28話 マニュの課題
「いきます……!」
気負ったままの声で、マニュは少しずつゴブリンへの接近を開始する。
ゴブリンはEランクの中だと戦闘能力は高い方に分類される。
何と言っても道具を使うしな。
あの木でできた棍棒。
あれを持っているゴブリンは持っていないゴブリン三匹分の戦闘力があるとかないとか。
これだけガチガチのマニュにとっては、厳しい相手かもしれない。
こんな偉そうなことを言っている俺も、ファイアーボール習得前だったら勝てたかは怪しいくらいだ。
まあ、逃げるだけなら問題なく出来たと思うけど。
勝てない時でも最悪逃げられれば生き延びることはできるからね。
逃げ足の速さは冒険者には必要不可欠!
「……ゴブ?」
「っ!」
あ、気づかれた!
惜しいっ。あと少しで完全に背後をとれるところだったのに!
「ギャギャギャギャギャッッ!」
数度飛び跳ねてから、両腕を大きく広げて身体を大きく見せながら威嚇する。
ゴブリンが敵を見つけたときにお決まりのパターンだ。
この隙に攻撃を叩き込めれば、純粋な戦闘能力で負けていても討伐することは可能なはず!
「た、倒さなきゃ……!」
そう、そうだよマニュ! 頑張れ!
マニュはお腹の前で短刀を両手でギュッと握りしめると、そのままゴブリンへと突撃する。
しかしその逡巡の隙にゴブリンは威嚇行動を終えており、マニュの突きを軽快な動きで交わした。
「わわっ!?」
当たると思っていた攻撃が避けられ、マニュがバランスを崩す。
丈の短い草の上に倒れ込んだマニュの肌には、チクチクと草が刺さっていることだろう。
だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
ゴブリンがそんな巨大な隙を見逃してくれるわけがないのだ。
「ギャギャアアギャアア!」
「ひっ……!」
倒れ込んだマニュの上に馬乗りになるゴブリン。
その下のマニュは怯えて目が潤んでしまっている。
……これは、ここまでかな。
「せいっ!」
俺は腰に差していた剣を抜いてゴブリンに一撃を放った。
さすがにマニュとゴブリンが密着した状態じゃ、ファイアーボールを撃つのは危険すぎるからな。
でも、この剣術だって三年間研鑽を積み重ねた俺の宝だ。お前なんて、これで充分なんだよ!
「やあっ! せいっ!」
「ギャギャッ!?」
数度の斬り合いの末、なんとかゴブリンを倒すことに成功した。
ミラッサさんと一緒にBランクの狩場に立ち入っていたおかげで、ゴブリンに恐怖心を感じずに済んだのが勝因だったな。
前までの俺だったらもっと余計な動きを多くしていたはずだ。
……と、そんな分析は今は置いておこう。
今日の主役は俺じゃなくてマニュだ。
「す、すみませんレウスさん、迷惑かけてしまいました……」
立ち上がったマニュは申し訳なさそうに頭をぺこぺこと勢いよく下げてくる。
「人型の魔物を相手にすると、どうしてもためらいがでてしまって……私、やっぱり冒険者には向いてないんでしょうか……」
そんなに暗い表情しなくても、そういう悩みは冒険者には多い。
魔物を斬っているはずなのに、どうしても人間を斬っているような気分になってしまうという悩みは。
でもそうか、だからスライムの時は良い感じだったのに、ゴブリンを相手にした途端あんなに動きが硬くなっちゃったんだな。
「なるほどね。じゃあマニュは、人型の魔物相手に力を出すのに抵抗があるってことだよね?」
「そうですね。全力を出せれば多分、今のゴブリンにもなんとか勝てたと思うんですけど……」
たしかに、スライムを相手にする時のような動きが出来ていれば、ゴブリンに勝てた可能性も十分ある。
なにせこんな俺でもファイアーボールなしで倒せてるからね……って、自分で言ってて悲しくなるから止め止め。
「マニュって対人戦とかやったことある?」
「た、対人戦ですか? ないです」
やっぱりね。ならまだ希望はある。
『本物の人間と戦いを繰り返すことで、人と魔物の違いが良く見えてきて、人型の魔物でも気にせず相手をできるようになることも多い』……って、雑誌で読んだ気がする。
強くなるためにと冒険者関係の雑誌は手当たり次第に読んでたんだけど、それがこんなところで役に立つとは。人生って分からないものだ。
「よし、じゃあ対人戦をやってみよう」
俺はそう言って、マニュに雑誌で読んだ内容を説明した。
マニュはコクコクと頷きながら真剣に聞いていた。
気持ちは分かるよマニュ。他でもない自分のことだし、現状を打破したいと誰より考えてるのはマニュ自身だろうしね。
「わかりました。じゃあ、レウスさんと戦うってことですよね?」
「うーん……」
「え、違うんですか?」
違うというか、それは難しいというか……。
カッコ悪くてあんまり言いたくないけど、言うしかないよね
「最初はそうしようかとも思ったんだけど……どうもマニュって、ファイアーボールなしの俺より強いっぽいんだよね。だから、俺相手じゃ訓練にならないと思う」
年下の女の子に負けるのは悲しいけど、冒険者は実力社会だ。受け入れるしかない。
ま、まあ俺にはファイアーボールがあるから、完全に負けてはいないはず!
だから気にしないことにしよう、うん!
「え、ええ!? そ、そんなことないですよ! だって私が倒せなかったゴブリンだって、レウスさんあっという間に倒しちゃったじゃないですか!」
「逆に言えば、マニュも全力が出せたらあのゴブリンくらいは倒せるってことだよ。多分Dランクでもおかしくないくらいの戦闘能力はあるんじゃないかな」
俺の見立てでは、EランクとDランクの丁度境目くらいの実力はあると思う。
あとはその実力が発揮さえできれば、全部解決だ。
「わ、私が、Dランクレベル……?」
「うん。実力が出せればね」
驚くのも仕方ない。自分の実力って自分が一番計れないものらしいしね。
俺もファイアーボールを手に入れてから自分の強さがどのくらいなのかさっぱり分からなくなっちゃったから、気持ちは痛いほどよくわかるよ。
「よし。じゃあ午前中の特訓は切り上げて、午後の訓練の前に助っ人に協力を求めに行こう」
「助っ人……ですか?」
あ、その顔は誰か気になってるって顔だな?
首をこてんとかしげて、可愛いぞマニュ!
といっても俺と交流のある人なんて限られてるから、考えればすぐに答えは出ちゃうと思うけどね。
「うん。あの二人なら多分協力してくれると思う」
俺はそう答えて、マニュと共にEランクの狩場を一旦後にするのだった。




