24話 マニュの扱い
朝の陽ざしが燦燦と降り注ぐニアンの街。
そんな中、日差しを避けるようにコソコソと隠れる男が一人。
……まあ、俺なんだけど。
怪しいとか言わないでほしい。
仕方がないことなのだ。
今日は、マニュがパーティーでどんな扱いを受けているのか、実際にこの目で確認するという重大な任務があるのだから。
そのために今日は朝から極力気配を消して、リキュウから教えてもらったマニュの宿を張り込んでいる。
……というかリキュウのヤツ、宿まで知ってるとかちょっと怖いよな。
試しに聞いてみたら俺の宿もミラッサさんの宿もスラスラ出てきたし。
アイツ絶対後ろ暗いことしてるだろ。
「っと、来たな……」
そんなくだらないことを考えていると、宿の玄関から小さな女の子が出てきた。
腰までの金髪に、丈の合っていないような長い袖を余らせた少女――まさしくマニュだ。
マニュはキョロキョロと周囲の安全を確認しながら、ちょこちょこと歩幅の小さい歩みで外を歩いていく。
って、あれ? あっちの方向は……Bランクの狩場じゃないっけ?
リキュウの話だと、ケビンはCランクの冒険者だったはず。で、あとの二人はDランクだって話だよな。
よっぽど自信があるなら別だが、基本的には自分たちにあったランクの狩場を使うのが基本なんだけど……。
じゃなきゃ何のためのランク分けだって話だし。
……いや、でも助っ人冒険者とかを雇ってるのかもしれないし、決めつけるのはまだ早いか。
と、とりあえずマニュを追おう!
というわけで、やってきたのはBランク用の狩場の入り口。
ここには俺もミラッサさんとパーティーを組んで何度かやってきたことがある。
俺にとってもある意味思い出深い狩場だ。
だけど、ここに出てくる魔物って本当に危険なのが多いからなぁ。
タイスネークやらハチミツベアーやら、普通の冒険者じゃ手も足も出ない。
今の俺でも大丈夫かどうか、正直怪しいところだ。
そんな危険な狩場に、マニュとケビンたち四人は立ち入ろうとしている。
安全を考えるとここで追跡を止めた方がいいんだけど、でもマニュのことも心配だしなぁ……。
「あ、あのっ!」
お? マニュが喋り出したぞ?
草むらに隠れて話を聞こう。
「あ? なんだよ?」
そんなぶっきらぼうな返答をしたのはケビンだ。
あとの男二人はケビンの金魚の糞みたいにケビンに付き従っている。
ランクもケビンの方が高いし、多分子分みたいな感じなんだろう。俺の住んでいた町にもそういう冒険者はいた。
「あの、や、やっぱりBランクの狩場なんて危険すぎるんじゃ、ないですか……? もし怪我とかしたら、誰もヒールとか覚えてないし、どうにもなりませんよ……?」
マニュがケビンにそう進言する。
ちょっとおどおどしているけど、ちゃんと意見を言えることは立派だ。
「ああん?」
だけど、ケビンはそんなマニュの忠告に対して煩わしさしか感じなかったらしい。
ケビンは額に青筋を浮き立たせ、顎を突き出して上からマニュにガンつける。
「お前、俺たちがここの魔物程度に負けるって言ってんのか?」
「ひぃっ! ご、ごめんなさいっ!」
「二度と舐めた口きくんじゃねえぞ、Eランクが! てめは荷物運びなんだから、黙ってついてくりゃいいんだよ!」
「は、はい……」
肩を震わせながら首を縦に振るマニュ。どうやら押し切られてしまったようだ。
そして、パーティーはそのままBランク用の狩場へと入っていく。
……ああクソ、こんなの付いて行くしかないじゃないか! このままじゃ心配で他のこと手に着かないよ!
一人でBランクの狩場に入るのは俺にとっても危険だし、気は全く進まないけど、放っておくのもできない。
俺は四人の後ろから、気づかないように後をつけて狩場へと足を踏み入れた。
そして、狩場。
……そう、ここは狩場なはずだ。狩場なはずなんだ。なのに……。
「どうなってんだよ、あり得ないぞ……!?」
思わず小さく声に出してしまう。
彼らに聞こえてしまうかもとか、そんなことが考えられないくらいに衝撃的な光景が目の前に広がっていた。
リヤカーを引いているマニュが、あろうことかパーティーの先頭にいるのだ。
こんなことは普通じゃあり得ない。普通じゃなくてもあり得ない。
リヤカーを引く人間、いわゆる荷物持ちの担当はリヤカーの分動きも遅くなるし、周囲への警戒もしづらくなるし、もちろん戦闘能力も落ちる。
そんな人間を先頭にすることに、メリットなんてあるはずがないんだ。なのになんで……。
「あ、あの、なんで私が一番前なんでしょうか……」
どうやらさすがにこれは毎度のことではなかったようで、マニュがケビンに問いかける。
恐る恐るといった様子のマニュに、ケビンは鼻を鳴らして答えた。
「そりゃ、囮役だからに決まってんだろ。さすがにBランクの狩場は一筋縄じゃいかなそうだからな」
なんだそれ……なんだよそれ……っ!
荷物持ちの人間を囮役にするなんて、マニュのことを少しでも考えていたらそんなことはできないはずだぞ……!?
マニュ、言い返した方がいい! じゃないとお前、殺されちゃうぞ!?
「なんだ、もしかして不満でもあんのかぁ?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「そうだよな。お前は戦闘じゃ何の役にも立たねえんだから、これくらいしてもらわねえと困っちまう。……おい、進むのが遅え!」
ケビンがマニュのリヤカーを後ろから蹴る。
リヤカー越しに伝わった振動に、マニュは「ひゃっ!?」とバランスを崩した。
なんとか持ち直すと、言われた通りに進行速度を速める。
「す、すみませんっ!」
「このクソのろまが。これだからEランクってヤツは嫌なんだよ、使えねえ」
「うぅ……ぐすっ……」
泣き始めてしまったマニュを見て、イラついたように舌打ちをする男たち三人。
……なにあれ。マジでぶん殴りたいんだけど。
一連の会話をずっと後ろで聞いてて、途中で我慢できなくなって殴りかかってしまうところだった。
この握りしめた拳はどこに振るえばいいんだろう。マジで殴りたい。本気で。
俺もずっとEランクだったからかもしれないけど、Eランクだからって馬鹿にしてる人を見ると本当にイラつく。
大体ケビン、お前偉そうに言ってるけどお前のステータスはどうなんだよ!
鑑定で確認させてもらうぞ。
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ケビン・カルニコフ
【性別】男
【年齢】25歳
【ランク】C
【スキル】<剣術LV3><威圧LV3>
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……弱い。いや、弱すぎる。
CランクというよりもDランクの平均って感じだ。
しかも、取り巻きの二人はこれよりさらに弱い。
マニュはこんなヤツラなんかよりずっとすげえスキル持ってるっていうのに、良いように言われてるのか……。
……やっぱりもう一度、俺とパーティーを組むこと考えてくれないかな。
俺ならこんなヤツラみたいな酷い真似は絶対しないのに。
マニュを泣かせたりなんてしないのに。
「……あっ」
と、そこで不意にマニュが声を出した。
「ん? なんだ?」
「で、出ました、魔物です!」
マニュの指差す先、そこには茶色い巨体でハチミツを探しうろつき続ける魔物――ハチミツベアーが立っていた。




