32話 制裁
俺たち三人は、ケビンたちを睨む。
ギリギリまで口を挟まないでいようと思ったけど、ここまでくると看過できるレベルを超えてる。
「マニュを離せ」
言葉短くそう告げる。
だが、ケビンたちはマニュから離れる素振りも見せない。
「おいおい、突然出てきて正義の味方気取りか? パーティー内でのちょっとしたもめごとだ、おたくらにゃ関係ねえだろ」
「ソイツはもうパーティーを辞めるって宣言しただろうが。てめえらにソイツを繋ぎとめておく権利はねえよ」
「それでも離さないって言うなら……こっちも実力行使に移らせてもらうわよ」
そうだ、怒っているのは俺だけじゃない。
リキュウとミラッサさんもまた、ケビンたちの行いには怒りが溜まっているんだ。
怒気を漲らせる俺たちに、ケビンもさすがに一筋縄ではいかないと考えたらしい。
取り巻きに首で指示を出し、こちらに差し向けてきた。
「……やれ」
「はい!」
まずはケビンたちの腰ぎんちゃくが相手か。
まあ、こっちにはミラッサさんがいるから絶対に負けはないだろうけど。
……あれ、そう言えば俺、リキュウのステータスを知らないぞ……!?
一応確認しておいた方がいいかもしれない。
リキュウのステータスは……っと。
◇――――――――――――――――――――――◇
リキュウ・タックタッカー
【性別】男
【年齢】17歳
【ランク】C
【スキル】<剣術LV5><逃走LV3><聞き耳LV6>
◇――――――――――――――――――――――◇
よし、問題なさそうだな。
取り巻き二人は<剣術LV3>しかスキルが無いし、ミラッサさんとリキュウならまず負けることはないだろう。
この取り巻きたちは二人に任せて、俺はケビンを相手取るための力を蓄えておいた方がいいかもしれない。
スッと一歩下がっておけば邪魔にもならないだろう。
……おっと、その前に二人に伝えておかなきゃいけないことがあったんだった。
「二人とも、本気でやっていいよ。死んでなければどんな傷でもあとでいくらでも治せるから」
俺の<ヒールLV10>があれば、即死以外の傷は大抵治せる。
一度使ってみた感覚としては、四肢が切り離れたとしてもその場で対処すれば再びくっつけるくらいはできそうだからな。
「レウス、本当に本気でやっていいのか?」
「レウスくんの言ってることは本当よ。彼のヒールはレベルが違うもの」
「そりゃいい。何も気にせず暴れられるってもんだ」
言いながら、リキュウとミラッサさんが剣を抜いた。
取り巻きたちと互いに切っ先を向けあい、近接する。
たが取り巻きの二人はどちらも<剣術LV3>、対するリキュウは<剣術LV5>で、ミラッサさんに至っては<剣術LV8>だ。ぶっちゃけ勝負にもなっていなかった。
「ぐあっ!」
「く、くそっ!」
数度の斬り合いの後、取り巻き二人が揃ってうずくまる。
これで残るはケビンだけだ。
「なっ……!?」
何を驚いた顔をしてるんだよケビン。
もしかして、お前の取り巻きが勝つと思ってたのか?
だとしたらおめでたい頭だな。
お前の腰ぎんちゃくに甘んじているようなヤツラに、リキュウとミラッサさんが負けるわけがないだろ。
「メインディッシュはてめえに譲るぜ。決着付けてこいよ、レウス」
ポンッ、とリキュウに背中を押された。
「そうね。レウスくんが一番怒ってるんだから、レウスくんがやるのがいいわね」
ミラッサさんにも背中を押される。
二人の気持ちを背負って、俺はケビンの前に立った。
一応ケビンのステータスも確認しておこう。
万が一があるといけないからな。
◇――――――――――――――――――――――◇
ケビン・カルニコフ
【性別】男
【年齢】25歳
【ランク】C
【スキル】<剣術LV3><威圧LV3>
◇――――――――――――――――――――――◇
当然だけど、一週間前から変化なし。
さあ、じゃあやろうか。
「て、てめえら何者だよ……!」
「ファイアーボール」
「ぐあああああっ!?」
ケビンの身体が炎に包まれる。
おっと、あんまりやりすぎると死んじゃうからな。火加減には気を付けないと。
適当なところで炎を消して……っと。
ああ、まだ意識があったか。意外としぶといな。
「て、てめえ……こんなことしてタダで済むと思ってんのか……!? ギルドに言いつけてやっからな!」
「マニュに酷いことしようとしてたヤツの台詞とは思えないね。……それに」
心の中でヒールを唱える。
ケビンの身体が瞬く間に白い光に包まれた。
「言いつけるって、何を?」
目の前のケビンは、すでに傷など一つも負っていなかった。
むしろ健康そのものといった具合だ。
治すのは癪だけど、人殺しになるつもりはないからね。
「な、治ってやがる……馬鹿な、あれだけの火傷だぞ!?」
そりゃ<ヒールLV10>だし。
手加減に手加減を重ねたファイアーボールでできた傷くらい余裕で治せるさ。
「これで俺があんたを攻撃したって証拠はない。つまりあんたが何を言っても無意味だ」
「ふん、油断したな! 傷さえ治ればてめえなんて――ぎゃあああああっっ!」
「学習しろよ」
全快するや否やすぐさま剣を構えたケビンに、再びファイアーボールをぶつける。
まさかとは思うけど、全部傷を治して「はいおしまい」だと本気で思ったのか?
楽観的すぎるだろ。
「ぎゃああああああああっ!」
うるさいなあ。
「ヒール」
「はぁ……はぁっ。て、てめえ――」
「ファイアーボール」
「がああああああっ!」
「ヒール」
「お、おい、いい加減に――」
「ファイアーボール」
「あああああああああああっっっ!」
ファイアーボールとヒールを繰り返し唱える。
何度か繰り返すと、ケビンはヒールをかけてやっても叫び続けるようになった。
ああ、そうか。身体の感覚がついてこれなくなっちゃったんだな。
本来こんなに短時間で何度も重傷を負うことなんてありえないから、脳が自分が今怪我してるんだか治ってるんだかわからなくなってきたみたいだ。
大変そうだね。まあ、同情はしないけど。
「も、もう、やべ……やべて、くれぇぇ……!」
丁度十回目のヒールをかけたところで、ケビンが言う。
顔はもう汗と涙でぐちゃぐちゃだ。
それを見ても「汚い」以外の感想が湧いてこないんだから、俺は意外と冷酷なのかもしれない。
「えげつねえなぁ……」
「あたしだったら絶対御免ね。コイツの自業自得だけどさ」
二人がそんな感想を零す。
二人して頬を痙攣させないでよぉ……。俺が悪いことしてるみたいじゃん。
「わ、悪かったよ……許してくれ」
うわっ、ケビンが足に縋り付いてきた!?
俺は反射的にそれを払いのける。
「俺じゃなくてマニュに言え」
俺への謝罪なんか必要ない。
お前がしなきゃいけないのはマニュへの謝罪だろ。
「……マニュ、悪かった。頼む、許してくれ……許してください」
マニュの前で這いつくばり、頭を下げるケビン。
そんなケビンの頭を見下ろしてマニュは数秒沈黙した。
その間マニュが何を思っていたのかはわからないけど、そうした後にマニュは一度ゆっくり瞼を閉じて、そして開ける。
「二度と顔を見せないでください。それを受け入れてくれるなら、許します」
「わ、わかった、約束する……っ」
マニュが許すと言ったので、最後に取り巻きの二人にもヒールをかけてやる。
今回の被害者は俺じゃなくてマニュだ。
マニュがそう決めたなら俺は口を挟まない。
マニュが許すなら、俺もケビンを許そうじゃないか。
ケビンは取り巻き二人と共に、そそくさと狩場を後にして行った。
一回も振り返らずに一目散だったな……。
でもまあ、それだけ恐怖心が植えつけられたってことか。
ならマニュももう今度アイツラに絡まれるようなことにはならなそうだし、これにて一件落着かな!
はぁ、色々あったけど最後には丸く収まって良かったぁ!
……あれ、ミラッサさんが半目で俺を見てるぞ……?
「レウスくん、気持ちはわかるけどちょっとやりすぎ」
「え? で、でも、後遺症は残さないであげましたよ?」
俺、やりすぎてないよね?
ほどほどで収めたつもりだったんだけど……。
「俺、レウスだけは敵に回さないようにするわ」
「れ、レウスさん、ちょっとだけ怖かったです」
えぇ……?
俺、そんなやりすぎてたかなぁ……?




