10話 逆に生活レベルが下がってる
偶然三人と再会した俺だけど、さすがに狩場まで同じになることはなく。
俺はシールドアルマジロという魔物を倒すため、草原にやってきていた。
本当はDランク推奨の魔物なんだけど、ファイアーボールがある今の俺なら問題なく狩れるだろうという考えあってのことだ。
なんにせよ、今の俺には素材が必要だ。
あのラージゴブリンたちも結局素材は残らなかったし、とにかく素材が残るレベルの敵と戦わないことにはお金が稼げない。
「あ、いたぞ」
草原を見渡すと、二体のシールドアルマジロが見えた。
そのうちの近い方へと慎重に近づく。
茶色く固そうな外皮に包まれた身体。
四本の足はいずれも短く、体高はすね程までしかない。
だが、シールドアルマジロにはある特徴がある。
そして、それこそが今回この魔物を標的に選んだ理由でもあった。
……よし、この辺まで近づけばもう大丈夫かな?
「ワッ!」
無事にばれることなく傍まで接近した俺は、魔物の背後で突如大声を出す。
「っ!?」
よし、上手くいった!
シールドアルマジロの特徴、それは驚かせると丸くなることだ。
すると、防御力が上がり、転がることで速度も上がる。
普段の状態ではEランクでも狩れる魔物だが、こうなるとそうはいかない。
ただし、俺にとっては絶好の鴨だ。
なんせ、自分で防御力を上げてくれるんだから。
「さあいくぞ、ファイアーボール!」
意気揚々と魔法を放つ。
もちろん威力は最小限。
「どうだ、やったか!?」
さすがにDランクでも上位の防御力を誇る魔物相手に最低限の攻撃は弱すぎたか!?
反撃を喰らうことになると、安物の防具しか着ていない俺は大ダメージを負うことになる。
頼む、倒せててくれ!
「……おっ?」
炎が消えたとき、俺の視界に入ったものは――アルマジロなど最初からいなかったかのような、黒く焼け焦げた大地だけだった。
……え、これでもまだ強すぎなの!?
完全に予想外なんですけど!?
「はぁ~……」
あれから数時間。
結局どれだけ繰り返しても、シールドアルマジロがその肉体を残すことはなかった。
完全に予想外すぎて、これからどうしよ……。
ぼとぼとと歩くその行く先は、自然と魔導書店に向かってしまう。
魔導書店とはその名の通り、魔導書を専門に扱っているお店だ。
「『鑑定』と『ヒール』は……」
どうせお金もないのに、お目当ての魔導書を探してしまう。
ま、まあ、値段を知っておくのはこれからを考えても大切なことだよな。
えーと、鑑定鑑定っと。
お、あった。
「って、700万イェン!?」
あ、やべっ、大声出しちゃった!
慌てて店主とお客さんにぺこぺこと頭を下げる。
何とか許してもらえたけど、正直今はそれどころじゃない。
……いやいやいや! 鑑定700万イェンに、ヒール800万イェンって!
ついでにファイアーボールが500万イェン。買い取り価格が5万イェンってことは……買い取り価格の百倍じゃんか!
魔導書ってそんな値段するの!?
ぼったくりどころの話じゃないぞ!
「あ、あの! なんでこんな高いんですか!? 買い取り価格の百倍って……」
「ん? ああ、それはだね……」
店主の男に聞いてみると、詳しく教えてくれた。
魔導書の売値と買値が極端に違うのは、簡単に言うと手間賃だということだ。
魔導書というのは実は拾った時点で持ち主が登録される仕組みになっているらしく、その登録を解除して他人にも使えるようにするのに莫大なお金がかかるんだってさ。
……まあ納得は出来たけど、出来たけど! それでもここまで高いのは酷いよ!
「無茶苦茶だよ……」
さらに重くなった足取りで、魔導書店を出る。
こんなの、いつ買えるかわかったものじゃない。……というか、一生買えない可能性だってある。
ファイアーボールを覚えるまで、俺の一日あたりの儲けは大体5000イェンだった。
その中で食事や宿代を払うと、残るのは大体500イェンくらい。
それで700万イェン貯めるには……14000日!?
無理無理無理無理! 絶対無理!
しかも、ファイアーボールを覚えてからは稼ぎが0に下がってるし。
本気でどうしたらいいか考えないと、ここまで来るための交通費のせいで懐がスカスカだ。
魔導書なんて、夢を見てる場合じゃない。
とりあえず今日の分の食事にありつくためにお金を稼がないと。
「まずいまずいまずいまずい……」
「あれ? レウスくんじゃない、さっきぶり!」
声をかけられた方を見ると、ミラッサさんがいた。
どうやら素材を買い取ってもらうためにギルドに向かった帰りのようだ。
早速即席パーティーを組んでいたようだが、その人たちに別れを告げてこちらに駆けよってきてくれた。
「……あ、ミラッサさん。さっきぶりです。いいんですか? あの人たち」
「ああ、いいのよ。今日限りの臨時パーティーだし、もう取り分の分配は終わってるからね」
臨時パーティーか。
パーティーには固定パーティーと臨時パーティーの二種類がある。
その名の通り、固定パーティーはメンバーが固定、臨時パーティーはその場だけって感じだ。
俺も何度か臨時パーティーを組んだことがある。……というより、頼み込んで組んでもらった、が正確か。
ミラッサさんレベルの冒険者だと、きっと臨時パーティーでも引く手数多なんだろうなぁ。
「それよりどうしたのよ、なんだか顔色悪くない?」
……どうしよう、相談してみるか?
ミラッサさんはBランク冒険者だ。もしかしたら、お金を貸してくれるかも……。
湧いてきたそんな思いを、ブンブンと首を振って追い出す。
駄目だ駄目だ、そんなことはできない!
第一、Eランクで返せる保証もない俺にお金なんて貸してくれるわけないじゃないか!
「……本当にどうしたの? 大丈夫?」
そんな俺の様子を見て、ミラッサさんはますます心配になってしまったようだ。
なんとか取り繕わないと。
「あ、す、すみません。ちょっとボーっとしちゃって……」
「全然謝らなくていいわよ。あたしに見惚れてたってことにしてあげるから」
場の空気を重くしないように、そんな言葉もかけてくれる。
実力者で空気も読めて美人って、怖いものなしだなミラッサさん。胸は小さいけど。
「いま胸のこと考えた?」
「い、いえ! 滅相も! 滅相もございませんっ!」
こ、怖えっっ! なんでわかるんだ!?
一瞬ピクって眉が動いたとき、殺されるのかと思ったよ!
「で、どしたのよ。おねーさんに聞かせてごらんなさい? ん?」
髪を耳にかけながら、顔を近づけてくるミラッサさん。
その気安い態度に、ついに俺の心は助けを求めてしまった。
「じゃあ、頼りになるおねーさんにお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「はいはい、ドンときなさいな」
ふふ、と可憐に笑いながら、ミラッサさんは胸を叩く。
「実は、お金に困ってまして……」
プライドもクソもない。
俺は今の現状をミラッサさんに全てぶっちゃけた。
恥ずかしいけど、これを隠していてはお願いも出来ない。
「へえ、お金?」
「はい。実は、数日後の食費レベルで危ない状況なんです」
「なるほどねぇ。で、お金を貸してほしいのかな? 今あんまり手持ちないけど、レウスくんの頼みなら今からギルドの貸し金庫に行ってでも――」
「いえ、違います」
「え?」
そうだ、違う。
お金は借りない。
もしかしたらミラッサさんなら俺にお金を貸してくれるかもしれない。
でもそれじゃ駄目だ。
いつ死ぬかわからない俺には、返せるという保証がない。
だから――
「何か、俺がミラッサさんの役に立てることはありませんか? 掃除でも、洗濯でも、素材の解体でも、なんでもします。だから、お願いします!」
――だから、対価を払おう。
俺に出来ることなんてそんなにないけど……でも、まったくないわけじゃない。
掃除や洗濯は生きている限りしなきゃいけないし、解体なんて時間がかかるし服も汚れる。女性には苦手な人も多い仕事だ。
もうプライドなんてない。
でも、わざわざニアンの街まで来て、すごすごと帰るような結果だけは嫌だ!
なんとしても、ここでお金を稼ぐんだ!