17話 Dランクの狩場
数日後。
「レウスくん!」
「はいっ! ファイアーボールっ!」
手元から放たれたファイアーボールがハチミツベアーに直撃する。
ハチミツベアーはフラフラとよろめき、そしてそのまま地面に倒れた。
「よし、今日はここまでにしましょうか。もうリヤカーもいっぱいだしね」
ミラッサさんの見つめる先、リヤカーは素材でいっぱいだ。
よしよし、今日も大猟だぞ。
俺は満足しながら頷きを返した。
ギルドで素材の清算を終え、総額の半分を受け取る。
お金を受け取った俺は、ミラッサさんと並んで宿への帰り道を歩く。
今日の俺の分の稼ぎは5万イェンだ。
初日と比べると大分稼ぎが良くなったなぁ。慣れてきたからかな?
だけど一番変わったのは、ファイアーボールについてだ。
速度、規模、そして威力。
それら全てが数日前とは一線を画すほどに精密にコントロールできるようになった。
それもこれも、Bランクの狩場で討伐が出来るおかげだ。
「レウスくん、めきめき調節上手くなってるわね」
俺をBランクの狩場に連れてきてくれた張本人のミラッサさんは、俺の成長を自分のことの様に喜んでくれている。
ミラッサさんの期待に応えようとすることで、さらにファイアーボールの調節がうまくなる。
最近の俺は好循環にいるのが自分でもわかる。
自分の成長で他人が喜んでくれるっているのは、やっぱりやる気が段違いだ。
しかも、その上!
◇――――――――――――――――――――――◇
レウス・アルガルフォン
【性別】男
【年齢】15歳
【ランク】D
【潜在魔力】0000
【スキル】<剣術LV2><解体LV2><運搬LV2><ファイアーボールLV10>
◇――――――――――――――――――――――◇
ステータスカードに燦然と輝く【ランク】Dの文字!
昨日、俺はとうとうDランクに昇格したのだ。
しかもギルドの人の話では、このままの討伐ペースでいけばCランクもそう遠くないところまで来てるんだって!
こんなの、頬が緩まないでいられるわけがない。
「あらあら、嬉しそうな顔しちゃってぇー」
「実際めちゃくちゃ嬉しいですよ。三年かかってもEランクでしたからね。まさかこんなに速く上がれるとは思ってもみませんでした」
「そっか。よかったわね、あたしも嬉しいわ」
ニマニマする俺を見て、同じようにニマニマするミラッサさん。
俺と同じように笑ってるだけなのに、周りの人の目はミラッサさんに集中する。
やっぱミラッサさんって美人だ。
「Dランクに上がったってことは、Dランクの狩場に一人で出入りできるようになったってことよね? ……あ、そうだっ! なら明日はBランクの狩場じゃなくて、Dランクの方に行こっか!」
名案でも思い付いたみたいに、ミラッサさんはぱぁぁっと顔を明るくする。
でも、それはさすがにそれは迷惑をかけすぎてしまわないだろうか……?
いくら対等な立場でのパーティーとはいっても、ミラッサさんの実力は俺より全然上だ。
そんな人をわざわざDランクの狩場に連れて行くのはさすがに少し躊躇ってしまう。
でもミラッサさんはそんなこと気にしていないようだ。
「もしファイアーボールでDランクの魔物の素材が残るようになってれば、あたしがいなくても稼げるってことでしょ? あたし的には寂しいけど、レウスくんのことを考えれば一人で討伐が出来るようになるのはいいことだし! 明日、Dランクの狩場で一緒に試してみましょうよっ」
「いいんですか? Bランクの狩場よりずっと稼ぎ減っちゃいますけど……」
「そんなの気にしなくていいわよ。お金よりも、今はレウスくんの成長を見るのが楽しいもの」
そんな風に言われてしまえば、こちらから断る理由はもうない。
「じゃあ、お願いします!」
何度目かわからないくらいにミラッサさんに感謝しながら、俺は明日Dランクの狩場に行くことに決めた。
そして、次の日。
Dランクの狩場はなだらかな平原だ。
その場から見渡すだけでもいくつか軽い丘のようになっている場所が見て取れる、視界の良好な場所。
そこに、俺とミラッサさんは立っていた。
「レウスくん、この狩場によく出る魔物は?」
「ホーンラビットとドランクカウカウです」
ホーンラビットは角の生えたウサギ型の魔物、ドランクカウカウは大きな口が特徴の牛型の魔物だ。
ドランクカウカウの方が身体は大きいが、動きは遅い。
注意が必要なのはむしろホーンラビットの方。
角の生えた頭からの突進を受けるとさすがに無事では済まない。
主要な情報を纏めてミラッサさんに伝えると、ミラッサさんは満足げに頷いた。
「さすが、予習はバッチリね。じゃ、早速行きましょうか。っと、今日は見てるだけだし、リヤカーはあたしが引くわ。レウスくんは戦闘のことだけ考えてね」
「ありがとうございます」
後ろからミラッサさんがリヤカーを引いて付いてくる……なんだか妙な感覚だ。
今まではずっと俺は後ろをついて行く係りだったからな。
前を進むとなると危険度も高くなってくるし、魔物から襲われる確率も上がる。
一人ならなんともないんだけど、他人の命を少しでも自分が握ってるってのは中々精神的に来るものがあるなぁ……。
っと、早速いた。
あの額に生えた角……間違いない、ホーンラビットだ。
「ミラッサさん、見つけたので近づいてファイアーボールを撃ちます」
「ん、了解」
よし、音を立てないように静かに近づいて……うん、やっぱりだ。
今までBランクの魔物相手に戦ってたから、気配の消し方も知らないうちにかなり上手くなってたみたい。
相当近くまで近づいてるのに、ホーンラビットは俺に気づきそうにもない。
この分なら、ファイアーボールを当てるのは楽勝だ。
問題は素材を剥ぎ取れるくらいに身体が残るかどうかだけ。
軽く息を吐く。
さて、運命の瞬間だ。
「……ファイアーボール」
存在がバレないように口を動かしただけの呪文によって、俺の掌に赤い炎が灯る。
際限なく大きくなっていく予兆を見せたそれを、俺は魔力を調節することによって留める。
なるべく小さく。なるべく弱く。
最終的にできたファイアーボールは、掌に収まる大きさのものになった。
そして、これを……ぶつけるっ!
掌を離れたファイアーボールは、ホーンラビットへと無事命中する。
「キュキュッ!?」
最後まで俺の存在に気が付かなかったホーンラビットは何が起きたのかわかっていない。
飛び跳ねようとするが、それより前に命の炎が掻き消えた。
そして――その場に残ったのは、ホーンラビットの亡骸。
すなわち。
「や、やった……素材がとれるっ!」
そう、素材がとれるのだ!
俺は喜び勇んで魔物の身体を解体し、素材をリヤカーに乗せた。
「おめでとうレウスくん! 威力の調節、見事だったわよ」
「俺、Dランクの魔物の素材剥ぎ取ったの初めてです……!」
「Bランクはあるのにね。ふふ、そんな人多分レウスくんくらいだわ」
た、たしかにそうかも。
そう考えると、俺ってつくづく特殊な成長の仕方してるなぁ。
……でも、成長してるのには違いない! それはきっといいことだよね!
よーし、この調子でどんどん魔物を見つけるぞぉー……って、んん?
「あの、ミラッサさん。あの銀色の魔物ってどんな魔物ですか?」
「銀色? ……レウスくん、その魔物どこにいる?」
あれ? なんかミラッサさんの顔がいきなり真剣になったぞ……?
もしかして、凄い強い魔物だったりするのか!?
「えっと、そこです。あの草むらのとこ」
指差した先にいるのは、銀色の身体をした魔物。
ぷるぷるしてて、色以外の見た目はスライムそのものだ。
だけど、あんなスライム今まで見たことない。
俺の指の先を見たミラッサさんの目がキッと鋭くなる。
その雰囲気はBランクの狩場に入る時並……いや、それ以上だ。
「……レウスくん、あの魔物は二人で相手するわよ。それでも倒せるかわからないけど……あたしたちならきっと出来るわ」
「ま、待ってください。あの魔物は一体……?」
戸惑う俺に、ミラッサさんは言った。
「あれはシルバースライム。並のスライム百万匹分の価値の魔物よ」