54話 いざソディアへ
シファーさんの誘いに乗った俺たちは、お目当ての武器屋があるソディアという名前の街に向かっていた。
ゴトゴト、と地竜の歩調に応じて小刻みに揺れる車内。
ただ黙っているのもおかしな話だし、話題を振ってみようかな。
「シファーさん、その武器屋の人ってどんな人なんですか?」
「ん? なんだ、気になるのかい?」
「ええ、そりゃまあ」
シファーさんが紹介してくれるくらいだから、そんな変な人ではないと思うけど、俺たちにとっては初対面だ。
前もってどんな人なのかくらいは知っておきたい。
「元はエルラドにいたんだが、お年を召してソディアに勇退されたんだ。見た目は……そうだな、髭を蓄えた頑固そうなお爺さんといったところか。たしか今年八十だったかな。少し頭の固いところもあるが、腕と責任感はたしかだよ」
思っているよりご老人だったみたい。
でもたしかに八十歳じゃ、エルラドに住むのはキツイよな。
魔物が桁違いに多いから、身の安全も保障されてないだろうし。
いや、ソディアもエルラドにだいぶ近い街らしいし、そこに住んでるだけでも充分すごいんだけどさ。
老後、かぁ。
あんまり想像つかないなぁ。
俺はそのくらいの歳になったら何してるんだろ……。
……あ、そういえば俺が住んでた街のギルド長も、七十過ぎからもう一度エルラドに行こうとしてたんだよな。
そういう風に年をとっても冒険者一筋ってのもありかもしれない。
でものどかなところで平和に暮らすのも、それはそれで贅沢な余生だと思うし……うーん、まだ決めかねるなぁ。
と、俺が将来のヴィジョンを持ちあぐねていると、話を聞いていたミラッサさんが発言する。
「でも凄いです、わざわざエルラドを出てまで装備を作ってもらいに行くなんて。やっぱりシファーさんくらいになると、武器にもそのくらいこだわるようになるんですね」
「うーん、私がこだわっていると言うよりも、ゴザ爺が――ああ、その店主のお爺さんがゴザさんというのだが――ゴザ爺が作る武器が素晴らしすぎてな。あれを味わってしまったら、もう他の武器は使えなくなってしまうよ」
「へー、そんなになんですか。あたしも楽しみかも」
ミラッサさんは憧れの人と話せて嬉しそうだ。
普段は年下の俺たちと接してるからか、こういう顔ってなかなか見れないからなんか新鮮かも。
「これから行くソディアの街って、何か名産はあるんですか?」
続いてマニュが尋ねる。
シファーさんはその質問にしばし間を置き、眉を八の字にした。
「いや、もっぱらゴザさんのところしか寄らないからな……すまないが、ソディアの街については私も詳しくないんだ」
「そうでしたか……すみません、変なこと聞いてしまって」
「マニュってそういうのに興味あったんだ。なんか意外だなぁ」
各地の名産とかに興味あったんだね。
俺は自分があんまりそういうのに興味ないから、てっきりマニュも同じかと思ってたや。
「当り前じゃないですか。その土地その土地で美味しいものは違うんですからっ」
「あ、食べ物限定か。なるほどなるほど」
「違います、飲み物もです!」
ふんすっ、と鼻息荒く力説するマニュ。
マニュはとことん食欲に真っすぐだなぁ。
「そういえば、ミラッサさんは好きな物とか好きなこととかないんですか? マニュで言う食べ物みたいな」
「レウスさん、飲み物も! わたし、飲み物も好きです!」
はいはい、マニュは飲み物も好きなのね。わかったわかった。
そんなぴょんぴょん跳ねて主張しなくても伝わってるから大丈夫だよ。
ミラッサさんのそういうのはあんまり知らないから、この機会に知れたらいいな。
「そうねぇ……。んー、マニュちゃんくらいに熱意のあるものは正直思いつかないかなぁ。レウスくんは何かある?」
「俺ですか? ……うーん、そう言われると……」
たしかに思いつかないかも……。
いや、そりゃ好きな物は人並みにあるけど、マニュの食事への情熱並となると中々……。
「あ、あたしあったわ」
「何です?」
「シファーさん」
シファーさん? ああ、たしかにそうかも。
ミラッサさんのさっきまでの喜びようは、たしかに相当好きじゃなきゃああはならないよね。
「!? わ、私なのか!?」
「ほぼ同年代の女の人がエルラドで活躍してるのってやっぱ凄いなぁって思って、ずっと夢中でしたから」
「そ、そうか。……なんだか照れるな」
照れるシファーさんと、それをキラキラした瞳で見つめるミラッサさん。
そんな二人に取り残された俺とマニュは顔を見合わせて、揃って頬を膨らませる。
「むー」
「むー」
「え、レウスくんにマニュちゃん、ほっぺ膨らませてどうしたの?」
「ほっとかれて拗ねてるんです」
「です」
なにさ、二人して良い雰囲気になっちゃって。
俺たちの気持ちも考えてほしいよ。ねえマニュ?
「い、いやいや、今は二人が一番よ? シファーさんはその次よ、その次」
「そ、そうか、私はもう貴殿の憧れではなくなってしまったんだな……」
「なにこの板挟み!? えー、あー、ど、どうすればいいの……!?」
「頑張って、ミラッサさん」
「じゃ、じゃあ、三人とも一番ってことで!」
うーん、それならいっか。
ミラッサさんも冷や汗かいてるし、これ以上詰め寄るのはやめておいてあげよう。
「あたしのことはもう置いといてさ、それよりレウスくんの好きなものは結局なんなのよ」
「決まってるじゃないですか、ミラッサさんとマニュです」
「な、なんか優等生な答えですね……」
「本当のことだからね、仕方ないね」
当たり前すぎて忘れてたけど、二人がいれば後のことはもうどうでもいいかな。
……あ、あとリキュウな。お前のことも忘れてないぞ。
この三人は、もし何かあったって聞いたら迷わず駆けつけるってくらいには大切だ。
「面白味ないなぁ」
「普通すぎますよね」
「そ、そんなこと言わないでよ二人とも」
本当のことなんだから仕方ないじゃんか!
助けを求めてシファーさんを見ると、シファーさんは俺たちを見て微笑んでいた。
「ふふ、いいパーティーじゃないか。私はソロでやっていくと決めているが、貴殿たちのようなパーティーを見ると羨ましいよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「さて、そろそろソディアに着きそうだな。皆、降りる準備をしてくれ」
あ、もうそんなところまで来たのか。
やっぱり話してたらあっと言う間だな。
「にしても、まさかレウスが盾を壊すほどの一撃を持っているとは思わなかったよ。今回は剣を新調しようと思って、そのための素材も前もってゴザ爺のところに送っていたのだが……この分だと、ソディアについてからいくつか素材を採取しにいかないといけないかもしれないな」
「な、なんかすみません」
「いやいや、謝ることはない。私は純粋に嬉しいんだ。貴殿たちのような新たな風がエルラドに吹き込むことがね」
シファーさんはそう言ってまた微笑む。
その言葉に嘘はなさそうだ。
トップクラスの冒険者ゆえの余裕というか、なんだかそういうものを感じる。
「エルラドでも活躍してもらうためには、まず貴殿たちにとってベストな武器を身に着けることだ。ゴザさんのところでね。……ほら、見えてきた。ソディアの街だ」
シファーさんが前を指さす。
そこにはかすかに建物らしきものが見えてきていた。
おお、あそこがソディアか。




