37話 お弁当を食べよう!1
そして次の日。
「おはようございますレウスさん」
「おはようマニュ」
俺とマニュはDランクの狩場の前で待ち合わせていた。
マニュがどこかソワソワしてる感じがするのは……多分、新しいリヤカーだからなんだろうなぁ。
キョロキョロとあっちを見たりそっちを見たり……あ、こっち向いた。
「れ、レウスさん、そんな微笑ましそうな顔しないでくださいっ」
「え? ああ、ごめんごめん。つい」
だってマニュ、新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいなんだもん。
微笑ましくもなっちゃうよ。
「言っておきますけど、今日のわたしは昨日までとは一味違いますからね。ピリ辛マニュです!」
ふんす、と意気込んで胸の前で拳を握るマニュ。
意味は良くわからないけど、やる気があるのは伝わってくる。
でもそれに負けないくらい、今日は俺もやる気満タンだ。
昨日は身体を休めるために早めにベッドに入ったおかげで体調もバッチリだし。
「よーし、ガンガン狩ろう!」
「えいえいおーです!」
そして心機一転した俺たちはDランクの狩場へと足を踏み入れた。
「ファイアーボールッ!」
「キュキュッ!?」
威力を調整したファイアーボールでホーンラビットを倒す。
すぐにマニュが息絶えたホーンラビットに駆け寄り、短刀を突き刺して部位を削いでいく。
「ふぅ……解体と積み込み終わりました」
「おっけー。じゃあ一旦休憩にしようか」
「そうですね、そろそろお昼ですし……あっ」
『あっ?』? 一体どうしたのマニュ?
突然お腹を押さえて……もしかして腹痛――
「くるるるる~っ」
「……」
穏やかな平原にマニュのお腹の音が響く。
風に流された髪が頬を隠そうとするのも意味を持たないくらいに、マニュの頬は真っ赤に染まった。
……マニュ、お腹減ってたんだね。
「えーと……気づけなくてごめんね?」
「うぅ、恥ずかしいですぅ……」
もうお昼過ぎだからそろそろ休憩をと思ったけど、ほんの少し遅かったみたいだ。
ちょっと反省しながら昼食の用意をする。
バサバサとレジャーシートを広げて、その上で昼食をとるのだ。
Dランクの狩場は平原だし、昼食も問題なくとれるからいいよね。
今考えるとBランクの狩場で昼食をとるのはかなり骨がいったよ。
魔物の攻撃力が段違いだから、気を抜くと出会いがしらの一撃で死にかねないし。
幸いミラッサさんが気を張って守ってくれていたおかげでそんなことにはならなかったんだけどさ。
レジャーシートの上に乗っかった俺は、適度に周囲を警戒しながらリヤカーから弁当を取り出した。
もちろん素材を入れている場所とは別だから、素材の血生臭い匂いとかが移ったりもしていない。
食事は活力の源だし、気持ち良く食べたいもんね。
そして俺に続いてマニュもリヤカーから弁当を……弁当を……。
「よいしょっと……」
マニュがレジャーシートの上に取り出した弁当を置く。
ドスン、と音がした。俺の尻がちょっと地面から浮いた。
五重のお弁当かぁ。さすがに予想外。
マニュって討伐中もそんなに食べるんだ。
討伐中って緊張感とかで食が細くなる人も多いんだけど……並の男の人どころか、フードファイターレベルなんじゃないか? すごいなぁ……。
「マニュは結構大きなお弁当なんだね」
驚いたのは隠して、あくまでも冷静に指摘しよう。
弁当の大きさで驚かれるのもあんまり嬉しくないだろうし、でもさすがに指摘しないのも不自然だし。
「いっぱい食べないと元気が出ないので……あ、だ、大丈夫ですよ? そんなに食べるのに時間はかかりませんから」
大きさに言及したからか、マニュは焦って食べ始めてしまった。
も、もう一段目を完食して二段目だとぉ……!? 速い、速すぎるよマニュ!
「ああいや、ごめんマニュ! あ、焦らせるつもりはなかったんだ。ゆっくり食べてよ。その方が美味しいでしょ?」
「レウスさんごめんなさい……これが通常速度です……」
「……なんか、こっちこそごめんなさい」
フォローのつもりがとんだ逆効果だよ!
何やってんだ俺!
「き、気にしてないので大丈夫ですよ? もぐもぐ食べますっ」
口が小さいマニュは一口食べるごとにリスみたいにほっぺたをいっぱいに膨らませては、その後一秒と経たずに呑みこんでいく。
一体どうなってるんだろうか。生命の神秘ってヤツは不思議でいっぱいだ。
この前のマニュがケビンたちのパーティーから抜けたときにお祝い会でマニュがいっぱい食べるのも食べるのが速いのも知ってたけど、討伐中だと周囲を警戒しなきゃいけないからか猶更速度が上がってるように思える。
というかこの分だと、俺が手の平サイズの弁当を食べきるのより、マニュが抱えきれないサイズの五重の弁当を食べきる方が速いかもしれない。
さすがにそれは男として情けないような気がするぞ……?
「はむっ、もぐもぐっ!」
俺は食べる速度を少し上げることにした。
元々量もそこまで多くないのもあって、なんとかマニュが四段目を食べ終えたところで完食することに成功する。
「ごちそうさまでした」
よかった、最低限プライドは保てたぞ。
いや、こんなプライド保ったところでどうするんだって話だけどさ。
腹ごしらえを終えたところで、適度に周囲を警戒しつつ、マニュをジッと見つめてみる。
さっきお腹を鳴らさせちゃったのは俺のミスだった。
もっとマニュのことをよく見て、知ろうとしていれば防げてかもしれない。
同じミスを犯すことのないように、ちゃんとじっくりとマニュのことを見てないと!
マニュは……うん、なんだかモジモジと太腿を擦り合わせてるな。
そしてチラチラとこっちを見ているようにも思える。
これはどういうサインなんだ?
もっと近くで観察するべきか?
だけどこれ以上近づくとさすがに露骨すぎるんじゃ――
「……あの、レウスさん?」
「どうしたのマニュ?」
「そんなに見つめられると、その、えっと……恥ずかしい、んです、けど……」
恥ずかしい? 恥ずかしいって何のことだろう?
……あ、もしかして俺じっくり見すぎてた?
いつの間にかマニュの箸は完全に動きを止めてるし、あわわ、絶対そうだっ。
な、なんとか取り繕わなきゃ!
「ち、違うんだ! えっと……そう! マニュじゃなくてマニュの弁当を見てたんだよ! 美味しそうだなと思ってさ!」
「本当ですか……?」
うぅ、そりゃ疑わしいよね。マニュが首をかしげるのも当然だよ。
でも信じてくれマニュ! ほら、俺の目を見てよ!
目を合わせれば俺の気持ちが伝わるはずだから……って、ぐぐぐ!?
ぎゃ、逆にマニュのぱっちりお目めに目を逸らしちゃいそうなんだけど!?
いや、でもここは絶対に負けちゃいけないところだ……!
ここで目を逸らしたら俺は嘘つきだってことになってしまう。
そしたら絶対に嫌われちゃうよ。
だから、なんとしてもここは眼力で押し通すっ!
むぅぅ……! ど、どうマニュ、わかってくれた!?
「レウスさん。……本当にわたしのお弁当、美味しそうですか?」
「うん、めっちゃくちゃ美味しそうだよ! 本当に! 最高に!」
言葉でも駄目押しだ!
どうだ、押し切れたか……?
ちょっとでもマニュの不快感が軽減されてたら嬉しいんだけど――
「……ありがとうございます、とっても嬉しいです!」
へ、嬉しい? ……な、なんで?




