2話 0000じゃなくて、10000でした
ゴブリンの素材が入ったリヤカーを引き、走って街に帰ってくる。
街の入り口には『一般人用』と『冒険者用』の二つがある。
冒険者用の方に迷わず進む。冒険者用の通路は地下道だが、壁に備え付けてある灯りがあるので視界は良好だ。
何で分かれているかというと、外から持ち帰った素材の匂いを街中に漏らさないためと、グロテスクな素材を一般人に見せないためだ。そういうのが駄目な人もいるからね。
そして走ること数分、俺はついに冒険者ギルドへと戻ってきた。
ふらふらとカウンターの方へと歩く。
「お疲れ様です。素材の買い取りですか?」
ニコリと仕事上の笑みを浮かべてくる女性のギルド員。
いつもならその通りで間違いないんだけど、今回は違うんだよね。
まだ頭が整理できてないんだけど、とにかく大変なことが起きたんだ。
でも、どう切り出したらいいか……。
とりあえずゴブリンの素材を渡して、その間に考えることにしよう。
「お願いします」と言ってリヤカーの中の素材を女性に渡す。
女性は叫び声を上げることもなく、滞りのない動きでそれを受け取った。
相変わらずギルド員ってすごいな、流れるように料金を査定していくよ。
って、そんなこと考えてる場合じゃなくて!
「えっと、すみません。潜在魔力が0でも魔法スキルって覚えられるんですかね? 例えばファイアーボールとか」
とりあえず、話を切り出してみる。
話の入り口としては悪くないところだろう。
まあ、答えは大体わかってるけど……ほら、やっぱり首を横に振った。
「いえ、それはあり得ません。潜在魔力が一桁の方が魔法を習得できる確率は、天文学的数値となっています。簡単に言いますと、百万冊ほどの魔導書を片っ端から試してみても、習得できる確率は万に一つといったところです。……なので、お気の毒ですが0では絶対に無理かと。でも、気を落とさないでくださいね。レウスさんにはレウスさんの長所が必ずあるはずですからっ」
ん? なんか、対応が変だぞ?
いつもに比べて変に優しいというか、温かいというか。
……あ、俺が切羽詰まって魔法を使いたくなったと思ってるのか。
俺がうだつのあがらない状態なのはギルド内では周知の事実だし、だからこんな気の毒そうな目で見られるわけだな。なるほど、納得。
でも違うんです。俺は可哀想な子じゃないんですって。
「じゃあ、これってどういうことなんでしょうか?」
この分だと言っても信じてもらえなさそうなので、実際にステータスを見せてみる。
自分だけが見れる設定なのを、他人にも見れるように変更して……と。
「ほら、この<ファイアーボールLV10>ってやつ」
そして【スキル】の欄にしっかりと記された<ファイアーボールLV10>を指で指し示す。
おお、目が真ん丸になったぞ!?
「なっ、れ、LV10っ!? ……し、しかも【潜在魔力】0で!? しょ、少々お待ちくださいっ! いま上の者を呼んでまいりますっ!」
ギルド員の女性は椅子に足をぶつけながら、慌てて裏方に引っ込んでしまった。
そのあまりの慌てっぷりに、なんだかこっちは逆に冷静になってきたな。
他人が焦ってるところを見ると逆に冷静になるってやつかな?
それにしても……やっぱりおかしいみたいだ。
一体俺に何が起こっているのだろうか。不安だ……。
「すまない、待たせたね」
しばらくして出てきたのは、ギルド長だった。
え、上の者ってギルド長かよ!? 不意打ち過ぎる!
どうしよう、直接話すの初めてだぞ!?
「ああ、緊張はしなくていい。それよりも、詳しく話が聞きたいからの。奥へ来てくれんか?」
ギルド長の登場で俄かにざわつき始めたギルド内を察してか、ギルド長が言う。
こりゃ、断るって選択肢はないな。というか俺如きがギルド長の誘いを断れるわけがない。
すぐにコクコクと頷き、白いローブを着たギルド長の後に続いて奥へと進んだ。
「すまんね、まずはステータスを儂にも見せてくれるかな」
「あ、はい」
意外とフランクに接してくれるんだな……。
コツコツと廊下を歩きながら、並んで歩くギルド長の顔を覗きこむ。
俺のステータスを見たギルド長は「うぅむ」と小さく唸り、白いあごひげを労わるように優しく撫でた。
「本当にLV10じゃな。しかも【潜在魔力】0で……何がどうなっておるのか」
「ギルド長でもわからないんですか?」
「うむ。儂にも分からないことはあるぞ、レウス君」
「え、俺の名前、知って……!?」
まさかギルド長に名前が知られているなんて思ってもみなかった。
驚く俺に、ギルド長はホッホッホッ、と年寄りらしく笑う。
「知っておるよ。残念ながらあまり成果は残せておらんようだったが、それでも君のギルドでの態度は皆の手本にしたいくらいに素晴らしいものじゃったからな」
「あ、ありがとうございます……」
やばい、なんだこれ、凄い嬉しい。
ギルド長が俺のことを認めてくれるなんて。褒めてくれるなんて。
成果は残せていないっていう部分だけ削除して、記憶の中に大切に保存しておこう。
今回のことは、心のメモリーに良い思い出として残しておきたい。
「となると、まずはここじゃな」
そう言って案内されたのは、冒険者登録をした際に一度だけ訪れた場所だった。
たしかここで【スキル】とか【潜在魔力】とかを計ったはずだ。
「機械の不具合かもしれぬからの。というかむしろ、潜在魔力が0でファイアーボールLV10など、機械の不具合としか考えられん。手間をかけて悪いが、もう一度ステータス検査を受け直してくれんか?」
「は、はい」
言われるがまま、何個かの魔道具に触れて、ステータス検査を受け直す。
よし、これで俺のステータスは最新の状態に更新され直したはずだ。
もしあれがなんらかのバグであったなら、これで直っているはず……!
「ステータス、オープン……!」
◇――――――――――――――――――――――◇
レウス・アルガルフォン
【性別】男
【年齢】15歳
【ランク】E
【潜在魔力】0000
【スキル】<剣術LV2><解体LV2><運搬LV2><ファイアーボールLV10>
◇――――――――――――――――――――――◇
「……変わらんな」
「はい、変わってないみたいですね……」
そこには先ほどと何も変わらないステータスが表示されていた。
変わったところと言えば、NEWの文字が消えたことくらいだ。
「ふむ……では、これを試してみてはくれんか」
? なんだろうこれ?
白くて丸い珠みたいな……潜在魔力を計ったときの魔道具に似てるけど、でもそれよりも一回り大きいぞ?
「それは王都で作られた特別性の魔道具でな。小数点以下の【潜在魔力】まで読み取れるという、まあ言ってしまえば使い道のほとんどないものなのじゃ。『いつか使い道が出来るかもしれぬ』と儂が1億イェンで買い取ったのじゃが、今が使い時かと思うてな。これなら普通の検査よりも信憑性は高い。何か新たなことがわかるかもしれぬ」
なるほど……たしかにそうだ。
ここで不自然な点が残ったままだとギルドの信用問題になるからかもしれないけど、わざわざ俺一人のために時間を割いた上に、こんな特別な装置まで使わせてくれるのか。懐でかいなギルド長。
使い方は普通の潜在魔力の測定装置と変わらないらしいので、同じように珠に掌を置いてみる。
すると数秒後、掌の上に重なるようにして、測定結果が表示された。
◇――――――――――――――――――――――◇
【潜在魔力】10000.0
◇――――――――――――――――――――――◇
最後の0は小数点以下の位だから、えっと……一、十、百、千、万……10000。
……え、一万!?
「ぎ、ギルド長、これって……?」
「ご、五桁ぁ!? な、なんじゃこれ、初めて見たぞ! どうなっとるんじゃこれ!?」
あわわわ、ギルド長が俺以上に驚いてるよ!
なんか大変なことになってきたぞ……!?