29話 四人で訓練
それから数時間後。
再びEランクの平原に戻ってきた俺とマニュ。
でも今回は俺たちだけじゃなく。
「腕が鳴るわね!」
「ミラッサさん、お手柔らかにお願いしますよ?」
「わかってるわかってる」
Bランクのガチ装備を持ってきてやる気満々のミラッサさんも一緒だ。
俺の時にも思ったけど、どうやらミラッサさんは指導者気質のようで、マニュに指導できるとなった途端にテンション急上昇だった。
あ、ミラッサさんだけじゃなくて、もう一人。
「なんで俺まで……」
リヤカーによっかかって面倒くさそうにしてるリキュウも手伝ってくれることになった。
ぶっちゃけリキュウの方は手伝ってくれないかもと思っていたが、良い意味で予想外だったというか。
まあ、根は良いヤツだからね。
「お二人とも、私のためにご迷惑かけてすみません」
「ああん!?」
「ひぃ……!」
野犬のような唸り声をあげるリキュウを怖がるマニュ。
そんなマニュを睨みつけながら、リキュウは言う。
「いいか? そんなかしこまる必要なんてねーんだ。利用できるもんは何でも利用するくらいの気持ちでやれ。じゃねえと上にはいけねえぞ」
「キュウリさん……!」
「リキュウな。感動しながら間違えんな。……お前意外と太い神経してるじゃねえか、それなら大丈夫だ」
「にしても、良いこと言うじゃないリキュウ。見直したわよ」
口笛を吹くミラッサさんに、リキュウはチッと舌打ちをする。
「余計なお世話だBカップ」
その発言はまずいよリキュウ。
あ、ほら、ミラッサさんの顔がおよそ人間とは思えないような恐ろしいものに……。
その顔を見たマニュがガタガタ震えだしちゃった。
俺もちょっと足の震えが抑えられない。
「おい今胸のこと言ったか。胸のこと言ったな?」
「わ、悪かったよミラッサ。ほ、ほんの冗談じゃねーか。だから剣を下ろしてくれよ、な?」
「胸のこと言ったんだ。……リキュウ、さよならね」
「おいちょっと待て、悪かった、悪かったって! ……ぎゃああああ!」
ミラッサさんに胸の話は厳禁。これだけは何があっても覚えておこう。
リキュウのようにミンチにはなりたくないし。「ひゅー……ひゅー……」って、まだ生きてるのか。
人間の生命力ってすごいな。
平原の真ん中で向かい合うリキュウとマニュ。
最初はリキュウがマニュの実力を計ることになった。
「じゃあ、早速やっていくぞ」
「は、はい! よろしくお願いします、キュ、リ、キュ、リ……リキュウさん!」
「俺の名前そんな悩む? めちゃくちゃ覚えやすいと思うんだが?」
そんな風にふざけているのもそこまでで、訓練に入れば二人とも一気に真面目なムードになった。
俺とミラッサさんは、そんな二人の訓練をジッと見つめる。
「結構動けてるわね。レウスくんと組んだときもあんな感じだったの?」
「そうですね。ただ……」
目の前のマニュが、同じくらいの実力で手加減しているリキュウの武器を打ち払った。
あとはリキュウの首元にでも寸止めすればマニュの勝ちだ。
しかし、その一撃が中々繰りだせない。
そうこうしているうちに、リキュウは再び武器を拾ってしまう。
「おいおい、今のが実戦だったらお前はすげえチャンスを逃したことになるぜ」
「も、もう一度お願いします!」
そして再び組手が始まった。
「なるほど……自分の一撃で相手を傷つけるのにまだ恐怖が勝ってるのね」
ミラッサさんほどの冒険者になると、今の一連の動きでマニュの気持ちがわかっちゃうもんなのか。
俺はコクリと頷いた。ミラッサさんの言う通りだからだ。
「ゴブリンとかのモンスターを相対した時も、攻撃するのに躊躇っちゃうみたいで」
「まあでも、それは始めは誰にでもあることだから。この調子で特訓していれば、数日中には治ると思うわ」
「本当ですか!? よかったぁ~」
思わず歓喜の声が出る。
俺自身にはあんまりそういう躊躇っちゃう経験ってなかったから、実は治るかどうか結構不安だったんだよね。
俺の場合は生活に必死でそんなこと考えてる暇なかったのが逆によかったんだと思うけど、マニュの場合生活に困窮してる訳じゃないしな。
そんな風にひとしきり喜んでいると、横からミラッサさんの生暖かい視線がそそがれているのに気が付いた。
なんですかその視線、まるで世話焼きのおばちゃんみたいな。
「マニュちゃんとパーティー組むことにしたんだって?」
「あ、はい。マニュが組んでくれればですけど」
「良いと思う。あの子、強いとは思わなかったけど、冒険者として何か別の才能は感じたしね」
確信はないまでも、マニュに才能があることを見抜いていたらしい。
俺はステータスを見るまで気づけなかったのに……。
そういえばミラッサさんって<直感LV5>のスキル持ちだっけ? その影響もあるのかな。
「へぇー……さすがですねミラッサさん」
「褒めてもないも出ないわよ? ……っと、そろそろ交代ね。リキュウー! あたしと代わって!」
「へいへい。あー疲れた」
走ってマニュの方に向かうミラッサさんとすれ違いながら、リキュウが肩を回してこちらにやってくる。
「レウス、飲み物用意してくれー」
「わかったよ」
「サンキューな」
マニュのために働いてくれているわけだし、そのくらいの雑用ならやってやろうじゃないか。
なにせ、俺は実力不足でマニュの相手はできないからな。
ファイアーボールを使えばマニュには勝てるけど、マニュを黒こげにしちゃ意味ないどころかただのクソ野郎だし。
リキュウに飲み物を手渡した俺は、今度はリキュウと共にマニュとミラッサさんの訓練を観察する。
「ミラッサのヤツ、相変わらず動きが身軽だな」
「やっぱ身体が引き締まってるからじゃない?」
……って、うわわ!
や、ヤバい、そんなこと言ったせいであの時のミラッサさんの下着姿が急に脳裏に甦ってきちゃった!
消えろ! 消えろって!
「……何ブンブン手振ってんだ?」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
「ふーん、じゃあいいけどよ」
リキュウは興味なさげに言うと、視線を再び二人の方へと移す。
ありがたい、今の俺は多分顔真っ赤だからな。できるだけこっちは向かないでくれ。
「身体も引き締まってるけど、やっぱり胸に余計な脂肪が無いのが大きいんじゃ――ぎゃっ!?」
うわぁ、リキュウの頭に剣が! 剣が刺さった!
「あら、ごめんなさいねリキュウ。ちょっと手がすっぽ抜けたわ」
「じ、地獄耳が……!」
……二人とも、なんだかんだ楽しんでないか?
そのうち日も暮れたところで、今日の訓練はお開きとなった。
俺たち四人は平原からニアンの街への帰り道を並んで歩く。
「マニュちゃんは夢とかあるの?」
世間話の一環としてそんな風に問われると、マニュはギュッと小さな掌を握りしめる。
「……わたし、強くなってエルラドに行ってみたいんです。今のままじゃ無理ですけど、いつか必ず」
……んん!?
エルラドに行ってみたいって!? それ、俺と同じ夢じゃないか!
「マニュ、俺も一緒だよ」
「へ? 本当ですか!?」
大きく目を開けて驚くマニュ。
無理もない、だって俺も驚いてるもん。
そっか、まさか同じ夢を持ってたなんて気づかなかったなぁ。
「あたしも一緒よ。まあ、冒険者の夢って言ったら自然とそうなるのかしらね」
そうだ、そう言えばミラッサさんもエルラドに行きたいんだよな。
そうなると、四人中三人がエルラドに行くのが夢ってことになるのか。
「リキュウはどうなんだ?」
そうなると当然残りの一人、リキュウの夢が気になるよな。
頬を掻いたりなんてして恥ずかしそうにしてるってことは、もしかして。
「……俺もだよ」
やっぱり。
どうやら四人ともがエルラドに行くのが夢だったみたいだ。
いくら冒険者の多くが夢見ることだと言ったって、四人全員ってのは中々の偶然だろう。
なんかテンション上がって来るな!
「リキュウさんもなんですか。なんか意外ですね。あ、悪い意味じゃなくって」
「なんだよ!? 俺がエルラド目指したら悪いのか!?」
「誰も悪いなんて言ってないじゃない。夢があっていいと思うわよ?」
「お、おう。ならいいんだよ」
照れるリキュウは新鮮だな。
この特訓で、また仲間の新たな面を発見することができた。
俺たちの結束が深まる結果になればいいな。




