3話 空にファイアーボールを撃ってみよう!
「【潜在魔力】10000……五桁など、前代未聞じゃ!」
「あの、これってやっぱり凄いんですかね……?」
恐る恐る聞いてみる。
自分のことなのに、イマイチ実感がわかない。
十二歳で仕事を始めて、自分にはあまり冒険者の才能がないことはすぐにわかった。
それから三年間、弱いなりに懸命に努力して<剣術LV2>を習得して……なのに、急にすごい量の潜在魔力があるって言われても、頭がついて行かないよ。
そういうのってもっとこう……イケメンの人とかが持ってるスキルなんじゃないの!?
「何を言うかレウス君、すごいなんてもんじゃないわい! 通常の魔道具の測定において潜在魔力が四桁で表されている理由は、『9999』が人間の潜在魔力の理論上の最大値だからじゃ! それを超える人間など、初めて見たぞ! まさかステータスの0000が『0』ではなく『10000』のことじゃったとは、さしもの儂でも分からなんだわ!」
饒舌に言葉を捲し立ててくるギルド長。この状況によっぽど興奮しているらしい。
長年冒険者を見てきたギルド長だからこそ、この異常がどれほど珍しいものかということがわかるってことなのかな。
俺は言っても三年だけだし、まだまだ経験も知識も足りない……なんてことを思っていると、不意にギルド長が頭を下げてきた。
……へ? なに、なにごと?
「レウス君、一回でいいから魔法を使って見せてくれんか!? 後生じゃ、頼む!」
「ぎ、ギルド長!? そ、そんな、俺みたいなヤツに頭なんて下げないでくださいっ!」
なんでこの街のギルドのトップの人が、俺みたいなEランクの底辺冒険者に頭下げてるの!?
この絵面はまずい、色々とまずいって!
今この姿誰かに見られたら、多分俺殺される!
「し、しかし、どうしても見てみたいんじゃ。儂は現役の時、魔術師として冒険に出とった。Sランクまでたどり着きはしたが、結局最後まで魔道の深遠には到達できんで冒険者を終えた。……しかし今、本物の魔道の深遠にたどり着いた者が! レウス・アルガルフォン君が目の前におるのじゃ! 儂が枯れた老爺だとしても、この場面で再び情熱の炎が灯らずになんとしようか! 頼むレウス君、頭を下げても駄目なら靴を舐めてもいい! 儂に君の魔法を見せてくれ!」
「わわわ、わかりました! わかりましたから靴を舐めようとするのはやめてくださいギルド長!」
なんて熱意だよ、もう俺この人が怖いよ!
しゃがみこもうとしたギルド長の肩を慌てて止める。
危なかった……あとちょっと遅かったら、俺は『ギルド長に靴を舐めさせた男』になってたぞ……。
「おお、見せてくれるのか!? ありがとうレウス君!」
「い、いえ、どういたしまして……」
まるで子供の様にはしゃぐギルド長に、はははと苦笑いを返す。
ギルド長ってこんな人だったんだな……なんか、イメージ変わった。
てっきりもっと厳格で怖い人なのかとばっかり思ってたや。
魔法の威力を見せることになった俺は、ギルド長と共に冒険者用の出入り口から街の外へと繰り出す。そして原っぱにやってきた。
ここは魔物もほとんどいないので、街の外では珍しく平和な場所だ。
新米冒険者たちの練習スポットになっていたり、たまに熟練の人も習得したばかりのスキルの使い心地を試していたりする。
「もうちょっと離れてください」
「むぅ、そんなになのか?」
「はい、危ないので……」
ギルド長を怪我させるわけにはいかない。念には念を入れて、五十メートルほど離れてもらう。
予想以上に距離を離されてか分からないけど、少しもどかしそうにされても、こっちとしてもこれ以上近くに来られてはたまらない。
見たいのはきっと本気の一撃なはずだ。
なら、近くにいると巻き込んでしまう可能性が高い。
「そのくらい離れれば、大丈夫そうです」
「おお、そうかそうか! わくわくしてきたのぅ、こんな気持ちは冒険者をやっておった時以来じゃ!」
「じゃあ、空に向かって撃ちますね」
俺は前回と同じように空に向かって手の平を掲げる。
「行きますよ……ファイアーボール!」
そして、魔法を唱えた。
一回目で慣れてるし、今度は俺はそれほど驚かずにすむかな? なんて思いながら。
――この時、俺は大事なことを失念していた。
最初に放ったファイアーボールは、まだスキルを習得する前の一撃だったことを。
そして今の俺は、人外レベルの<ファイアーボールLV10>のスキル持ちであることを。
「うわ、ちょ、全然止まらない!」
手の平に生まれた火球は俺の視界を覆い尽くした。
球の直径が大きすぎて、ま、前が見えねえ……!
「さっさと飛べ! 飛べって!」
じゃないとそのうち火事が起きるから!
早く! 早く飛んで!
そんな俺の思いを知ってか知らずか、とうとう炎が青く変わったところで、ようやくファイアーボールは空へと飛び始める。
その大きさは……なんと例えればいいだろうか。
そうだな、まるで空を飛ぶ鯨くらいの大きさは、少なくとも俺にはあるように感じた。
上へ上へと向かうファイアーボールはみるみるうちに小さくなっていくが、それでも元が得た違いに大きい分、空に明らかな異質さをもたらしている。
そのままひたすらに一直線に飛んだそれは、空中の雲を跡形も残さず燃やし尽くし――そして最後に大爆発を起こして消滅した。
「うおおっ!?」
一回味わって覚悟してたはずなのに、爆発の余波に飛ばされそうになる!
一回目よりもずっとやべえぞこれ……!
初球のファイアーボールが起こしたとは思えないような轟音と衝撃が、原っぱを襲う。
俺は地べたに縋りつき、なんとか飛ばされないようにと耐え忍んだ。
「……おいおい、こりゃあいくらなんでも……」
風圧でぼさぼさになった白髪もそのままに、ギルド長がぽつりと零す。
さすがにこの事態は予想外すぎたのか、一周回って興奮が冷めてしまったようだ。
俺も自分の力を低く見積もり過ぎていたかもしれない。
いくら全力とはいっても、まさかこんな強烈な一撃がでるとは思ってもみなかったのだ。
昨日までの俺の全力と言えば、ゴブリンを一撃で倒せるかどうか程度の斬撃だった。
それがどうだ?
今の俺の全力があれば、ゴブリンが住む森ごと燃やし尽くせるんじゃないか?
……自分で想像して、なんだか怖くなってきた。
これ、本当に俺みたいな人間が持っていい力なんだろうか……?
「こんなところにいては勿体ないぞ! 王都にある魔法学院へ行ってはどうだ? あそこなら教育も充実しているし、儂も幼い頃はあそこで魔法の修練に励んだもんじゃ! どうかねレウス君?」
数秒の動作停止から復活したギルド長が目を輝かせて詰め寄って来る。
勢いが凄い。魔道具の店頭販売の才能とかありそうだ。
そんな場違いなことを思いながら、俺は首を横に振った。
「いやー、俺はそういう学校とかは、あんまり向いてない気がするといいますか……なので、申し出はありがいんですけど、やめとこうと思います」
「そ、そうか……。じゃが、冒険者は続けるんじゃろ? 続けるんじゃよな!?」
「え、ええ、まあ」
それ以外に食べていく方法知らないし。
親も三年前に死んじゃったし、自分一人で生きていかなきゃだからな。
おお、俺の返答を聞いたギルド長が髭を触りながら満足そうに頷いている。
こんな風に俺の一挙一動を注視されることなんて初めてだから、なんかムズ痒いな。
「ならばよい! 眠らせておくには勿体ない才能じゃ。君が望めば、おそらく人間の領地の四分の一程度なら支配できるんじゃないか?」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ!」
「なんじゃ、意外と小心者じゃのう? そこは『四分の一じゃ足りません。全部支配します』くらい言ってくれるものかと」
「一応言っときますけど、俺独裁者は目指してませんからね!? やってるの冒険者ですからね!?」
「ホッホッホッ、悪い悪い」
はぁ、まったく……。
こんなこと思っていることがギルド員の人にバレたらこっぴどく怒られそうだけど……なんというか、憎めない爺さんだ。
「……まあでも、行ってみたかった場所はあるんですよね。力が付いたらいつかチャレンジしてみたい場所というか、憧れというか、そんな場所は」
気付くと、自然と俺の口は動いていた。
あれ? 今まで誰にも言ったことがなかったのに……!
慌ててバッと口を押さえるが、もう遅い。
ほら、ギルド長が興味深そうに俺を見てる。
「ふむ……? 君が憧れる場所か、どこじゃ? 儂に教えてはくれんかのう?」
白髪の眉を片方上げ、問うてくる。
年寄りの包容力というか、器の大きさというか……ギルド長の表情から、そんなものを俺は感じた。
この人になら、言ってもいいかもしれない。俺の目標を。
「人類の領地を広げるべく、不退転の覚悟で戦う冒険者たちが集まる街――『エルラド』です」
エルラド――冒険者なら誰でも一度は聞いたことのある街の名前。
人類は今、大陸の半分を領地としている。ならば、残りの半分は誰のものか。魔族の物だ。
エルラドは人類と魔族の領地の境目に位置している街で、そこではAランクやSランクの冒険者が日夜魔族と激しい争いを繰り広げている。
その街で、いつか自分の力を試してみたい。それが冒険者になった時からの俺の夢だった。
……正直、こんな形で夢が叶うチャンスが巡って来るとは思いもしなかったけど。
「ほぅ……なんじゃ君、意外と野心家ではないか。そうかそうか、すでに安らぎを手に入れた土地に興味はないと! 求めるのは戦場だけだと! そういうことじゃな!?」
「い、いえ、そこまでじゃ……」
俺はただ、冒険者の頂点みたいな人たちばかりでカッコいいなぁっていうイメージを持ってただけなんだけど……それを言っても、今のギルド長には聞こえそうにないなぁ。
「まあでも、とりあえず何日かかけて威力を調節できるようになってから考えます」
「そうじゃの、それが一番じゃ。魔物相手にあんな魔法使ったら、オーバーキルどころか種族が一つ二つ絶滅するからの。ホッホッホッ!」
「あ、あはは……」
正直、本当にそうなりそうであんまり笑えねえ……。