58話 山
翌日。
俺たち四人は早速素材を取りに、山に来ていた。
ひー、きっつ!
足場の不安定な斜面に気を付けて一歩ずつ進みつつ、自分の認識の甘さを痛感する。
山と聞いてハイキング用の山を思い浮かべたけど、さすがに甘すぎたみたいだ……!
まばらに木々が生え、全体を丈の短い草が覆い茂っている山。
最初に下からこの山を見上げた印象はそんなものだった。
実際ハイキングも出来そうに見えたし。
だけど上に登るにつれて山の裏側に進んでいくごとに、岩禿が目に付く機会が増えてきたんだ。
今では岩肌の灰褐色が視界の下半分を覆ってるよ。
シファーさんがマニュにリヤカーを使うのを止めてた理由が今ならわかる。
こんなほとんど崖に近いようなところでリヤカーを引いて移動するのは、いくらマニュが<運搬LV8>のスキル持ちだと言ったってきついものがあるもんね。
「今回取りに行くのはポルンという素材だ。植物からとれる素材だな」
歩きながら、先頭を行くシファーさんが今回取りに行く素材の説明をしてくれる。
ちなみにシファーさんが先頭なのは索敵範囲の広さに加えて、素材が入手できるスポットを知っているのがシファーさんだけだからだ。
俺たちはここに来るのも初めてだからね。
「おお、植物。そういうのは初めてかも」
今までは魔物ばっかりを相手にしてたからな。
そもそも植物素材ってそんなに貴重な物もなかったし。
でもソディアではそんなこともないらしい。
この辺にしか生えない植物なら供給量も少なくなるだろうし、他の街でも需要があればその分値段が高騰するってわけだな。
ふむふむ、勉強になる。
「この植物自体に戦闘能力はないが、周囲にはそこそこ強い魔物が生息している。わかっているとは思うが、注意はしておいてくれ」
シファーさんが俺たちにそう告げる。
この環境で戦闘ってなると、ちょっと厳しいなぁ。
ところどころ刺突目的なのかってくらい尖ってる岩もあるしね。
あそこ踏んづけたら多分流血沙汰だ。怖すぎる。
いずれにせよ、正直あんまり戦うのには適していない環境だ。
人類の最前線が近づいてくるにつれて、環境も味方じゃなくなってくるんだな。
ニアンでは敵は魔物だけだったのに、ソディアに来て敵が増えた気分だよ。
まあその分、シファーさんっていうこれ以上なく強力な味方も増えたんだけどさ。
「ん、敵が来るな」
まだ姿が見えていないうちから魔物の気配を読み取るシファーさん。
索敵範囲が広すぎる。
「ガオオ――」
「せいッ」
そしてそのまま出鼻の魔物を剣で一閃。
おぉ、すっごい。
鮮やかな手並みすぎて参考にならないくらいだ。
シファーさんがいればそんなに重大なトラブルには見舞われそうにないし、もし見舞われても大丈夫だろう。
この辺りで魔物の生息地に足を踏み入れるのが初めてである俺たち三人にとってはこれ以上なく心強い味方だ。
「……ん、また来るようだな。どうする? また私が相手をしてもいいが……」
「経験を積みたければ貴殿たちで戦ってもいいぞ?」と目で訴えてくるシファーさん。
そういうことなら……。
「俺たちで戦ってみます!」
「うん、わかった。では私は見守っているから、頑張ってくれ」
シファーさんが俺たちにスペースを開けるように一歩退く。
よし、ソディアに来て記念すべき初戦闘だっ。
足場は悪いけど、シファーさんが付いててくれる安心感は半端ない。
総合的に見ればかなり恵まれた環境で戦えるんだ、自分の全力を出し切ろう!
「ガオオオオッッッ!」
現れたのは、今さっきシファーさんが戦ったのと同じ魔物だった。
四足歩行で、全長は二メートル超の大きな魔物。
他で見たことがないから名前はわからないが、一際大きな声が特徴的で、初心者冒険者だったらこの声を聴いただけで足がすくんじゃうくらいには威圧感がある。
地面と同じく灰褐色で、その肌は岩のようにゴツゴツと尖っている。擬態の意味もあるのかもしれない。
「鈍重そうな見た目ね。一撃は重そうだけど、その分動きは遅そう。あたしが気を引くわ」
「お願いしますっ」
基本的に戦闘は俺とミラッサさんの担当だ。
マニュを守るように二人で前に出る。
さすがにあんな相手の前にマニュを差し出すわけにはいかない。
俺よりちょっと剣が使えるくらいじゃ、あの魔物の分厚い装甲には傷一つさえ付けられなそうだもんな。
俺たち三人の中で一番攻撃力が高いのは俺だ。
だからもしミラッサさんが仕留められそうにない魔物が現れた時は、ミラッサさんには囮役になってもらって、気を取られた隙に俺がファイアーボールを撃ちこむ。そういう作戦を前もって決めてある。
今はその作戦の使い時だとミラッサさんは判断したみたいだし、俺も同意見だ。
あの岩みたいな装甲を貫通してダメージを与えるにはそうとうな威力が必要だろう。
ミラッサさんでもいけるかもしれないけど、俺の方が確実だ。
「覚悟しなさいッ」
ミラッサさんが魔物に斬りかかる。
読み通り動きの遅い魔物はそれを避けることすらできず、直撃し……そして、剣がガキンッと弾かれた。
「ウオオオオオゥゥゥゥッッッ!」
う、うわ、ミラッサさんの剣受けてノーダメージかよ。
そう考えるとシファーさん凄いな、この魔物を瞬殺ってもう人間業じゃないだろ。
って、余計なこと考えるな。
大丈夫、ミラッサさんの役割はあくまで牽制。
それは今のところ上手く行ってる。
「やぁッ!」
「ウオオオッッ!」
ほら、あの魔物はもうミラッサさんに夢中じゃないか。
ならあとは、俺が自分の仕事をこなすだけ。
集中集中……。
「……ファイアーボールっ」
手元に発生する魔力の流れ。
それが急速に膨れ上がり、発火する。
燃ゆる炎は球形となり、ファイアーボールが完成する。
よし!
念のために二発用意したし、準備は万全だ。
あとはこれを、ミラッサさんの方に意識を割かれているあの魔物にぶつければ――
「ウオオオオオッッッッ!」
――あ、あれ!?
全然意識割かれてない!
めちゃくちゃコッチに突進してきてる!?
「れ、レウスくん危ないっ!」
「うわっ、らああッ!」
慌てて手元のファイアーボールを発射する。
一発は逸れて斜面に直撃してしまったが、残りの一発が命中した。
目と鼻の先まで迫っていた魔物は至近距離でファイアーボールを浴び、勢いを失くして地面に倒れこむ。
足元に倒れこんだ魔物が息絶えたのを確認して、後からブワッと冷や汗が噴き出る。
あ、あぶねー……!
間一髪だった……。
「ヒール」
自分も軽く爆発に巻き込まれてしまったので、ヒールで傷を治す。
ギリギリだったなぁ。結果オーライって感じがする。
でもなんであの魔物、ミラッサさんの方じゃなくて俺の方に来たんだろ?
ミラッサさん結構牽制入れてたし、魔物は嫌がってたし、傍目から見てると完璧だったと思うんだけどなぁ……うーん……。
『ピシッ』
考え込んでいたせいか、普段は聞き流してしまうような小さな音にも気づくことができた。
先ほどファイアーボールが直撃した、俺たちの現在地より若干上に位置する斜面からだ。
……ピシッ?
ちょっとまって、ピシッって何?
めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど……というか嫌な予感しかしないんだけど!?
『ミシミシ……ギシギシギシッ!』
「き、気を付けるんだ、斜面が崩れるっ!」
「や、やっぱりぃっ!?」
う、うっそだろこれ! どうすんだよ!?
俺たちはなすすべもなく、崩壊した斜面と共に下へと落ちて行った。




