんはその凛々しい表情をホッと緩めた。
「よかったぁ。せっかくの縁だし、仲良くしたいもの」
何この人、優しい……!
ランクが高くて人間が出来てるって、天は二物を与えるんだなぁ。
「じゃあほら、さっそく呼んであげないの?」
「え?」
よく意味が分からないんだけど、どういう意味?
戸惑う俺の背中をポンと押しながら、ミラッサさんはニヤニヤと楽しそうに笑う。
「ほら、マニュちゃんがため口で呼ばれるの待ってるわよ。レウスくん?」
……わかったぞ。この人、おばちゃん精神もってやがる!
さては、俺たちの反応見て楽しんでるな!?
「……っ」
しかし、たしかにマニュさんをこのまま赤面させておくわけにもいかない。
俺に出来ることは、早く名前を呼んでこの時間を終わらせてあげることだけか。
「えっと……マニュ。これからよろしく……ね?」
……あれ?
なにこれ、すんごい恥ずかしいんですけど!?
「ふぁ、ふぁい……」
しかも、マニュさ――マニュもさらに赤面しちゃったし。
「あー、いいわぁ、二人とも可愛くて。初々しくてきゅんきゅんする」
ミラッサさんめ、自分だけ楽しみやがって……!
何を満足げに頬を染めながら胸を押さえてるんだこの人。
「ミラッサさん、良い趣味してますね……」
「でしょ?」
くそぅ、皮肉も通じない……!
それどころかウィンクで返される始末。大人としての振舞い方が上手過ぎる。
と、そんな時だった。
「っ!」
不意に、ミラッサさんの顔色が変わる。
それを見て、俺は察した。
魔物か何かが近づいて来ているのだと。
「魔物が来てるわ! 御者さん、地竜車止めて! レウスくんもマニュちゃんも、あとそっちの男も、急いで準備して!」
言われる前に、俺は戦闘態勢をとっていた。
そんな俺を見て、ミラッサさんが片眉を上げる。
「あらレウスくん。やっぱりあなた強いわね」
「いや、弱いからですよ」
俺自身の気配察知能力は高くないけど、誰かが気づいたらすぐに動けるように練習はしてきた。
じゃないと身体能力の低い俺は、すぐに魔物に殺されてしまうから。
そう、これは俺が弱い故に身についた技術だ。
急停車した地竜車から飛び降りた俺たち四人は、地竜車を守るように陣形を組む。
それぞれ一方向を一人が担当する形だ。
地竜車がやられると、移動に時間がかかる。御者の人は戦闘の心得なんてないだろうし、なんとしても守らねばならない。
「……来るわ」
ミラッサさんが告げる。
その目線の先には、大量の魔物――ラージゴブリンが、群れを成してこちらへと向かってきていた。