魔灯売りの少女
童話祭用にアップした作品です。
どうぞお楽しみください。
ある街の雪が降りしきる聖夜の事……
肉屋を営んでいる夫婦の間に生まれ、裕福とまではいかないが今の今まで何不自由なく育ってきた少年のエリスはこの寒空の下、雪よけ程度にしかならない様なうすいマントを羽織って街中を駆け廻っていた。
街には色とりどりの電飾が飾られ、いつもは馬車くらいしか通らない少し開けた通りも今は露店が立ち並び、行き来するのもやっとなくらいの人でごった返していた。
「くそっ!!」
この通りを抜ければすぐに目的の場所につくのにどうしてなんだ……
どうして今なんだ!!
なぜ今日は聖夜なんだ!
遠回りしながら、考えてもどうしようもないことばかりが頭を埋め尽くしていく。
自分が生まれる数百年前からずっと行われてきた大事なイベントなのだ。
エリスがどれだけ自問自答しようとも、すでにあるものを無くすことはでき無い。
ましてや、もう既に始まっていることを途中で止めるという事、終わらせるという事は無理に等しい。
考え方、体つきは大人に近くなってきたかもしれないが、エリスはまだまだ子供なのだ。
そんな子供が歴史をどうこうしようなんて出来るはずもないし、エリス自身考えもしていない。
ただ、そんな世の中の理不尽さを恨みながらはぁはぁと白い息を吐き、口の中に血の味が滲み出してきたころにようやく目的の場所にたどり着いた。
エリスはすぐにその固く閉ざされた扉に、握りしめた拳を何度も叩きつけて中の住人を呼んだ。
「先生、開けて下さい!! ガイル・ジェフィニの息子のエリスです!! 父が倒れてしまったんですっ、お願いです、どうか少しだけでもいいので診てくれませんか!! おねがいします、おねがいしますっ!!」
叫び続け、何秒、何分が経過しただろうか……
ようやく出てきた医師は、空けるのが面倒だと言わんばかりに扉を足で軽く蹴り開け、気怠そうな顔をしながらエリスを見下ろす。
「うぅ、寒い……なんだねこんな時間に。もう診療時間は過ぎてるんだよ。それに今日は聖夜祭の日じゃないか。 さぁもう帰ってくれ。 ここを開けているだけでも家の中が冷える」
二の腕を掠りながら早く帰ってくれと扉を閉めようとする。
エリスは締められようとする扉に慌てて掴みかかり何度も懇願する。
「お願いします先生! せめて薬だけでもいいから頂けませんか、それで今晩だけでも凌げますから! そうすれば明日改めてここに来ますから! どうかお願いします」、
冷たい地面に頭を擦りつけながらせめて薬をと頼み込む。
「ガイルの息子さんよ、本当は今日の朝にここに来てもらう話はしてたんだよ。でもガイルは、今日は聖夜祭でかきいれどきだから明日にしてくれっていたのはあいつなんだよ。わかるか?自業自得と言われても文句は言えねぇんだぞ? それにだ、今ここで薬を渡してもいいが金はあるのかい? 俺も商売やってんだ。御人好しじゃ医者もやってけないんだよ」
「お金は……確かにありませんけど、それは明日必ず払いますから! どうかお願いしますっ!!」
「なぁ、エリス……だったか? お前も商売人の息子ならわかるだろ? 人ってのはな金が絡むと簡単に変わるもんなんだよ。 裏切りもすれば、それとは逆に人の為に使おうとする奴も出てくる。 でもな、この世の中には悪い方に変わる方が多いんだ。その方がずっと楽で自分だけの為になるからだ。 俺はそう言うやつを目が腐るほどみてきたし診察してきた。 だから、悪いが明日また来てくれ。金のない奴を診るのはもうごめんなんだ」
そう言って医師は、扉を掴むエリスの腕を無理矢理はがし、バタンと扉を閉めた。
エリスは視線を落とし、冷たい地面についた手をぎゅっと握り締める。
もうなにを言ってもあの医師は動いてはくれないだろう。
こと金や命に係わる事に関して、人間は異常なほどの執着を見せる。
あの医師もそうだし、今の自分もそうだ。
あの医師を殺して薬を奪う事も出来なくはない。
でもそれをしても根本的な解決にはならないのはわかっているし、そうしたらそうしたで今後生活できなくなってしまう。
父にも母にも迷惑を掛けてしまう。
そんなどうしようもない思考の中、ゆっくりとした歩みで自宅を目指す足取りは重い。
先ほどまであまり感じていなかったはずの寒さが急に押し寄せてきて、肌が露出した手と頬を刺す。
寒さと呆れと絶望と不安……いろいろな感情や物事が次々に入れ替わり頭を支配する。
行くときはあんなに人がごった返していた通りも、いつの間にか人はちらほらとまばらになっていた。
なんで今更……またそんなことが脳裏をよぎる。
やはりと言えばそうなのだが、重い足取りでゆっくりと歩いたのにも関わらず自宅には行きよりも早くたどり着いた。
「ただいま……」
建付けの悪い扉をこじ開けるように中に入ると、キシキシと音の鳴る床の上を変わらずゆっくりと歩く。
父さんは大丈夫だろうか……
自分は最善を尽くした……はずだ。
そうだ! 明日、朝一に医者に診てもらおう。
さっきはあんなだったから少し嫌な感じはするけど、この街で唯一の医者だからしかたがない。
だから、今日は朝まで父さんの傍を離れない様にしよう。
すぐに何かしてあげられるように。
「父さん、ただいま。遅くなってごめん、今日は聖夜祭だからどうしても見てくれないんだって。 薬もお金が無かったから買えなかっ………た………え?」
部屋に入って声を掛けた父さんはベットに横になったまま、目を開け、扉の方を向いたまま微動だにしなかった。
むしろもうピクリとも動き出す気配は無かった。
震える脚を手で押さえつけ、一歩一歩父に近づいていく。
少しづつ近づいていく父の顔はどう見ても生きている人の顔色ではなかった。
更に震える脚。
でもどうしてもまだ生きていることを諦めきれなかった。
触れればもしかしたらまだ温かいかもしれない。
そうすれば、何とかして助けてあげられるかもしれない。
まずは、まずは父さんに触れないと。
ベットまでのたった数メートルの距離が異常なほど遠い。
息を切らし、脚を震わせ、手に力が入る。
たどり着いたベットの淵。
恐る恐る父の頬に触れる。
「とう…さん?」
希望は所詮、どこまでいっても希望。
現実はただそこに転がっている。
………冷たかった。
父の頬はさっきまで自分が頭を擦りつけていた地面よりもずっと冷たくなっていた。
そして僕は、叫ぶことも驚くこともなく、そっとその場から逃げ出した。
**********
いったいどれ程彷徨っただろうか。
同じところをひたすらぐるぐると歩いている気がするが、方向を自ら決めて歩くことはしなかった。
今はただ黙って歩く。
どうして今なんだ
なぜ僕なんだ。
なぜ父なんだ。
どうすればよかったんだ。
あの医師は悪くなかったのか?
いつもの通りに、所狭しといたあの人たちは悪くなかったのか?
そしてなぜ今日は聖夜祭だったんだ……
「マッチは如何ですか?」
頭の中を支配していた負の靄を切り割いて、少女であろう声が鼓膜を揺らし脳に直接流れ込んでくる。
慌てて声の聞こえる方に振り向くがそこには誰も居ない。
おかしい……
「確かに聞こえたんだどな、気のせい……かな」
と、逃げと言う名の歩みを始めようと体を前に向き直し、再び視線を何もない地面に向けたはずだったが、そこには、雪景色に溶け込むような白いローブに身を包み、雪よりも白い肌の少女が、木で編み込まれた真新しい籠を抱えてこちらを見上げていた。
いきなり現れた少女に驚き、降り積もる雪に足をとられ尻もちをつく。
異常なくらい白く、幼いにもかかわらず魅入られる程美しい少女は、妖艶な笑みを湛えながらゆっくりと近づいてくる。
雪のせいなのか、歩く音も絹のすれる音すら聞こえない。
腰も上げられないままのエリスの目の前まで来て、少女は抱える籠をすっと前に押し出して、
「マッチは如何ですか?」
先ほどと全く変わらない声色でその籠の中にある5色のマッチ箱に入ったマッチを見せてくる。
エリスは、始めこそ呆気にとられそのマッチをじっと見つめていたが、いきなりマッチを売りつけられる理不尽さと先ほどの事でいっぱいだった憤りが怒りとなって吹き出す。
「ふざけないでくれ、何がマッチだ! 今時マッチなんてもの使ってる奴なんていないんだよ! それに今はそんなものいらないんだよ、馬鹿にしたいだけならどこか別の奴でも捕まえてやってくれないか。僕は今、君に構っていられるほど暇じゃないんだ!」
籠を掴みそれを少女の腕からむしり取って乱暴に放り投げる。
エリスはそのまま少女を押しのけ再び歩きだそうとしたが、
「マッチは如何ですか? お父さんを見殺しにしたエリス……」
少女の一言に足が動かなくなる。
「なんで……それを……」
「答えなんてここには無いわ。私が何を知ろうとあなたには関係のないこと……マッチは如何ですか?」
この少女が言っていることの意味が分からない。
なんでこの子は僕と父さんの事を知ってる。どうやって知った?
少女の方に振り向けないまま、眩暈を起こしそうなほど頭の中がぐちゃぐちゃになる。
ぐちゃぐちゃなのだが、なぜか怒りだけは鮮明に形を保っていた。
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!! マッチなんているかっ!それよりも答えろよっ、なんでお前が父さんが死んだことを知ってるんだ!」
「答えなんてここには無いわ。私が何を知ろうとあなたには関係のないこと……マッチは如何ですか?」
先ほどと全く変わらない声で、声色で、笑顔で同じ言葉を繰り返す。
エリスは猛然と振り返り、少女の胸ぐらを掴もうと手を伸ばそうとするが、突然の出来事に絶句する。
少女は、すぐそこに居た野良猫であろう老いた猫に向かい、ナイフを投げつける。
ナイフは猫の眉間にサクリと吸い込まれると、猫はトサリと倒れ雪に血だまりを作って息絶えた。
「な、何を……」
戦慄するエリスを一瞥すると、少女は先ほどの籠から真っ赤な箱に入ったマッチを一本取り出し火をつける。
その火は小さいながらも、風になびくことなく赤々と燃え続けている。
柄の部分も燃え尽きることなくその火を灯したままだ。
少女はその火をエリスに向けると、言葉をそっと紡ぐ。
「この老いた小汚い猫を生き返らせる薬が欲しい……」
すると、小さなマッチの火は吹き消したかのように消え、柄の部分も一瞬で灰になってしまった。
だがその瞬間、少女の手の中にはマッチ棒を二回りほど大きくしたような小瓶が一つ握られていた。
その小瓶を興味が失ったかのように指で弄ぶと、猫の死骸に放り投げた。
小瓶は割れ、中の液体が数滴猫にかかると時間を巻き戻すかのようにナイフは抜け、血液は猫の体内に戻り、傷口が塞がる。
猫は目を覚まし、昼寝の後であったかの様に大きく伸びをするとまた何事も無かったかのようにフラフラとゆっくりと歩いていく。
エリスは目の前で何が起こっているのか訳が分からず、声すらあげることができない。
だが少女はエリスの反応を気にも留めずにまた同じ言葉を繰り返す。
「マッチは……如何ですか?」
籠を三度差し出してくる少女。
エリスは、ただ黙ってその籠の中にあるマッチ箱に目を落とす。
赤、青、緑、白、黒、の五色の箱がそこにあった。
エリスは、先ほど少女が使った赤い箱に手を伸ばす。
この赤いマッチで願いを言えば、あの小瓶をまた出せるはずだ。
そうすれば父さんも……
「本当にそれでいいのですか?」
赤い箱に触れる寸前で手を止める。
「いいんだ。このマッチがあれば父さんを生き返らせて元気に出来るんだから」
あと数センチで掴むというところで、少女は信じられない事を口にする。
「それは無理です。 あの願いを叶えることはもうできない。 ここにあるマッチで叶えた願いは唯一無二。 二度目の願いはかなわない……たとえ違う人が願った願いであっても……」
「なん……だって? じゃあ、誰かを、何かを生き返らせるって言う願いはさっきの殺さなくても死にそうな猫に使ったからもう叶わない願いになったってことか? 答えろ!!」
「願いは唯一無二。それは一つしかなく、二つは存在しない」
「そんな……」
父が生き返るかもしれないという淡い願いは、その淡さゆえに願う前に消えていってしまった。
今日で何度目だろうか、冷たい地面に這いつくばるのは。
だが少女は構わずまた何度目かの言葉を口にする。
「マッチは如何ですか?」
うるさい。いらない。今更そんなもの必要ない……
「マッチは如何ですか?」
黙れ、僕にはもう何の願いも無い……
「マッチは如何ですか?」
だから、いらないんだよ! 僕にかまうな!
「マッチは…………如何ですか?」
「あああぁぁぁぁぁっ!!」
エリスは頭を掻き毟り発狂する。
少女から籠を奪い去りそれを叩きつける。
「なんなんだよさっきから、いらないっていってるだろ! もう今更遅いんだよ何もかも!!」
怒りに叫ぶエリス。
だが少女は口角を上げこの時初めて、人間らしい満足気な笑顔を見せた。
「エリス様、お買い上げありがとうございます。あなたは”黒”のマッチを手にされました」
エリスは驚き、籠を投げ捨て、振り下ろした手の中を見ると漆黒と言っていいほど黒く塗りつぶされ、吸い込まれそうなほどの魅力を放っているマッチ箱が握られていた。
「いつの間に……」
マッチ箱をまじまじと見つめ箱をスライドさせると、中には漆黒で艶のある頭部を持つマッチが一本だけ入っていた。
恐る恐るそれを摘み上げると、そのマッチは擦ってもいないのに突然火が付く。
驚いて振り払おうとするも、なぜかつまんだ指が離れない。
少女は機嫌がいいのかとても柔らかな表情で言葉をひとつひとつ紡いでいく。
「その漆黒のマッチは願いを喰らって願いを叶えます。他人の願いでも、自身の願いでも……さぁ、その火に願いなさい。あなたの願いを」
「願い……」
黒々とした小さな火は、揺らめき少しづつ次第に大きくなっていく。
街の住人……
医師……
金……
時間……
父……
聖夜祭……
感情……
そして……
己自身……
全てが理不尽だ……
全てが邪魔だ……
全てが不必要だ……
全てが、全てが憎くてたまらない……!!
「僕は、いや、俺は……俺の世界を創る。 誰の為でもない、俺の為の世界を、俺の手に! その為の力を!!」
願うと同時に小さな火は燃えあがりエリスの全てを包み込む炎となる。
轟々と燃える真っ黒な炎を見上げた少女はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「純粋で幼く、底の浅いありきたりな闇が、より深く濃く純粋な黒に染まっていく。あぁようやくこの世に私の望む”黒”が産まれた。残りは赤、青、緑、白まだ四つも残っているけど、それはそれで楽しみが増えたわね。”黒”の誕生のお蔭で……」
少女は残り四つのマッチ箱を籠の中にそっと入れると”黒”をそのままにしてその場を後にする。
「この街で”黒”が産まれたから次はもう少し先の村へでも行こうかしら。やっぱり”黒”を倒しに行く”白”は小さな村の勇敢な人がいいわ」
少女は優雅に歩き出す。
数日後、黒い霧で覆われたこの街は元ある街の名を失い、魔灯街と呼ばれる様になる。
そしてその魔灯街には、魔の王……魔王が産まれたという。
「さぁ、次はこの村ですね……マッチは、如何ですか?」
如何でしたでしょうか?
楽しんで頂けたのなら幸いです。
もし続きが……などあれば言って頂ければ、続編も検討しようかなとも考えております。
そのほかご意見などあれば、そちらもいつでもお待ちしておりますのでよろしくお願いします。