38話 お弁当を食べよう!2
「……ありがとうございます、とっても嬉しいです!」
へ、嬉しい? ……な、なんで?
「自分が作ったお料理を褒めてもらうの、初めてなんです」
「え、これ全部マニュが作ってるの!?」
えへへって笑うマニュの顔はとても可愛いけど、それ以上に衝撃だ。
てっきり既製品を買ってきたんだとばかり思ってた。
だって五重の弁当箱全部ぎっしりって、かなりの量だよ?
しかも品目も十や二十じゃきかないし……。
ちょっと凄すぎない?
「も、もしよければわたしのお弁当、一口食べてみます……か?」
「え、いいの?」
「はい。もしよかったらですけど……」
本当に分けてくれるみたいだ。太っ腹だなぁ。
じゃあ、早速予備の食器をリヤカーからとってこないと……って、んん?
「は、はい、あーん……っ」
……マジ? えっと、あーんしてくれるの?
……多分、これって躊躇わない方がいいよね。あーんしてくれてるマニュの為にも、俺の為にも。
よし……口を開けて、一気に食べるっ。
「お、美味しいよ。ありがとマニュ」
「よかったです、喜んでもらえて!」
正直最初は緊張で味なんてほとんどわかんなかったけど、その笑顔を見たら緊張も和らいで、段々味がわかってきた。
お世辞じゃなくて美味しいぞこれ。
マニュ、君ってば料理の才能抜群じゃんか。
「本当に美味しい。マニュってもしかして料理の道に進んだ方が良かったんじゃ……」
気が抜けていた俺は、思わずそんなことをポロッと口に出してしまった。
慌てて口を抑えるけれど、もう遅い。
発した言葉は誰にさえぎられることもなく、無事にマニュの耳へと届いてしまう。
「あ、そういうこと言うんですか? わたし怒っちゃいますよ? わたしはエルラドに行くんです。例えレウスさんの頼みだって、冒険者は止めませんよーだ」
ぶー、と笑いながら口を尖らせるマニュ。
ああ、ヤバい、めちゃくちゃ罪悪感が襲ってきた。
心臓がきゅううと締め付けられる気がして、胸を抑える。
自分がEランクのころ、「冒険者じゃなくて他の職業になればいいのに」って言われてすごく傷ついたはずなのに。
だから絶対にそういうことは言わないようにしようと決めていたのに、同じことをしてしまった自分が凄く情けない。
「……本当にごめん、軽率だった」
マニュと向き合って、真剣に謝る。
砕けた口調だし、表情も自然だし、もしかしたらマニュは特に傷つかなかったのかもしれない。
でも、謝らなきゃ自分自身が許せなかった。
「い、いや、そんなに真面目に受け止めなくてもいいですよ!? ほんの、ちょっとした悪ふざけですし!」
「うん……でも、俺も同じようなこと言われて嫌だった経験があるから」
視線を落とす俺を見て、マニュは俺が落ち込んでいることが理解できたみたいだった。
それと同時に俺の方に身体を詰めてくる。
レジャーシートの上で身体一つ分空いていた距離が、半分以上縮まる。
マニュの小さな顔がもう目と鼻の先だ。
「そりゃわたしも『冒険者向いてないから辞めろ』みたいな言い方されたら嫌ですけど、今のは全然違うじゃないですか。得意なことを褒められただけなのに、嫌な気持ちなんかしませんって! だからそんなに落ち込まないでくださいっ。わたし、こんなことでパーティー解散とかになったら嫌なんです……!」
マニュがそう言って俺の手を取って来る。
ちっちゃな手があったかくて、なんだかマニュの心の温かさに直接包まれたみたいな気持ちがした。
「……ありがとマニュ。そう言ってもらえて救われたよ」
「いえいえ、わたしこそ紛らわしいこと言っちゃってすみません」
マニュは優しいなぁ。
俺の真意を汲み取ってくれて、その上励ましてまでくれるなんて。
そのおかげで、申し訳なさも軽減された気がするよ。本当にありがとう。
……でもさ、一個新しい問題が出来ちゃったんだけど。
「……」
「……」
この距離感、結構気まずくない?
や、決して嫌だとかそういう訳じゃないんだよ!?
でもちょっと、いきなりこんなに距離を詰められちゃうとどうしていいか分からないっていうか!
ほら、もう会話も途切れちゃったし余計に!
手も握られちゃってるけど、離すタイミングとかわからないし!
「……ちょ、ちょっと距離感間違えた気がします……っ」
「……う、うん、そうだね。俺もそう思う」
「ぼふんしそう……」
「それは耐えて!?」
「あーん」は大丈夫なのにこの距離感は駄目って、マニュの羞恥の感覚が良くわからないよ!?
というか、狩場で気絶は不味いって!
さすがに気絶したマニュを守りながら戦う自信まではまだない。照れ隠しでもなんでもしていいから、何とかして耐えてくれ!
なんにせよ俺に出来ることは、マニュがぼふんしちゃわないように祈る事だけだ。
ギュッと目をつぶり、天に祈る。
「……あれ?」
何か聞こえたぞ……? 遠くで、爆発音みたいな……。
「マニュ、ちょっと耳を澄ましてみてくれる?」
「は、はひ……? ……っ!? 爆発したみたいな音が聞こえます! それに、悲鳴も!」
マニュにも聞こえたみたいだ。ってことは、俺の聞き間違えじゃないな。
そのまま耳の感覚を研ぎ澄ませていると、俺にも悲鳴が聞こえてくる。
それも、一人や二人の声じゃないぞ……? これは何十人って量の叫び声だ。
周りには……うん、危険そうな魔物とかはいない。
ってことは、どこかここじゃない狩場で何か非常事態が起こっているってことか。
うーん、なにか手掛かりはないだろうか。
『Cランクの狩場で魔物が大量発生した! この声が聞こえたヤツの中で、少しでも魔物を倒せそうなヤツは来てくれ、頼む!』
うわっ!?
頭の中に突然男の声が……今のはひょっとして、<テレパシー>のスキル?
今のを信じるとしたら、Cランクの狩場で魔物が大量発生したのか。
Cランクの狩場は今の俺たちパーティーでは通常立ち入れない場所だが、こういう非常事態では話が異なる。
例外的にどんな冒険者でも立ち入りが認められていた。
もちろん命あっての物種だから、任意だし参加しなくてもいいんだけど……。
――参加したい。
俺の気持ちはほとんど固まっていた。
危険なのはもちろんわかってるんだ。
魔物の大量発生は例外なく危険だし、実際にそれが原因で再起不能になった人も見たことがある。
……でも、今の自分の力がどのくらいなのか知れるいい機会だとも思うんだ。
ファイアーボールとヒールと鑑定。
戦うのに必要なスキルは最低限だけど揃ってる。
このタイミングで魔物の大量発生なんて、まるで俺への試練じゃないか。
「……マニュ、ついてきてくれる?」
俺たちはパーティーだ。
俺一人の判断で無茶をするわけにはいかない。
もしマニュが行きたくないと言うなら、俺は一度マニュをニアンの街まで送り届けてから再度Cランクの狩場に向かおう。
少しは時間のロスになっちゃうけど、でも仕方ない。
十中八九そうなるだろうな。
だってマニュはEランクだし、戦闘も不得手だ。
魔物が大量発生している狩場に行きたいはずが――
「行きましょう、レウスさんっ」
「……いいの? わかってると思うけど、かなり危険だよ?」
「もちろんですよ。……わたしだってエルラドが目標なんです。魔物の大量発生に怖気づいているようじゃ夢は叶わないって、わたし知ってます」
マニュの蒼い目に感じる強い意思。
そっか、そうだよね。マニュだって、夢は俺と同じなんだもんね。
俺にとって試練であるように、マニュにとっても試練なんだ。
「……よし、行こう!」
俺たちは急いでCランクの狩場へと向かった。




