14話 初めての……!
意気揚々とBランクの狩場にやってきた俺を、鬱蒼としげる森が出迎えてくれる。
「ここが……Bランクの狩場……!」
一歩足を踏み入れてすぐに、ごくりと生唾を呑みこむ。
始めて訪れたBランクの狩場は、今まで俺が狩りをしてきた場所とは全然違った。
いってしまえばただの森なんだけど……その雰囲気が段違いだ。
まだ魔物なんて見えないうちから、背中に冷や汗が噴き出してきそうになる。
「そんなに気負わなくても大丈夫よ。おねーさんに任せとけば安心だから」
リヤカーを引く俺の背中に温かいものが触れる。
ミラッサさんの手だ。
ミラッサさんは狩場に入っても街中と変わらず平然としている。
「ありがとうございます」
対等なパーティーを組んだんだから、俺もしっかりしなくちゃだよな!
こういう時は一度深呼吸をしよう。
すぅ……はぁ……。
……よし、ちょっとは良くなった。
俺がすべきことは、ミラッサさんが見つけた魔物をファイアーボールで焼き払うこと。
やることが至極単純な分、考えることは少なくて済む。
俺はエルラドに行くんだ。こんなところで立ち止まってる場合じゃない。
「あ、早速いたわ。レウスくん、魔物よ」
ミラッサさんが不意にあげた声を聞き、すぐに姿勢を低くする。
的にならないためだ。
俺を守りながら戦うのは大変だろうし、なるべくミラッサさんの負担は少なくしたい。
その甲斐あって、魔物は俺ではなくミラッサさんに狙いをつけたようだ。
よし、リヤカーに隠れながら観察だ。
今日の待ち合わせ前に、この狩場に出てくる魔物についてはギルドで一通り調べたし、どんな魔物かくらいはわかるはず!
敵の魔物は……ポイズンスコーピオンだな、間違いない。
全身緑色をした四足歩行のサソリ型の魔物で、尾から強力な毒を射出してくる。
買い取ってもらえるのも尻尾。
毒と薬は表裏一体らしくて、尾の毒を弱めることで薬の材料に使われているらしい。
素早そうな見た目をしてるし、近づくのは難しそうだ。
俺のファイアーボールも避けられる可能性があるな……って。
「セイッ!」
そんなこと考えてる間に、ミラッサさんが尻尾を剣で斬りおとしちゃったよ。
見てたのに、全然見えなかった。
これがミラッサさんの本気か、すげえ……!
「ふぅ……」と言いながら剣を鞘にしまう動作は、俺の長年の憧れが形になったみたいにカッコ良かった。
もう魔法使いとして生きていくことを決めたけど、やっぱ剣士ってカッコいいよなぁ。
くるりと回転し、俺の方を見るミラッサさん。
心の中を読まれたか?と一瞬思ったけれど、どうやらそういうことではないらしかった。
その証拠に、ミラッサさんはポイズンスコーピオンを指差している。
「レウスくん。まだ魔物は生きてるから、実験しましょう。ファイアーボールを撃ってみて」
「はい。ファイアーボール!」
言われるがまま、ファイアーボールを唱える。
さすがにBランクの魔物相手だし、少し力を込めようっと。
三割くらいで良いかな……?
うーん……よし、このくらいだ! いっけえ!
放ったファイアーボールは、ポイズンスコーピオンに無事着弾した。
尻尾を失ったことで動きが鈍っていたから、避けられる心配もなかったな。
尻尾が一番高い部位らしいけど、脚も買い取ってもらえるらしいし、楽しみだな。
あ、何気にこれがファイアーボールでの初素材になるのか。
ポイズンスコーピオンの脚……かぁ。
まさか初めての素材がBランクの魔物なんて、夢でも想像できなかったなぁ。
現実離れしすぎてて、まだ喜びが追いついて来ないよ。
素材を解体すれば実感が湧くかもしれないし、それまでは我慢かな。
さて、そろそろ炎が消えるころだけど……。
「……って、あれ?」
……素材、どこ?
ファイアーボールの炎が消えた後に残っているのは、真っ黒に焦げた地面だけ。
さきほどまでたしかにいたはずのポイズンスコーピオンの姿は見る影もない。
……えーと、これは、もしかして。
「……レウスくんのファイアーボールが強すぎて、素材が残らなかったみたいね」
ですよねー。
いや、まさかとは思ったけど、Bランクの魔物でさえ素材が残らないって……。
俺のファイアーボール、ちょっと強すぎませんか?
「これは喜んだ方がいいんですかね。それとも、悲しんだ方がいいんですかね」
ファイアーボールの予想外の強さ。
強いことを喜べばいいのか、素材が取れなかったことを悲しめばいいのかわからない。
ミラッサさんも初めてのケースみたいで、ちょっと気まずそうだ。
「と、とりあえず、もっと威力を抑えられるかしら? それで駄目ならちょっとお手上げね……」
「一応三割くらい力を込めたので、一割くらいまで落とすことはできますけど……」
一割の力でBランクの魔物を相手にするのって、すごく心臓に悪いなぁ……。
気を取り直して、二回目。
またしてもミラッサさんが先に魔物を発見したので、俺は標的にならないよう隠れながらその戦いを見守る。
現れたのはまたもポイズンスコーピオンだった。
さっきの戦いぶりから言っても、ミラッサさんが負けることはまずないだろう。
安心して見ていられる。
ミラッサさんが素早く魔物を発見できるのは、スキル以外に経験も関係してるんだろうな。
Bランクくらいになると魔物側も殺気を隠す種が現れ出すし、一筋縄ではいかない……と、昔なにかの本で読んだことがある。
そんな一癖も二癖もある魔物相手に俺を守りながら戦うミラッサさん。
赤髪をなびかせながら颯爽と戦うその姿は、まるでおとぎ話の騎士みたいだ。
そうなると、俺がお姫様になっちゃうのが辛いところだけど。
そんなことを考えている間に、ミラッサさんはさっきと同じようにポイズンスコーピオンの尾を切り落としていた。
途端にポイズンスコーピオンの動きが目に見えて遅くなったな。
もしかしたら尾に重要な器官が存在しているのかもしれない。
「レウスくん、もう一度やってみよう」
「はい」
リヤカーの影から出て、ポイズンスコーピオンの前へと進み出る。
「一割の力で撃つので、もしかしたら倒しきれないかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「大丈夫。その時はちゃんとあたしが守るから」
胸に手を当ててそう告げるミラッサさんの頼もしさたるや。
パーティーになってくれたことに改めて感謝する。もちろん、口を動かすのも忘れない。
「ファイアーボールッ!」
これまで何度も使ってきたこともあり、最初よりは格段に調整が効くようになったファイアーボール。
最弱の威力にコントロールしたそれは、素人目には並の上級呪文くらいの大きさに感じられた。
うん、よし。
威力が足りるか心配だけど、とりあえずコントロールは出来た。
あとはこれを!
「いっけえええ!」
ぶつけるだけ!
真っ直ぐ飛んで……よし、当たった!
ポイズンスコーピオンへとぶつかったファイアーボールは、身体を焼き尽くす勢いで轟々と燃え盛る。
……今までちょっと感覚が麻痺してたかもしれないけど、これでもEランクの俺には充分な威力の魔法だよなぁ。
でも今の問題は、Bランクの魔物であるコイツを倒せるかどうか!
魔力の供給がなくなり、炎がゆっくりと消えていく。
どうだ!?
倒せてるか!? 素材は残ってるか!?
目を凝らした俺の前には、ぷすぷすと焦げた匂いのポイズンスコーピオンの亡骸が転がっていた。
「おお……。おお……!」
やったんだな? やったんだよな?
い、一応ミラッサさんに確認を――
「おめでとう、レウスくん」
確認するまでもなく、ミラッサさんは温かい言葉をかけてくれた。
それでようやく、俺にも実感が追いついてきた。
「おおおおおっ!」
自然に雄たけびが上がる。
ファイアーボールで倒した魔物の初めての素材だ!
冒険者になりたての頃、剣で初めて魔物を倒して瞬間と重なる。
それくらいに嬉しい瞬間だった。