19話 結局驚いてるじゃん
ギルドに着いた俺たちは、受付嬢から素材の代金を受け取る。
「こちら、代金の3000万イェンになります」
「お、おお……!」
見たこともない大金……! め、目がくらむ……!
目の前の札束が威圧感でも放っているみたいに俺は目を細めてしまう。
二人で分けても1500万ずつ。とんでもない額だ。
よくそんな平然とした顔で渡せますね、ギルドの受付の人。
俺だったら絶対に欲に目がくらんで変な顔しちゃうと思うけど、本職の人は流石だ。
「さすがにこれだけの額を生で見るのはあたしも初めてね……」
さしものミラッサさんもさすがに驚いた様子だ。
喉が生唾を呑みこんでごくりと動いている。
「と、とられないようにしましょうね」
「そ、そうね。そうしましょ」
なるべく自然に、お金を持ってると思われないように歩こう。
「レウスくん、手と足が同時に動いてるわよ」
「あっ。……でも、ミラッサさんもなってます」
「え、嘘? ……ほんとだ」
自然な動作を意識しすぎて逆に不自然になりつつも、どうにか何事も起きずにギルドを後にすることができた。
「さて……レウスくんはこのお金で魔導書を買うのよね?」
「はい。『鑑定』と『ヒール』の魔導書を買おうと思ってます」
最初は鑑定の魔導書を買って、次はヒールの魔導書を買う。
そんな想定をしていたんだけど、今回の臨時報酬が多すぎて一気に両方買うことが出来そうだ。
予定外の幸運に感謝しなきゃな。
「ねえ、それあたしも付いていってもいいかな?」
「え、いいですけど……別に面白いこともないですよ?」
「何言ってるの、興味深々よ。レウスくんの話が本当なら、ファイアーボールは一回発動しただけでLV10まで上がったんでしょ? そんな光景今まで見たことないし、これからも絶対見れないと思うもの。せめて一度だけでも見ておきたいわ」
ああそっか。たしかに普通はスキルレベルって何十年もかけて鍛えながらゆっくり上がっていくものだもんな。
そんな中俺は一回魔法を使うだけでLV10まで上がるんだから、ミラッサさんが俺が魔法の習得をするところを見たいって言うのも不思議じゃない。
「でも、あの現象がまた起きるとは限りませんよ? 今度は普通にLV1で止まるかも……」
「その時はその時よ。さ、行きましょ?」
……まあ、ミラッサさんがガッカリしないならそれでいいか。
俺はミラッサさんに手を引かれ、魔導書店へと歩き出した。
「買っちゃった……」
数分後。
俺の手の中には、『鑑定』と『ヒール』の二冊の魔導書が握られていた。
占めてお値段1500万イェン。
高いなんてもんじゃない。手が震えてくるような値段だ。
「一回で1500万イェンって、改めて考えると凄い買い物よねぇ。こんな額の先行投資してるDランクなんてきっとレウスくんくらいよ?」
ミラッサさんが震える俺を見ながら言う。
え、でも……。
「Dランクくらいの人でも『鑑定』とか『ヒール』とかのスキル持っている人いますよね? ああいう人たちも俺と同じように魔導書店で買ってるんじゃ……?」
てっきりそうだと思ってたんだけど、違うのか……?
「え? いや、冒険者が持ってるスキルの大半は自然に獲得したスキルよ? レウスくんだって、『運搬』とか『解体』とかのスキルはいつの間にか持ってたでしょ? そういうのとまったく同じように、自分に向いているスキルは勝手に覚えてるもんなのよ」
「そ、そうなんですか……」
驚愕の事実だ。
まさか、魔法のスキルも自然に覚えられるものだったなんて。ずっと魔導書店で買わなきゃ手に入らないものだと思い込んでた。
ファイアーボールを覚えるまでずっと潜在魔力を0だと思ってたし、碌に調べもしなかったからなぁ。
でも、ってことは俺にはどの魔法も本来は向いてないってことか。
今まで勝手に覚えた魔法なんて一つもないもんな。
潜在魔力の大きさとスキルを身に着ける才能は全く別物みたいだ。
まあ潜在魔力が10000あるから魔導書を読めば確実に魔法を覚えられるのだけは有難いけど、なんか凹むなぁ……。
「……ハァ……」
「ま、まあそんなことどうでもいいわね! ほら、魔導書読んで見ましょ! ね?」
「そ、そうですね。落ち込んでても仕方ないですもんね」
こんな風に背中までさすってもらって、まだ落ち込んでたら男が廃る。
勝手に覚えることは出来なくても、魔導書を買えば覚えられるなら結果は同じじゃないか。
そうだ、そう思う。かかるお金の違いには今は目をつぶろう!
ここは気を取り直して、鑑定とヒールの魔導書をパパッと呼んじゃうのが一番だ。
二つの魔導書を一気に読み進めていく。
ファイアーボールの時もそうだったが、内容的には特に難しいこともなくすらすらと読むことができた。
「読み終えました」
「じゃあ、次は実際に使ってみるのよね?」
「はい。それで、相談なんですけど……ミラッサさんに魔法をかけてもいいですか?」
勇気を出してそう言うと、ミラッサさんは意外そうに目を丸くしながら自分を指差した。
「へ、あたしに? ……あ、そっか。鑑定もヒールも、かける相手が必要だもんね」
ミラッサさんの言う通りだ。
正確に言うとヒールは自分にもかけられるけど、今俺は怪我してない。
でもミラッサさんは……。
「そこの肩のところ、軽く火傷してますよね。俺に隠してたみたいだけど、気づきました」
ミラッサさんの肩は、時間が経つにつれ明らかに赤くなっていた。
間違いなく俺のファイアーボールのせいでついた火傷だ。
動くのに支障はないようだけど、見た目にはかなり痛々しい。
俺が肩に視線を送ると、ミラッサさんはへらっと軽い調子で笑った。
「あ、ばれちゃってた? いや、隠してたわけじゃないのよ? ただあたしが怪我してるってわかったら、レウスくんが気にしちゃうかなーと思って」
そんなこと考えてくれる必要もないのに。
ミラッサさんは優しすぎるよ。
「気にしますよ、当たり前じゃないですか! ミラッサさんみたいな綺麗な人に怪我させちゃったんですから!」
なんとしても俺自身の力でミラッサさんの火傷を治さなきゃ、俺は一生後悔する。
真っ直ぐにミラッサさんの目を見つめると、ミラッサさんはふいっ、と視線を横にはずした。
「あ、その、えーっと……あ、ありがと」
聞こえるか聞こえないかの声だ。
なんで顔が赤いのかはわかんないけど、やっぱり怒ってはいない。
「そういうわけで、ミラッサさん。魔法をかけてもいいですか?」
「うん、いいわ。ステータスは前にもう見せてるし、怪我を治してもらうのもむしろありがたいし。拒む理由が何一つないもの」
ミラッサさんが俺を受け入れるように両腕を開いてくれる。
俺はそれに感謝して、ミラッサさんに魔法を唱えた。
「ヒールっ!」
ミラッサさんの身体を白い光が包み込む。
直視することも難しいくらいの眩い光を放ちながら、みるみるうちにミラッサさんの肩の火傷が消えていく。
その光が消えるころには、まるで最初から火傷などしていなかったかのような状態に戻っていた。
ふぅ~っ……本当に良かった。
初級回復魔法のヒールで治しきれるか実は不安だったんだ。
駄目だったら治るまで何回でもやろうと思ってたけど、一回で治りきって一安心だ。
じゃあ、次は鑑定だな。
「鑑定っ!」
◇――――――――――――――――――――――◇
ミラッサ・アンドリューズ
【性別】女
【年齢】20歳
【ランク】B
【スキル】<剣術LV8><感覚強化LV7><素手戦闘LV5><直感LV5><氷魔法LV5><雷魔法LV4>
◇――――――――――――――――――――――◇
ミラッサさんのステータスが表示される。前に見せてもらったのと全く同じだ。
よし、鑑定も問題なく使えるな。
相手の許可なしでステータスカードを見られるのはやっぱりすごい。
といっても、鑑定のスキルレベル次第では抵抗されることもあるみたいだけど。
まあでも、両方ともとりあえず使用に関しては問題なしだ。
……さて。
あとはスキルレベルがどうなるかだけど……おっ?
――<ヒール>を習得しました。現在のレベルは1です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは2です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは3です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは4です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは5です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは6です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは7です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは8です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは9です。
――<ヒール>のレベルが上がりました。現在のレベルは10です。
――<鑑定>を習得しました。現在のレベルは1です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは2です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは3です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは4です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは5です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは6です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは7です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは8です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは9です。
――<鑑定>のレベルが上がりました。現在のレベルは10です。
「……」
頭の中に響いてきた怒涛の音声。
『やっぱり』という気持ちと『まさか』という気持ちが半分半分くらいで、どんな顔をしていいのかわからない。
「どうなったの、レウスくん? 見せて見せて!」
そっか。今の声は俺の脳内に響いただけだから、ミラッサさんには現状が伝わってないのか。
興味津々なミラッサさんのため、俺はステータスを見せてあげることにする。
「……ステータス、オープン」
◇――――――――――――――――――――――◇
レウス・アルガルフォン
【性別】男
【年齢】15歳
【ランク】D
【潜在魔力】0000
【スキル】<剣術LV2><解体LV2><運搬LV2><ファイアーボールLV10><ヒールLV10>←NEW! <鑑定LV10>←NEW!
◇――――――――――――――――――――――◇
うん、やっぱりLV10になってる。俺の聞き間違いじゃなかった。
……もはや驚きを通り越して逆に驚けなくなっちゃったよ! なんだこれ!?