5話 ランクが全てじゃないんです
ギルド長との別れから数時間後。
俺は地竜車に乗って、近くの街まで移動していた。
街の名前はたしか、『ニアン』だったっけか。そんな感じの名前の街だ。
なんでエルラド行きではなくてニアン行きの地竜車に乗っているかというと、話せば長い理由がある……わけではなくて、単純にお金がなかった。
エルラドは遠いし、その分お金もかかる。
だから払える額ギリギリの金額である、ニアン行きの地竜車に乗ることにしたのだ。
結局人生お金が大事だってことですね。世知辛いです。
でも、正直まだまだお金は必要なんだよなぁ。この先他の魔導書も読んでおきたいし。
とりあえず早めに読んでおきたいのは『鑑定』と『ヒール』の魔導書だ。
鑑定魔法は、仲間を探すために必須。
極めれば他人のスキルも確認できるらしいし、仲間探しだけじゃなくて戦闘においても有用性がある。ぜひ覚えておきたい。
ヒールはいわずもがな。傷ついたときに回復魔法があるのとないのじゃ大違いだしね。
上級回復魔法とかの魔導書は高すぎて絶対に買えないから、せめて初級のヒールだけでも買っておきたい。
なんだか人が変わったみたいだな、と自分で思う。
この三年間、剣も一回も買い替えることなく質素に暮らしてきたのに、急に欲しいものがバンバン増えるんだもんなぁ。
魔導書って安く買いたたかれるけど売値はとんでもなく高いし、ニアンに着いたらまずは本気でお金稼がないと……!
「おい、そこの黒髪」
「え? あ、はい。俺ですか?」
知らないうちに話しかけられていた。
この地竜車に乗っているのは御者を除いて四人。
皆冒険者のようで、ニアンで一旗揚げようという心づもりなのだろう。
俺以外には、赤い髪の気の強そうな女の人と、端っこで小さくなって座ってる金髪の女の子、最後にガラの悪そうな緑髪の男の人。
話しかけてきたのはそのうちのガラの悪そうな男だった。
「お前、冒険者だろ?」
「ええ、まあ」
「ランクは?」
いきなりランクを聞いてくるのか。
一応冒険者の間での暗黙の了解で、ランクは本人が語った時以外聞かないようにするってルールがあるはずなんだけどな……。
まあ、別に罰則があるルールでもないし、ぐいぐい距離を詰めてくる人にはたまにそういうルールを無視する人もいる。怒るほどじゃないか。
だけど、ちょっと答えにくいな。俺まだEランクだし。
まあ、ここで嘘をついても仕方ない。
「……Eですけど」
「Eかよ。なんだ、冒険者初めて半年とかか。ケッ、若いもんな。冒険者歴はどんくらいだ?」
二十代中盤くらいの見た目な男は水を口に含む。
たしかに普通は半年くらいでEランクは卒業するもんな。そう思うのも無理はない。
だからランクは言いたくなかったんだよなぁ。
「一応三年やってるんですけど……」
ブーッと飲んでいた水を吐き出した。汚い。
「三年!? おいおい、お前三年やってEランクって、聞いたことねえぞ! よっぽど才能ないんだなお前! おもしれえ!」
面白くねえだろ。
この人イラッとするなぁ。
俺だって三年間頑張ってたんだぞ。笑われるようなことじゃないはずだ。
「あ、あのっ」
怒りを我慢していると、横入りが入った。
意外なことに、隅で大人しくしていた女の子の方だ。
金髪蒼目で、まるで天使みたいに儚い印象の少女。
多分年は俺より一、二歳下かな? 十三歳か、十四歳か。
そんな女の子は、視線をむけられて少々たじろぎながらも言う。
「そ、そう馬鹿にするみたいなことは言わない方が、その、良いんじゃ、ないでしょうか……」
優しいなこの子。
俺を庇ってくれたのか。
ありがとう、名も知らぬ女の子。
「ああ、お前もEランクなんだもんな。しかもめちゃくちゃ弱そうだし」
「す、すみません……うぅ……」
お前ぇ! 天使をいじめるな!
怖がって泣きそうになってるじゃねえか!
駄目だ、この子は泣かせないぞ。
俺は女の子と男の間に移動し、ドカッと腰を下ろす。
もうここから一歩も動かないからな!
「ケッ、騎士気取りかよ。Eランクがよぉ」
うるせえバーカ! タンスの角に小指ぶつけろ!
ギルドの貸し倉庫の暗証番号ド忘れしろ!
あと、あと、ええっと……い、嫌なこといっぱい起きろ!
「なんだ、雑魚ばっかじゃつまんねえなぁ。……おい、そこの女」
「あたし? ……何?」
声をかけられた女性は凛々しい目つきで男を見る。
それだけで、男は一瞬ビクリと肩を震わせた。
おお、カッコいいなこの女の人。見た目も凛としてるし、強そうだ。
それに、美人でもある。燃えるような艶めいた赤髪が気位の高さを感じさせる。
「お、お前は何ランクなんだ? ちなみに俺はCランクだぜ、へへ」
「Bだけど、なんなの?」
「び、B……!?」
男はたじろぐ。
俺も驚いた。ここら辺の街でBランクなんて、滅多になれるものじゃない。
元々完全に人類の土地になっているこの一帯では危険度の高い魔物もほとんど現れず、ゆえにランクも上がりにくいのだ。
Dランクで普通、Cランクなら中々凄い。男がさきほど自慢する気持ちもわかるくらいのランクである。
それなのにBランクって……すげえ。
「ランクだけで実力を計ってるうちはまだまだよ」
狼狽える男に、女性はさらりと髪を掻き分けながら追撃をした。
うわぁ、カッコいい……!
「……ケッ、う、うるせえ!」
うわぁ、カッコ悪い……!
まあいいや、背中を向いて会話を拒絶しちゃった男は放っておいて、二人にはお礼を言わなきゃな。
「あの、俺を庇ってくれてありがとうございます」
「い、いえ、とんでもないです! 全然お役に立てなくて……」
「いやいや、すごく助かりました」
こんな可愛い子に庇ってもらえただけでも、街を飛び出した甲斐があった。
俺も男だし、そんな風に思ってしまうのも仕方のないことだ。
女の子はどうしたらいいかわからないのか、小動物みたいに服の裾を握っておどおどしている。なにこのかわいい生き物。
「あなたも。ありがとうございました」
「そっちの子には感謝するのもわかるけど、あたしには感謝する必要はないわ。ああいう男が嫌いなだけだから。……それにあんた、ランクは低いけど、あたしの間違いでなければなんだか強そうな感じがするし」
「え、俺が?」
「うん」
そんなこと言われたのは初めてだ。
……もしかしてこの人、俺の潜在魔力が凄いってことを直感で気づいたのか!?
だとしたら、凄い洞察力だぞ!?
驚きながら女性の顔を見ていると、女性はむむ、と何とも言えない顔をした。
なんだろう?
「……でも、強そうだけど、強そうな雰囲気が全然しないのよね。なんというかあんた……すごく不思議ね」
「あ、あはは……」
そりゃ、ついこの前までどこにでもいる普通の冒険者だったしね。
「まあ、いっか。あたしはミラッサ・アンドリューズ。さっきも言ったけど、Bランク冒険者よ。ミラッサって呼んで。よろしくね、二人とも」
ああ、自己紹介か。
そういうのもちゃんとしないとだよな。
ミラッサさんはしっかり者なのかな?
なんか、見た目通りって感じだ。すごい仕事出来そうだもん。
「俺はレウス・アルガルフォン。Eランクです。よろしくお願いします。あ、呼び方はレウスで」
「わ、わたしはその、マニュ・ルナチャルスキーと言います。マニュです。仲良くしてくれると、嬉しい……です」
というわけで、出発当日から幸先よく、ミラッサさんとマニュさんという知り合いができました。
あ、男? 男は名前も知りません。




