18話 ファイアーボールの威力
少し先の草むらに見える、銀色の身体。
ミラッサさんによるとあのシルバースライムという魔物は、並のスライム百万匹分の価値の素材がとれる超レア魔物らしい。
そんなレアな魔物なら、ミラッサさんが本気になるのもわかる……って!
「ミラッサさん、あの魔物こっち見てませんか……?」
「見てるわね……チッ、気づかれたみたいだわ」
次の瞬間、シルバースライムはその場から消えた。
っ!? ど、どこに行った!?
……あ、いたっ! って、もうあんな遠くに!?
ま、まずいぞ、動きが速すぎる……!
「あたしが追い詰めるから、レウスくんはファイアーボールの準備しといて!」
「わかりました!」
あの速さに追いつくのは俺じゃ無理だ。
追い詰めるのはミラッサさんに任せて、俺は魔法に集中しよう。
あれだけの速さの魔物が相手だと、規模が大きくないと当たらない気がするな。
よし、威力よりも大きさ重視のファイアーボールを撃とう……!
「はぁぁぁっ……!」
手元に集中に、魔力を高めていく。
この数日で何度も繰り返してきた甲斐あって、最初にファイアーボールを撃った時よりもはるかに速く魔法を完成させることができた。
よし、あとはミラッサさんが追い詰めてくれたところに撃ち込むだけだ!
「ミラッサさん、準備できました! ……み、ミラッサさん?」
ちょっ、このまま撃ったらミラッサさんまで俺の魔法の範囲に入っちゃう!
そんなことはミラッサさんならすぐに分かるはずなのに、なんで全然離れる素振りがないんだ!?
「ミラッサさん、早く離れてください! そこじゃ俺の魔法に当たっちゃいます!」
「駄目よ、これ以上下がるとシルバースライムに逃げられちゃうわ」
ミラッサさんの視線の先には、今にも移動しようとするシルバースライムがいた。
俺のファイアーボールも速度は上がったけど、シルバースライムはそれよりも恐ろしく早い移動速度だ。ミラッサさんの剣での牽制が無くなれば、俺のファイアーボールは避けられてしまうかもしれない。
でも、だからって味方を巻き込むとわかってるのに魔法を撃つなんて……!
ただでさえ一撃で確実に倒せるようにかなりの威力にしちゃってるのに、そんなことしたらミラッサさんの身体が……!
「大丈夫、一撃くらいなら耐えられるから」
俺の躊躇いを察知したのか、ミラッサさんが立ち会いの中で一瞬だけ俺に視線を向ける。
戦いの最中だっていうのに、俺を安心させるように微笑んでくれてる。
ここまでしてもらってまだ、俺は躊躇するのか?
撃つしかないだろ! ミラッサさんの思いに応えるんだっ!
「レウスくん、撃って!」
「いっくぞぉ、ファイアーボールっっ!」
ドォォォンッ!
轟音が響くと共に、巨大な炎の塊がミラッサさんとシルバースライムを包み込んだ。
少し離れた場所にいる俺のところにも届くくらいのファイアーボールの熱気、そしてごうごうと燃え盛る炎。
この中に今ミラッサさんはいる。
「頼む、無事でいてくれ……!」
ファイアーボールしか武器が無い俺は天に祈ることしかできない。
頼むよ神様、お願いしますっ! ミラッサさんが無事であってください……!
「……ああっ」
燃えたぎる炎の狭間に、人影が映る。
見覚えのあるシルエットはどんどんはっきりと見えてきて――そしてついにその姿を俺の前に現した。
「あっつ~! さすがにギリギリだったわ。でも……討伐は成功よ」
ミラッサさんが右手に持ってるそれは……シルバースライムの死体!
よかった、無事に素材もゲットできそうだ。
でも今はそれよりも、ミラッサさんが無事で本当に良かった。
「ミラッサさん! 無事でよかったです!」
うわぁ……。ミラッサさんの装備、ほぼ真っ黒焦げだ……。
自分の魔法ながら、かなり恐ろしい威力だったんだな。
もし本気で撃ってたら、と考えると恐ろしい……。
「直に受けて余計に威力の凄まじさが分かったわ……。<アイスシールド>を五重に貼ったのに、一瞬で溶けたもの。装備もかなりボロボロになってるし、死ぬかと思った……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ、怪我はないしね。この通り、ピンピンしてるわよ」
ミラッサさんがその場で跳ねる。
――ガシャリ。
ファイアーボールを耐えきるので限界だったのか、黒焦げだったミラッサさんの装備がストンと地面に落ちた。
「……え?」
思わず呆けた声を出してしまう。
なだらかな草原。穏やかな風。ミラッサさんの下着姿。
……ミラッサさんの下着姿!?
「~~っ!?!?」
一瞬で、沸騰したみたいにミラッサさんの顔が真っ赤になる。
慌てて後ろを向くが、頭の中には今の光景がくっきりと鮮明に残っていた。
う、うわ、女の人の下着姿、初めて見た……!
し、下着と装備の間に何か着たりしないんだ……いや、さっきのファイアーボールで燃えちゃったのか!?
「……み、見た?」
「み、見てません! 絶対!」
俺に今できるのは首を振る事だけだ。
少しでもミラッサさんの心のダメージを小さくしてあげないと!
「ふ、ふふん! い、今のはわざとよ? どう、興奮した?」
ミラッサさんは俺の前に立って言う。
装備をなんとかその場でつけ直したみたいだ。
ミラッサさんはわざとって言うけど、涙目でぷるぷる震えてるし、明らかにわざとじゃないのは俺にでもわかる。
「ミラッサさん……。あの、えっと……」
「わ、わざと! わざとなの! わざとなんだから!」
「は、はい。わ、わかりました!」
本人がそういうことにしたいのなら、その意思を汲もう。
多分、それがお互いにとって一番いい結果になるはず。
だけどそんな強がりはずっとは続かなかったみたいで、ミラッサさんはふと困ったような顔をする。
「男の人に見られたの、初めてだなぁ……」
「あの、なんか本当にすみません……」
「ああ、やっぱり見たんだ……!」
ちょっと待って、この状況で鎌かけられた!?
と、とりあえず謝ろう、それしかない。
「あの、俺……ほ、本当にごめんなさいっ!」
「もう、そんなに謝らないでいいのに。別に怒ってるわけじゃないの。元はといえばほとんどあたしのせいだしね」
こんな状況で俺を怒らないのか……?
なんて優しい人なんだ……。
「それに……その、し、下着を見られたことより、こんなことで気まずくなっちゃう方がずっと嫌。だから……ね? これまでとおんなじように接して?」
ミラッサさんの瞳が俺を捉えて三日月形に歪む。
その表情に、こんな時にも関わらず心臓がドキドキと高鳴る。
「ど、努力します……!」
カラカラになった喉で、俺はなんとかそう答えた。
ミラッサさんも満足そうに「うん」と頷く。
「……よーっし! もう装備も駄目になっちゃったし、早速このシルバースライムの素材を買い取ってもらいに行こっか!」
「行きましょう行きましょう! レッツゴー!」
あえていつも以上に陽気に振舞いながら、俺とミラッサさんはギルドの方へと歩き出した。