25話 横槍ファイアーボール
「で、出ました、魔物です!」
マニュの声に釣られてそちらを向くと、そこにいたのはハチミツベアーだった。
よりによってこの狩場で一番戦闘力の高い魔物じゃないか。
「おお、そうか。よし、じゃあお前は囮になれ、その隙に俺たちがぶちのめす!」
「は、はいっ!」
そう言ってケビンたちがハチミツベアーの後ろに回り込んでいく。
ハチミツベアーは……どうやら真正面のマニュに気をとられているようだ。
ケビンたちを気にするそぶりも見せない。
「最終的には死んでもいいからなるべく長い間逃げ回れ! 俺たちが倒す時間を稼げよ!」
「うぅ……はい」
マニュはくるりと反転し、リヤカーを引きながら懸命に走りだす。
ハチミツベアーもそれを追う。
それを好機と見たケビンたち三人が、各々の武器を振りかぶりハチミツベアーを斬りつけた。
でも駄目だ、そんなレベルの攻撃じゃ――
「なっ……!?」
――ハチミツベアーには通用しない。
アイツにダメージを負わせたいなら最低でもせめてスキルLV5くらいじゃないと。
<剣術LV3>なんて、ハチミツベアーにとっては稚児の駄々と同等の効果しかない。
すなわち、ヘイト溜めと同じくらいの効果しか。
「グルル……?」
背後からの攻撃に気付いたハチミツベアーがケビンたちの方を振り返る。
ふしゅぅぅ、と荒く息を吐くハチミツベアーに、取り巻きの二人は剣を手放しその場に腰を落としてしまった。
完璧に戦意喪失してしまっている。
かろうじて剣を持ったままのケビンは呆けた顔で呟く。
「ど、どうなってんだ!? Bランクの魔物ってこんな強えのか!?」
お前らマジかよ、下調べもしてないのか……!?
「おい、ちょっ、待て! 止めろ!」
いくら人の言葉で制止を願っても無理だ。
人間の言葉は通じない。相手は魔物なんだから。
ハチミツベアーが長い前脚を振り回す。
遠心力を利用して破壊力を上げた攻撃だ。
「グラアアアッッッ!」
「がふ……っ!」
「ぐあっ……!」
「ごふ……っ!」
ケビンたち三人はハチミツベアーの前脚を喰らって吹き飛んだ。
かわいそうだけど、ちょっとざまあみろだな。
マニュに酷いことするからそうなるんだ。
……って、マズイ、マニュが!
「はぁ、はぁ……」
ケビンたちに攻撃してる隙に一旦逃げ切ったはずなのに、なんでまた戻って……もしかして、ケビンたちを助けるためにか!?
人が良すぎるぞマニュ! あんなヤツラなんてほっとけばいいのに!
「グラアアアアアアアアッッッ!」
マニュに気づいたハチミツベアーが唸りを上げる。
見ているだけの俺でさえ鳥肌が立ってしまうような声だ、こんなものを真正面から受けたら……ああ、やっぱり。マニュの脚から力が抜けてしまった。
「し、死にたくないよぉ……っ」
涙でぐちゃぐちゃの顔で呟く声が痛々しい。
ぺたんと尻餅をつき、ゆっくりと後ずさるマニュ。
しかし、背後のリヤカーがそれを許さない。
マニュとハチミツベアーとの距離がどんどんと詰まっていく。
そして、とうとうハチミツベアーがマニュに手をかけようとしたその時。
「グラアアアアッッッ!」
「ファイアーボールッ!」
俺が放ったファイアーボールが、ハチミツベアーの鼻先に直撃した。
よしっ、なんとか直撃させられた!
ミラッサさんのサポートなしだと不安だからギリギリまで引きつけざるを得なかったんだけど、とりあえずオッケー!
「マニュ、大丈夫!?」
すかさず駆け寄る。
怪我は……うん、ないみたいだ。
よかった、一安心……って、今はそんな場合じゃないか。
当てることに意識を割きすぎたおかげで、威力が足りてなかった。
ハチミツベアーはまだ生きてる。
「え……? れ、レウスさん!? ど、どうしてここに!?」
「助けに来たんだ。細かい話はあとで!」
マニュのことも心配だけど、まずは後顧の憂いを絶つ。
ハチミツベアーを倒しきらなきゃ!
「グラアアアッ! グラアアッッ!」
鼻先を両手で押さえてのた打ち回っているハチミツベアー。
痛みがある程度収まってしまえば、今度はすごい怒りでこちらに攻撃を仕掛けてくるはず。
その前にカタをつける。
「ファイアーボールッ!」
唱えたファイアーボールは、重傷のハチミツベアーの鼻先をもう一度直撃した。
ハチミツベアーが声にならない声を上げながら絶命する。
よし、後は――
「マニュ、速いとこ逃げよう。今のでわかったでしょ? ここは危険だ」
「あ、でも、あの人たちを助けないと……」
あの人たちって……もしかしなくても、そこに転がってる三人のことだよね?
たしかに死んではいないみたいだけど、あんな目に合わされて助けようなんて気持ちになるか、普通?
……いや、マニュはなるんだろうな。なら仕方ない。
「……わかった。でも手早くね! 全員リヤカーに乗せて!」
「は、はいっ!」
かなりのタイムロスになるだろうけど、コイツラを見捨てたのが原因でマニュが冒険者を辞めたがったりしてしまう可能性もある。
そんな辛い思いはしてもらいたくない。
なにより、ケビンたちのような輩のせいでマニュの人生を変えさせたくない。
だから多少時間がかかっても――
「乗せ終わりました!」
――速っ!?
たしかにいつの間にかリヤカーの上に三人乗ってる。手伝うつもりだったのに、手伝う間もなかったよ……。
さ、さすが運搬LV8は伊達じゃないなぁ……。
「よし、じゃあ逃げよう」
「わ、わかりましたっ!」
それから俺たちは一目散に出口目指して進んだ。
マニュがリヤカーを引き、俺が周囲を警戒する。
幸運なことに道中はタイスネーク一匹にしか遭遇せず、それも俺が一撃で倒し、俺たちは無事Bランクの狩場を抜けきった。
……はぁ~、死ぬかと思った。寿命が縮んだよ……。




