36話 お買いもの
ニアンの街へとたどり着いた俺たちは冒険者用の入り口からギルドへ入り、魔物の素材を清算した。
「ふぇぇ……こ、こんなに稼げるなんて。ダントツに過去最高の儲けです……!」
マニュは麻袋に入ったお金を震える手で持っている。
その反応、ミラッサさんと組んだときの俺と全く同じだよ。懐かしさすら感じるくらいに。
「マニュがテキパキ動いてくれたおかげでいつもの二倍くらいの利益になったよ」
分けるのが一人から二人に増えたと考えれば俺の取り分自体は同じだけど、危険度は単独行動とパーティーとじゃ全然違う。
しかも今日の稼ぎは途中でリヤカーがいっぱいになって中断して帰ってきての値段だ。
そう考えると明日以降はもっと稼げそうだし、マニュとパーティーが本当に組めてよかった。
安全面と金銭面だけじゃなくて、精神面でもね。
個人的には討伐中でも話し相手がいる方がやりやすいし。
この辺は各個人によって違うだろうけど、マニュも見たところ俺と同じタイプだと思う。
「今日はありがとうございました! また明日からもよろしくおねがいしますねっ」
ギルドを出ると、マニュはほくほく顔で俺にそう告げて別れようとする。
「あ、マニュ。これからちょっと時間あるかな?」
危ない危ない、このまま別れるわけにはいかないんだ。
さっき帰って来る途中で思いついたんだけど、これからマニュと一緒に行きたいところがあるんだから。
「時間ですか? わたしは今日は予定もないですし、暇ですけど……?」
「じゃあもしよかったら、買い物にいかない? リヤカーを新しくしようと思うんだ」
今日のマニュを見ていて、すごく大変そうだなと思った。
もう少し軽い素材のものに変えたらちょっとは楽になるんじゃないかな。
それに積載量も増やせば途中で切り上げる必要もなくなるし。
あのリヤカーはギルドから支給されているもので、無料なのはいいんだけど質はそこまで高くない。
だから、これからもっと稼ぐつもりな俺は先行投資としてリヤカーを新調したいと思ったんだけど……。
「どうかな?」
「それはいいですね、行きましょう行きましょう!」
よかった、マニュも賛同してくれた。
反対されたらどうしようかと思ったよ。
運搬係はマニュだし、最終的にはマニュの意見を尊重しなきゃだからね。
変に遠慮しないでくれてよかった。
「じゃあ早速行こうか」
「はいっ」
トタタタと小さな歩幅で俺の横を歩くマニュ。
本当に小っちゃいなぁ。この身体でも余裕を持って引けるようなリヤカーを探さなきゃね。
そしてやってきましたリヤカー市場。
名前の通り、道の両端にリヤカーが所狭しと並んでいる。
おお……ズラリとリヤカーが並んでるのって、凄い光景だなぁ……。
結構圧倒されちゃうかも。
「凄いですねレウスさん! わたしリヤカー市場に来たの初めてですっ」
あ、マニュはテンション上がってる感じなんだ?
やっぱり<運搬LV8>とか行くような人は感じ方も違うってことなのかなぁ。
「俺も初めてだよ。難しいことは良くわからいし、お店の人に色々聞いて決めようか」
「そうしましょう」
そして市場を歩き出した俺とマニュ。
辺りをよく観察しながら、良さそうなお店を探していく。
どこがいいかなー……って、マニュ? さすがにキョロキョロしすぎじゃない?
「うわぁぁ、あれとか凄いカッコいい……。あっ、あれは可愛いっ。あれは……」
「ふふっ」
「? どうかしましたか?」
「いや……楽しそうだなぁと思って」
そんなおもちゃを見るみたいな顔もするんだね。
いつも変に遠慮がちだったから思わず笑っちゃったよ。
でもうん、良いと思う。年相応というか、可愛らしい感じだ。
「あ、す、すみません、つい夢中になってしまって。お、お恥ずかしい……」
ああ、頭から煙が!? マニュ、そんなふしゅぅぅってなるほど気にしなくていいから!
笑っちゃった俺が悪いのか!? ごめんマニュ、まさかそんなに恥ずかしがっちゃうとは思わなくって……
「どうだいそこのカップルさん。うちのリヤカー見てってくれや」
「か、カップル……!? ~~っっ!?!?」
限界まで煙を排出したマニュの頭はついに許容量を超えて、ぼふんと爆発した。
「きゅぅぅ……」
「マニュ! 戻ってきて、マニュぅぅっ!」
倒れかけたマニュの小さな体を抱き留め、マニュの名前を呼ぶ。
「うーん……うーん……」
「そ、そうだ、ヒールッ!」
「うーん……うーん……」
「あれ、効かない!?」
あ、そうか、怪我には効くけど病気には効かないんだっけ!? じゃあこれは病気扱いってことか!
どうしよ、どうしよ……。
店の男が申し訳なさそうに声をかけてくる。
「な、なんかごめんな? 俺の一言でよ……」
本当だよ!
いや、まさかこんなことになるとは誰も思わないだろうから仕方ないけどさ!
「うーん……うーん……ハッ! あ、あれ、ここは……?」
「マニュっ! よかった!」
目を覚ましてくれた!
マニュの大きな瞳が、ぱちくりと動いている。
こんなに近くからマニュの顔見たことなかったけど、至近距離でも整ってるなぁ。
いずれにしても、このままだったらどうしようかと……あれ? なんかまた顔赤くなってきてない?
「レウスさんの顔がこんなに近くに……ぼふんっ!」
「え、ちょっ、マニュ!? なんで!?」
マニュ、本日二度目の失神。
もう訳が分からないよ!
「い、今のも俺のせいなのか……?」
ふと見ると、店の人がわなわな震えていた。
いや、多分今のは俺のせいです。心配かけてすみません……。
「お手数おかけしました……」
数分後、元気になったマニュは俺に頭を下げる。
「いや、それはいいんだけどさ。でも本当にびっくりしたよ。身体は大丈夫?」
「はい、もう元気モリモリです」
マニュが裾の長い服を捲って二の腕を露わにする。
そして、むっ、と力を入れて、俺にアピールしてきた。
「どうですかレウスさん。むきむきです」
「そ、そうだね」
見た感じどちらかというとむにむにだけど……本人がなぜか自慢げだし、ここは乗ってあげるのが優しさだよね?
でもとりあえず、本当に元気になったみたいで何よりだ。
「それにしても気前良かったねあの人。『俺のせいで嬢ちゃんに迷惑かけちまったからな』って言って、まさかリヤカーを半額にしてくれるなんてさ」
「はい。太っ腹でした」
そう答えるマニュは立派なリヤカーを引いていた。身体が小さくて軽いマニュでもかなり楽そうに扱えている。
何を隠そう、積載量も軽さもトップクラスな一品だ。DランクとEランクの俺たちじゃまず手が出ない品なんだけど、あの人が半額にしてくれたおかげでなんとか購入することができた。
優しい人っているところにはいるんだなぁって思ったね。世の中捨てたもんじゃないよ本当。
「でもわたし、こうしてパーティー組んだ人とその後にどこかに出かけるのって初めてかもです」
「へ、そうなの? ……ああでも、俺もそうかもなぁ。酒場ならあるけど、こうして一緒に買い物となると記憶にないかも」
基本的に臨時パーティーしか組んで来なかったしね。
正式なパーティーが組めてれば、こうやって買い物とか来たりって経験も出来たんだろうけど、生憎と今日が初めてだ。
……ん? 何かマニュが小声でぼそぼそ言ってるな。
「……よかった。ぼっちはわたしだけじゃなかったんですね」
「聞こえてるぞー」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
いや、まあ謝らなくてもいいけどね?
ぼっちだったのは事実だし……うん、事実だし。
「ドンマイ、俺……ハァ」
「あわわわ、ご、ごめんなさい! でもわたしの方が絶対ぼっちでしたから安心してください! わたしなんて……わたしなんて……ハァ……」
……二人してめちゃめちゃ暗くなっちゃった。
駄目だ駄目だ、せっかくの初めての買い物なのに、こんな雰囲気じゃ駄目だろ!
頭を振って気持ちを切り替えるんだ! もっと楽しい雰囲気にしなきゃ!
そのために必要なのは……そうか、冗談だ。
「ねえマニュ。なんかさ、こうしてるとデートみたいだよね……なーんちゃって」
「ぼふんっ!」
「マニュ!?」
嘘だろ、また爆発した!?
「大丈夫!? もう三回目だよ!?」
「ぐ、ぐぐぐ……! な、なんとか耐えました……!」
すごい手ごわい魔物と戦ったみたいな顔をするマニュ。
どうやらマニュの中ではかなりの熱戦が繰り広げられていたみたいだ。
「こふっ、こほこほっ。まったく、レウスさんが変なこと言うから意識が飛びかけたじゃないですか」
「ご、ごめん。明るくしようとしたら、ちょっと失言になっちゃったよ」
やっぱ慣れないことはするもんじゃないね。
危うくパートナーの意識を刈り取るところだった。
これからはもう少し堅実に、いつも通りな俺で――
「……でも、明るくしようとしてくれたことは嬉しいですよ? 好きになっちゃいました……なーんちゃって」
――やっぱりちょっと無理するのも時にはありかもしれませんね。
いやだって、マニュのそんなからかうみたいなペロって舌を出した顔が見れるならさ。
俺頑張っちゃうよ。
「……っ」
「どうしたのマニュ? そんなに顔を真っ赤にして」
「い、今のは思い返すと、けっこう恥ずかしいことを言ってしまった気がします……」
俯いて顔を赤らめるマニュ。
やめてよ、そんなことされたら余計に意識しちゃうじゃないか!
「……ぼふんしそうです」
「それは耐えて。マジで耐えよう」
洒落にならないからね!?
頑張れマニュ! 耐えるんだ!
「と、ともかく! 明日からはこのリヤカーで頑張りましょうね!」
「う、うん、そうだね!」
半ば誤魔化す様にして、今日のお買いものは終了した。
よーし! 新しい道具も買ったことだし、明日から心機一転頑張るぞ!




