15話 攻めと守りは別の話
「ファイアーボールっ!」
今日何度目かのファイアーボール。
赤い炎弾はミラッサさんのすぐ横を通り過ぎ、背後のポイズンスコーピオンに直撃する。
「ヤァッッ!」
それとほぼ同時に、ミラッサさんが正面の魔物を斬り伏せた。
ミラッサさんの二倍くらいの大きさの、巨大な熊がその場に倒れ込む。
軽く地面が揺れたよ……身体がでかいだけあって、重さも相当あるんだろうな。
なんにせよ、上手く協力して魔物二匹を倒すことができたのは嬉しい。
背後を任せてくれたミラッサさんの期待に応えられただろうか。
「ナイスアシスト! まさかここまで出来るとは思ってもみなかったわ」
ミラッサさんが俺に向かって笑いかけてくれてる……ってことは、少しは期待に応えられたってことだよな?
はぁ、よかったぁー。
「この狩場で一番危険なハチミツベアーとの戦闘中にポイズンスコーピオンが出てきた時は正直危ないと思ったけど、無傷で済んだもの。あたし一人だったらここまで上手くはいかなかったわ。ありがとね、レウスくん」
「買いかぶり過ぎですよ。ミラッサさんなら余裕だったんじゃないですか?」
Bランクという高ランクのこの狩場でも、ミラッサさんが負けるような想像はできなかった。
ミラッサさんはずっと俺を気にしながら戦ってたし、俺がいなければ今の戦いももっと楽に勝ててたんじゃないか?
ついついそう思ってしまうけど、どうやらそういうわけでもないらしい。
「それこそ買いかぶりよ。あたしがBランクとしてはまだまだ経験不足なのは事実だわ。軽傷で済ませる自信はあるけど……無傷で倒すのは無理。多分ね」
「ミラッサさんでもですか」
厳しい世界だな、冒険者って。
でも、俺はこの世界で生きていくぞ。
Bランクの狩場を抜けて、解体した素材を売るために冒険者用の入り口から街へと入る。
他の人は……見当たらないな。地下道は一本道だからいればすぐにわかるんだけど。
他の冒険者が帰ってくる時間帯より早めに帰ってきたおかげで、どうやらラッシュは免れたみたいだ。
ラッシュに巻き込まれると素材の買い取り時間が長くかかっちゃうから、俺はあんまり好きじゃない。避けられてよかった。
二人きりなのは……あんまり意識しないようにしよう。うん、それがいい。
「ねえねえレウスくん。二人きりだね」
「ですねー」
「これってさ、なんだかデートみたいじゃない?」
「うぇ!?」
み、ミラッサさんからそういう話題を振って来るのかよ!
油断して変な声出ちゃったじゃんか!
「あはは、ごめんごめん。そんなに顔赤くしないでってば」
ケラケラ笑うミラッサさんは可愛らしいけど、俺はその笑顔を直視することもできない。
そんな俺を見てミラッサさんはまた可憐に笑う。くっそー、からかわれっぱなしだ。
「からかわないでくださいよ、もう」
「反応が可愛いとついついいじめたくなっちゃって。謝るからそんなにむくれないで? ほら、つんつん~」
ミラッサさんが俺の頬を突き、ぷすっと頬が凹む。
頬に入っていた分の空気が口から抜け、ぷひ、と音を立てた。
「あはは、変な音ー。うりうり~」
……ようし、そっちがその気なら。
「お返しっ!」
ミラッサさんの両頬をムニュっと掴み、びろんびろんと伸ばす。
散々からかわれたんだ、このくらいやっても許されるはず!
……だよね? ミラッサさん、許してくれるよね? ……あれ?
「~っ!?」
な、なんでそんなに顔真っ赤になってるのミラッサさん!
てっきり「あたしのほっぺに触りたかったの? ん?」とか言ってまたからかわれるかと思ってたのに、思ってたのと真逆の反応だよ!?
「ミラッサさん、自分がからかわれた途端どんだけテンパるんですか……?」
「ご、ごめん……」
顔から「ぷしゅう……」って音が聞こえてきそうだよ。
からかうのは好きだけど、からかわれるのは苦手なのね。
ミラッサさんは戦闘スタイルも攻めが主体だし、何においても攻めるのが好きなのかもしれない。
「……」
「……」
そんなことより、どうしようこの雰囲気。
き、気まずい……。
誰か来て! お願いだから誰か通りかかって!
俺たちの周りから音がなくなったみたいにシーンとなっちゃってるから!
「……お願いがあるの」
「は、はい、なんでしょう」
今はなんでもいいから会話が欲しい。
そういう意味ではミラッサさんから会話を切りだしてくれたのはありがたいけど……顔と声からすると、ずいぶん真剣な話みたいだ。
ミラッサさんのこちらを窺うような上目遣いは魅力的だけど、俺はそれを意識から外す。
「もう一回、やり直していい?」
「……? やり直す……?」
どういうことだ?
いまいち要領が掴めない。
「とりあえず、レウスくんはもう一回あたしのほっぺたムギュってやって?」
「え、その、いいんですか……?」
……頷くってことは、本当にいいってことか。
どういうつもりなのかよくわからないけど、ミラッサさんは真剣だし、ここは従っておこう。
言われるがまま、ミラッサさんの頬をつまむ。
さっきは気づかなかったけど、すごく柔らかい。男の俺とは全然違う。
……で、ここからミラッサさんは何をする気なんだろうか。
首をかしげる俺に、ミラッサさんの演技がかった声が聞こえてきた。
「あたしのほっぺに触りたかったの? ん?」
「あ、えっと……?」
「うふふ、レウスくんったらしょうがないわね」
そう言って妖艶な笑みを見せるミラッサさん。
……俺は今何をさせられてるんだろう……。
しばらくして、フッ、とミラッサさんから演技の気配が消える。
「……どう?」
「『どう』とは?」
「記憶、これで上書きできた?」
できるわけないですよね?
どうやらミラッサさんは先程の記憶を今の一連の流れによって上書きしようとしていたようだ。
どう考えても絶対無理だと思う。
「上書きはできてませんね……」
「ぐ、ぐぬぅ……!」
え、そんなに真面目に悔しがるの?
いや、普通に考えればわかるよね?
あれだ、今のミラッサさんはテンパり過ぎてる。
「じゃ、じゃあせめて、マニュちゃんには内緒にして! あの子の前では頼れる大人のおねーさんキャラを守り通したいの!」
キャラって言っちゃってる時点で無理そうだけど……まあ、そういうことなら協力してあげよう。断る理由もないしね。
「わかりました」
「本当? ありがと、レウスくんっ。はぁ~よかった、これで一件落着ね」
一件落着……したのかなぁ……?
……まあ、本人が言ってるんだからいっか。
とりあえず俺としても、ミラッサさんが元気になってくれたからよかった。
これで二人きりで歩くのも苦じゃなくなったしね。




