31話 パーティー解散は容易くいかない
「へぇ、ラージゴブリンを倒したか」
今の一戦を見て、ケビンも今度こそマニュの進化を認めたようだ。
「ちっとは使えるようになったじゃねえか。俺たちの叱咤激励が効いたな」
なんだとぉ……? 一体どういう考え方したらそんな結論に辿り着くんだよ!
手荒にマニュの背中をバンバン叩くな!
「なあ、俺たちのおかげだろ? 感謝しろよな! ……おい、なんだマニュ、真面目な顔しやがって」
「ケビンさん、これ、受け取ってください」
マニュが封筒を渡す。
ケビンはその口を開いて中を確認する。
俺たちはすでにその中身を知っていた。中に入っているのは50万イェンだ。
「ん? ……なんだこりゃ、金か? 一体何の金だよ」
「あの時汚してしまったケビンさんのコートの代金です」
「……あん?」
不思議そうな顔のケビンの前で、マニュは頭を下げた。
「今までお世話になりました。今日を持って、わたしはこのパーティーを抜けさせてもらいます」
よし、よく言ったぞマニュ!
これでマニュはもう自由だ。パーティーを組むかどうかはそれぞれの冒険者の自由意思に委ねられているから、無理やり引き留めることはできやしない。
それに、お金も返して弱味もなくなったしな。
「なるほどな……パーティーを抜けたい、か」
「はい」
「マニュお前……今までずっと嘘ついてたってわけだ」
……は? ケビンのヤツ、いきなり何言いだしてんだ?
引き留めたいのかしらないが、もう何言ったって無駄だぞ。
大体嘘って何だよ。
「嘘……ですか?」
ほら、マニュも戸惑った顔してるじゃんか。
当たり前だ、あんな風におどされてたマニュが嘘なんかつけるわけないんだから。
それでも嘘ついてたって言うなら、どんな嘘か言ってみろよ!
「ラージゴブリンとの戦いを見ておかしいと思っちゃいたが、今のパーティーを抜けるって宣言で確信がいったぜ! マニュ、お前は今まで本気を出してなかったんだろ!? 一週間やそこらでこんな急に動きが見違えるわけがねえもんな!」
……ま、マジで言ってんのか、コイツ?
どうやらケビンはマニュのこの一週間でのあまりの成長度合いが納得できず、「元からそれだけの実力があったのに隠していただけ」と解釈したらしい。
だけどそれはあり得ない。
一週間前のマニュは実力はあったけど、それを発揮するだけの度胸と自信がなかったんだ。
一緒にパーティーを組んでたんなら、そのくらい普通にわかるはずじゃないのか……!?
「いいかマニュ、つまりお前は最初からできるのにやらなかったってことだ! 俺たちが気に入らなかったのかしらねえが、それで結果として俺たちの命を危険にさらしやがった! クソ野郎だよお前は!」
「そ、そんなことしてません……。わたしは、ずっと、一生懸命……っ」
「嘘だな、ありえねえ! お前は実力を隠してた卑怯者だ! 恥ずかしくないのか!?」
「ち、ちが……っ! ……ぐすっ、うぅ……」
……ああ、マニュの目から涙が。
酷い、酷過ぎる。
こんなの、マニュの意見なんかハナから聞く気もなくて、ただ自分たちの意見を押し付けてるだけじゃないか。
マニュがパーティーを抜けるって言いだしたからって、途端にうっぷん晴らしかよ。
大の大人のやる事じゃねえぞ。
マニュが泣きだしたのを見て、ケビンと取り巻きの二人はより一層勢いを増した。
「卑怯者でその上泣き虫か? 救いようのねえクソアマだなお前」
「どうせその泣いてるのも演技なんじゃねえの?」
「ああ、そうかもな。危ねえ危ねえ、また騙されるところだったぜ」
一緒にいて演技かどうかもわかんないのかよ。そんな関係は、パーティーって言わねえんだよ……!
……駄目だ、もう我慢できない。
今すぐ出て行って、アイツラ三人に思いっきりファイアーボールを撃ってやりたい。
でも……でも。ここは、我慢しなきゃならないところだ。
拳を白くなるほど握りしめながら、俺は必死で草むらから飛び出しそうになる自分を押さえつけていた。
リキュウもミラッサさんも全く同じように各々唇を噛んだり歯ぎしりしたりして自制している。
俺たちが出て行かない理由は二つ。
一つ目は、『自分の手で決着をつけたい』というのがマニュの要望で、俺たちはそれを受け入れて隠れて見ているだけだと約束したから。
そしてもう一つは――
「……わたしは、卑怯者じゃありません」
――マニュが、まだ負けてないからだ。
泣き止んだマニュは鼻を赤くしながらも、キッとした目つきでケビンたちを睨む。
「仲間の実力もわからないような人たちとは、やっぱりこれ以上パーティーを組むことはできません。本当にやめさせてもらいます。今までお世話になりました」
そう言い残し、その場を去ろうとするマニュ。
そうだ、いいぞマニュ! そんなヤツラの言うことなんて聞くだけ無駄なんだ!
「はぁ!? おい、待てよ!」
去っていこうとするマニュを、ケビンが腕を掴んで慌てて引き留めた。
おい、汚い手でマニュに触んじゃねえよ!
「か、勝手にやめるなんて、そんな道理が通ると思ってんのか!?」
「通ります。冒険者は何事も自己責任ですから。とにかく、これからはもう赤の他人ですから、どこかですれ違っても話しかけたりしないでくださいね。さようなら」
腕を掴んでいたケビンの手をほどき、マニュは冷たい声色で言う。
俺たちも今までに聞いたことのないような声だ。
普段の甘くておどおどした声とは真逆の、聞いているだけで鳥肌が立つような底冷えする声。
それはマニュの心が完璧にケビンたちから離れ、独り立ちしたことを意味していた。
これでもう、完全にマニュはパーティーを離れることができた。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとか一安心……って!
「て、てめえ、良い気になりやがって……!」
おいケビン、お前なんで剣抜いてんだよ……!?
驚いて声も出せない俺の前で、ケビンはマニュに向けて剣を振るった。
「きゃぁっ!?」
転ぶようにして避けたマニュの金髪が、剣に斬られてはらはらと何本か舞い散る。
あ、あの野郎、いま本気で斬ろうとしてなかったか……!?
「へへ、三対一だぜ。これじゃ手も足も出ねえだろ……!」
「……卑怯者はどっちですか。同じパーティーにいたものとして恥ずかしいです」
マニュが悲しそうな目をしながら短刀を抜く。
「うるせえな、くたばれや!」
「嫌です……っ!」
俺たちの目の前で、マニュとケビンたちとの戦闘が始まってしまう。
だが、俺たちが助けに入るよりも前に、わずか数秒で勝負はついた。
「ぐ……っ!」
「降参、してください」
マニュが一瞬の隙を突き、ケビンの喉元に短剣を当てたのだ。
こうなってしまえば取り巻きの二人もさすがに手を出すことはできない。
「こ、降参だ。参った……」
冷や汗を垂らしながら、ケビンが言う。
それを見て、マニュは短剣を首筋から離した。
「次はありませんからね? じゃあ、これで完全にパーティーは解散ということで――」
「なーんちゃってな!」
「へ? ……ひゃああっ!?」
気を抜いたマニュの身体にケビンが覆いかぶさる。
二回りは違う身体の大きさのせいで、マニュは碌に抵抗することもできない。
それどころか取り巻きの男二人もケビンに加勢する有様だ。
「降参なんかするわけねーだろ馬鹿が! ギッタギタにとっちめて、二度と反抗する気なんて起きなくしてやるよ! ギャハハッ!」
そう言いながら、ケビンが拳を振り上げる。
「そこまでだ!」
「ああ? ……誰だよお前ら」
ケビンの瞳には、俺たち三人の姿が映っていた。
これ以上はさすがに俺たちも見ていられなかった。
約束を破って出てきてしまったけれど、後悔はしていない。
だって俺たちは後悔しないために出てきたんだから。
「俺たちは怒ってるんだ。悪いけど、ただじゃおかないからな」
もう限界だ。もう限界だよ。
ギッタギタになるのがどっちか、お前らに教えてやる。




