55話 ゴザ爺
ソディアの街に入った俺たちは、シファーさんの後をついて行く。
ゴザさん、という人が営んでいる武器屋を知っているのがシファーさんだけだからだ。
ソディアは今まで見てきたどの街よりも魔物への対策がしっかりと組まれていた。
街と外との間には石造りの高い防壁が組まれているし、その分厚い防壁の上には人が立って魔物を迎撃できるようになっていた。
そして街中に入っても、物々しい雰囲気の冒険者が他の街と比べて格段に多い。
この殺伐とした感じが、「人類の最前線まであとちょっと」って感じをビンビンに伝えてくる。
防壁に備え付けられた扉をくぐってソディアの街に入る時なんて、ちょっと鳥肌立っちゃったもんね。
「エルラドにほど近いだけあって、今までの街とはやっぱり違うわね」
「み、皆わたしより強そうなんですけど……」
ミラッサさんとマニュがそれぞれ感想を言い合う。
それに対して相槌やらを交えて話していると、前を歩くシファーさんがふと立ち止まった。
どうやらお目当ての武器屋に到着したみたいだ。
「ここがゴザ爺の武器屋だよ。その名も『ゴザの武器屋』」
「そのまんまですね」
「ああ、ゴザ爺は店の名前とかそういうのはどうでもいいってタイプだからね」
なるほど、なんか職人っぽいかも。
勝手なイメージだけど、職人気質の人って自分の腕にしか興味ないって人多そうだし。
シファーさんが店の扉へと近づいていく。俺たち三人はそれについて行く。
うん、シファーさんが扉を開ける前に軽く深呼吸しとこ。
すぅ……はぁー……。すぅ……はぁー……。
気難しい人じゃないといいなぁ。
ちょっと頭の固い人ってシファーさんは言ってたけど、できれば怒られるようなことだけは勘弁願いたい。
怒られると委縮しちゃう気しかしないし。
ひょっとしたらこれから長く付き合うことになるかもしれないんだから、なるべく第一印象は良くしとかなきゃな。
「よしっ、笑顔」
パンパン、と小さく頬を叩いて自分に言い聞かせる。
それとほぼ同時に、シファーさんがお店の扉を開けた。
「おう、らっしゃい」
低くしゃがれた声が店内に響く。
渋柿みたいに渋い声のその持ち主は、白髭を蓄えた老人だった。
白髪で白眉で白髭……なのに男臭い。
お爺さんとは思えないくらいの威圧感のある人だ……と思ったら、その顔色がパッと明るくなる。
「なんだ、シファー嬢じゃねえか。いつ来るかいつ来るかって待ってたんだぜ」
あ、そっか。シファーさんとゴザさんは親交あるんだったよね。
そりゃ顔もほころぶか。
最初にゴザさんから感じた威圧感が薄まってくれて、個人的にはラッキーだ。
一瞬俺が仲良くなるのは無理なタイプかと思ったけど、そうでもないかもしれないな。
「久しぶりだね、ゴザ爺」
シファーさんがゴザさんに話しかける。
その口調は同じく再会を懐かしんでいるようで、俺たちと話す時よりも若干明るい気もする。
仕方ないか、俺たちとシファーさんはまだ出会ったばかりだけど、この人との仲は数年がかりで構築されたものだろうしな。
ゴザさんと接点のない俺たち三人は、黙ってシファーさんとゴザさんの会話を聞く。
「おう、久しぶりっと。んで、今回の用はあれだろ? 送られてきた素材から見るに、剣の修繕依頼だろ? さっさと見せてみな」
「いや……剣もそうだが、その前に盾だ」
「盾?」
「ああ、盾が壊れた。真っ二つにね」
そう言うと、シファーさんは真っ二つになった盾を取り出して店のカウンターに乗せた。
一瞬静かになった店内に、ゴトン、と重い音が響く。
……うわ、ゴザさんの皺の多い瞳が子供みたいに丸くなった。
薄々気づいてはいたけど、やっぱり普通じゃなかったんだ。
「……はぁぁ!? この盾がどうしたら真っ二つになるんだよ!」
いや、そりゃそうだよね。
だってシファーさん<盾術LV9>に<防御の極意LV9>のスキル持ちで、そんな人が腕利きの職人が作った盾使ってたんだし。
そう考えたら真っ二つになる方がおかしいのか。
俺はこの前のシファーさんとの手合わせで自分の威力不足を痛感させられて驚いたんだけど、それと同じくらいの衝撃を今ゴザさんも受けてるんだろうなぁ。
なんだかちょっと親近感が湧くね。
「ったく……エルラドって街には相変わらず魑魅魍魎が跋扈してやがんなぁ」
「いや、この子が魔法で壊したんだ」
あ、ここで俺に話が回ってくるのか!
まずい、とりあえず自己紹介だ!
笑顔を忘れず!
「レウスです、初めまして」
微笑を浮かべて自己紹介をする。
続いてミラッサさんとマニュも自己紹介した。
さあ、反応はどうだろうか。
「……」
……あれ?
ゴザさんがあんまり聞いてないというか、心ここにあらずというか……自己紹介のタイミング、ミスったかも。
「……この坊主が盾を壊した? 本当か?」
ああほら、やっぱり聞いてなかったみたい。
俺が盾を壊したって事実が意外過ぎて呆気に取られていたみたいだ。
こりゃ、自己紹介はまた改めてかな。
「はい、シファーさんの盾を壊したのは俺です」
それを聞いたゴザさんは、ぐひっ、と体全体を揺らすように一度笑う。
「そいつぁ随分と面白え。坊主、盾を壊した攻撃って今やってもらうことはできるか?」
「えーっと……ここじゃ危ないので、外でなら大丈夫ですけど」
「おう、じゃあそれで頼むわ」
そう言うと、ゴザさんは我先にと外への扉に向かう。
少しせっかちな人みたいだ。
子供みたいだな……って、そんなこと思ってたらなんだか少し可愛く見えてきてしまった。
さすがに初対面の人相手に気を抜きすぎだよな、もうちょっと気を引き締めよう。
「面白そうなことがあると我慢が効かない人でな。レウス、申し訳ないが付き合ってやってくれ」
「大丈夫です、一発撃ったところでそんなに疲れるわけでもないですから」
「それがすごいんだがな……」
そんな会話をシファーさんとしつつ、俺も外へ出る。
「おーい、こっちだこっち」
店の裏の方から先に外に出たゴザさんの声がするので行ってみる。
……おお、裏庭かこれ? 結構広いな!
剣士同士ならここで手合わせできるくらいの広さはあるぞ。
で、その奥でゴザさんが何かに寄りかかって俺たちを手招きしている。
あれは……人形かな? うん、間違いない。人形だ。
脚が地面と一体化している白い人形が、裏庭の奥に置かれていた。
「これに撃ってみてくれ。なぁに、安心しろ。だいぶ丈夫に出来てるからな、壊れやしねえよ」
「そういうことなら」
ゴザさんが離れたところで、俺は気持ちを引き締める。
……よし、やるか。
「ファイアーボール」
戦闘中と違って、平坦な声で唱えた魔法。
だけど手元のファイアーボールは、戦闘中と同じく異様な魔力を内包したまま成長し続ける。
ゴザさんは盾を壊した一撃を見たいって言ったんだ。
なら全力を込めたファイアーボールを撃たなきゃだよな。
それにもしここで下手に手加減なんてすることで俺が実力のない人間だと判断されたら、俺たちをゴザさんに紹介してくれようとしたシファーさんの顔にも泥を塗ることになってしまう。
そんなのは絶対駄目だ。
だから、全身、全霊で!
「いっけぇぇ!」
本気のファイアーボールを放つ。
白い人型の人形は一瞬耐えるような素振りを見せたが、すぐに炎の熱でドロドロに溶けてしまった。
どうだろう、合格だっただろうか。
俺的には満足な威力が出せたんだけど、ゴザさんのお眼鏡に適うような威力を出せたかな。
横で見ていたゴザさんの方を向く。
……えっと、あの顔は――
「……なんっじゃ、そりゃ」
――驚いてるってことで間違いないよね?
よかったぁ、ホッとしたや。
とりあえず、シファーさんの顔に泥を塗ることにならずにすんでよかった。
人類最果ての地エルラドにほど近いこの街でも、さすがにレベル10のスキルは規格外だったみたいだ。
新作を投稿しました!
下にリンクを張っておくので読んでもらえると嬉しいです!
◆タイトル◆
かつての天才剣士、チート武器『ひのきのぼう』を手にして最強に
◆あらすじ◆
街で一番の天才剣士だったアルバート。
しかし彼は五年前、前触れなく剣を扱うことが出来なくなってしまった。
それでも鍛錬を続けていたところ、藁にも縋る気持ちでたどり着いた洞窟で『ひのきのぼう』を手にする。
だがアルバートは知らなかった。ひのきのぼうには、美少女の人格が宿っていたことを。
「妾はお主が今しがた抜いた木の棒の――『ひのきのぼう』の人格じゃ」
「ひのきのぼうの……人格ぅ?」
「左様。ひのきのぼうは聖剣じゃからな!」
「棒なのに?」
「む? じゃあ聖棒じゃ!」
「なんか適当だなおい……」
――かくして、かつて天才の名をほしいままにした剣士と、ひのきのぼうの人格を名乗る謎の美少女との大冒険が幕を開ける。