皮肉
2作目です。去年の夏頃書いたものです。
どこかに応募しようと思って要項まで書いたのに放置されていて可哀想だったので、またも掘り出して載せてみました。
よろしくお願いします。
夜十二時。日の境目にこの店は開く。
夜十二時から三時まで。真夜中にしか開かない、年中無休のお店。その店は、細い路地を抜け、迷路のように複雑に絡み合った道を歩いていくとたどり着く、小さな店である。
しかし、一度ドアを開ければ、光に溢れている。ここへ来れば、どんな夢も願いも叶えられる。そんな希望に溢れた店である。だが。
『生死に関わる依頼、全て受け付けます。夢、希望、全て叶えます。しかし、それ相応の礼は頂きますので、あしからず。』
こういう看板が、店の前に立っている。重々しく存在感を放つそれは、無視しては入れないようになっている。これを了承せずに入っても、責任はとらない、と。そういう意思表示である。
それを振り切りドアを開けると、一人の男がいる。未だ十六歳にして、この店の店長。名は、城木司。
ある蒸し暑い日のことだった。今日は熱帯夜になるでしょう、という言葉が天気予報で言われていた。
この店の店長、城木司と同い年の、十六の女がやってきた。歩くたび揺れるその黒い髪、鋭い視線が相まって、不思議な威圧感を持っていた。
「久しぶりの女性だな」
司は呟く。彼女は店に入り、まず目に入った大きな机に向かった。店員を探すように店内を見渡す。
「ようこそ。君を歓迎しよう」
階段から降りてきた男を見て、彼女は目を細めた。一歩下がり、警戒の姿勢を示す。
視線が交差する。品定めをするような目で彼女は彼を見た。そして言った。
「誰?」
「僕はここの店長、城木司。初めまして」
にこやかにそう言った彼を見て、彼女は驚いた。
自分と同い年くらいの男の子が、店長をやっているなんて。しかもこんなに……こんなに怪しい店の。そう思った後、その怪しい店に一人で来ている自分も自分か、と一人で思った。
そして、ここに来た目的を話すため、彼女は早口で言った。
「ねぇ、それ相応の礼って書いてあったけど、どれくらいあればいいの?」
「その様子だと、そのバッグにお金が入っているみたいだね」
彼はにやりと笑い、彼女が持っている大きなバッグを顎で指し示した。
「そうよ!ねぇ、どれくらい?」
急かすように彼女は言う。自分の口座からできるだけ下ろしてきたのだ。足りないと言われたらどうしよう、と不安になる。
彼はバッグを見つめ、そして口を開いた。
「何を求めにきたのかによるね。さぁ、君は何をしてほしい?」
彼の質問に、彼女は少し戸惑う。何ておかしな依頼なのだろう、と自分でも思っていたからだ。
叶うはずがない。
ただ、この店の噂と評判を聞き、少しの希望があるならとここに来た。
「一昨日、お母さんが死んだの。お母さんを……生き返らせることはできる?」
「できるよ」
彼は、彼女の質問に即答した。怪しげな笑みでこちらを見ている彼。……いや、しかし目は合わない。彼女ではなく、彼女を透かした向こう側を見ているような。
しばらく何も言わなかった彼女に対し、疑われているのかな、と彼は呟いた。そして言った。
「できるよ。それをする前に一つ聞く。君の名前は?そして、そのお母さんの骨とかは今手元にあるのかな?」
彼女は慌ててバッグをあさり、小さな箱を取り出した。
「私は、藤山あやめ。骨ならあるわ、これよ」
箱を開けて見せる。ちらりとそれを見て、彼は一言、上出来だ、と言った。
彼は頷き、右手にはめていた黒い手袋を外した。
あやめは、目を疑った。彼の右手には、様々な字、呪いのような文字が書かれていたからだ。肌が見えないほど、手は黒い文字で埋め尽くされていた。
「さあ、今から君のお母さんを生き返らせる。そこで、だ。君の寿命を十年頂く。どうかな?」
背中に寒気が走った。寿命を、十年。
目を見開き、声にならない声をあげるあやめ。返答を待つ司。二分ほど、彼女は口を開かなかった。右手を開いたり閉じたりしていた司が、ふいにその手を止めた。
「どうする?」
答えを催促するその質問に、あやめは少し震えた声で答えた。
「いいわよ。だけど、絶対にお母さんは生き返るのよね?」
「あぁ、もちろん。そこは心配しなくてもいい」
断言する彼。手袋をつけたままの左手で、彼はあやめの持っていた箱を受け取る。それを机に置く。そして、右手であやめの手に触れた。
司は幼い頃、ある魔術師から呪いをかけられた。素手で人に触ると、その人の寿命を減らしたり増やしたりできること。死んだ人間の骨に触れれば、その人間を生き返らせることができた。減らす場合には、触れた人間の寿命を自分の寿命に加えるだけで済む。ただ、増やす場合には、犠牲が必要だった。十年増やすには、その時生きている人間の十年の寿命が必要だったのだ。
たった一瞬だった。司があやめの手、正確に言うと指先に触れた瞬間、体中から何かが吸い取られるような気分になった。貧血になったわけでもないし、頭痛がするわけでもない。ただ、何かを失った気が。
「気分はどう?」
そう聞かれ、我に返る。すでに彼は手袋をはめていた。
「別に、何ともないわ」
「そう、よかった」
人当たりの良さそうな顔で、彼は微笑んだ。そして、今度は左手の手袋を外した。やはり、黒い呪文のようなものが書かれていた。しかし、さっきと違ったのは、その文字が蠢いていたということ。まるで生き物のように、彼の手の上を這いまわっていた。
彼はその左手で、空に何かを描くように動かした。そして骨を持ち、それを睨みつけた。あやめは息をすることを忘れ、その光景をただ見ていた。
すると突然、店の奥の方で大きな音がした。何かが落ちたような、すごい音。
「な、何なの?」
「大丈夫、成功した証拠だよ」
彼は骨を元の箱に戻し、手袋をはめた。おいで、とあやめに言い、奥へ進んだ。木でできた分厚いドアを開けると、無機質な空間の真ん中に、人が倒れていた。そして、普段目を覚まして起き上がるように、その人間は上半身を起き上がらせた。
「お、おか、お母さん?」
「あやめ?あやめ、なの?」
あやめは自分の母親に、数日前死んでしまった母親に抱き着いた。その様子を見ていた司は、二人に近づいた。
「申し訳ありませんが、寿命は約十年です。しかし、次死ぬ前にあやめさんとあなたがこちらに来て頂ければ、伸ばすことができますよ」
微笑む彼に、訳が分からないという表情をするあやめの母親。しかしあやめは、今目の前の男がやったことに怯えず、立ち上がって言った。
「ありがとうございます!十年後、また来ますね」
笑顔でそう言う彼女を司は見つめた。未だ状況が分かっていない母親を連れ、あやめは店の出入り口へ向かった。
「では」
小さくお辞儀をするあやめに、微笑みを返す司。バタン、と閉められたドアをしばらく見つめ、彼は呟いた。
「僕はまた、独り。僕は神のはずなのに。何で。僕はまた、独りぼっち……」
他人の願いは叶えられるというのに、生死や寿命を操れる神のような力を持っているというのに。自分の素朴な願いすら叶えられないなんて。
なんて―――
怪しいお店ってどこにでもありますよね。
何か細くて暗い路地にぽつんとあるお店とか、開いてるのかどうか分からないけどお客さんはよく来ているようなお店とか。
普通は入らないですけど、好奇心とか、渇望する何かがあったりすると、人は入っちゃうんでしょうかね。
最後まで読んでいただきありがとうございます。精進します。