契約と対価
さて、状況を整理してみよう。目の前に笑い転げる虫けら(父)が一匹。そしてあり得ない存在のドラゴンが一匹。いや、一匹じゃなくて一頭になるのか?よくわからないが、ドラゴンがいる。そしてそのドラゴンは害を与えないと言いつつもついさっき舌で舐めてきたはずだ。っておい!食べる気満々じゃねぇか!つっても逃げれる気もしないから食べられるの待ちか。どうやらあの笑い転げている虫けら(父)が己の代わりの生贄として息子である俺を連れてきたっていう線が濃厚のようだな。うん、きっとそうだ。そういうことにしよう。というか、何の説明もせずに連れてきて笑い転げている父の姿は癇に障る。鉄拳制裁だ。いまだに笑い転げている父にそっと忍び寄ると少し強めに尻を蹴り上げた。ドゴッ!!!父は『ぐぉおっ』と声を漏らすと冗談のようにぶっ飛んだあと、ゴロゴロと転げ、10mほど先でようやく止まった。・・・・・。ん?えーっと。ん?人があんなに飛ぶの初めて見たんだけど。え、そんなに強く蹴ってないよね、俺?もしかしてヤバい?そう思って父に近づくと先ほどまでピクリとも動かなかった父が急に飛び上がり立ち上がると俺の両肩をガッシリ捕んで一言『ちょっっっっと、ひどく無いかな?とうさん、傷ついちゃったなー、え、大地君?』と不気味な笑顔で迫ってくる父の迫力に負け思わずごめんと謝る。
『いや、ほんと、ごめん。あんなに父さんが軽くなってると思わなくって。』
『違うからな!父さんが軽いんじゃなくて大地が強くなってんの!まぁ説明しなかった俺も悪いんだけどよ。』
とそこで静観していたドラゴンが口を開いた。
『人間の父子のやり取り、見ていて飽きはせぬがそろそろ話をさせてもらえるかのぅ?』
そこでこちら、というよりは俺のほうを向いたドラゴンは頷くと続けた。
『先ほどは怖い思いをさせてすまなかったのぅ、大地よ。まさか悟が何も伝えていないとは思わなんだ。そもそも、あのように指示したのは悟本人であったのでな。あのような事をしたのには理由があってのぅ。どこまで悟から聞いとるかのぅ?』
横に立つ親父をそっと見るとそっと視線を逸らされた。そのやり取りを見て察したドラゴンがなんとも残念そうな顔で父を見つめる。
『こ奴はいつもこんなでな。我も手を焼いておる。おぬしも苦労するな。こ奴と初めて会った時は小便をまき散らしておったでそれが悔しかったのじゃろうて。』
『てめっ、俺があったのは大地よりもっと若かったろうが!変な事伝えてんじゃねえ!』
予想外の事実を聞いた俺は隣の父を見ながらにやりとほくそ笑み、小声で煽る。
『よっ、小便パパ』
『ぐぬぬ・・・』
事実なのだろう、悔しそうだが何も言い返さない姿に少し優越感を感じた。
『まぁ、小便も気絶も大して変わらんじゃろうて。それよりも、先ほどの儀式のことじゃがの。あれは我との契約の儀式なのじゃ』
『え、儀式ですか?舐めるのが?あ、あと契約ってなんのでしょう?』
『そう構えんでもよい。話し方も悟に話すようなもので構わん。契約というのはの、我の能力の一部を使えるようになるというものじゃ。』
そこまでドラゴンが話したところで父も説明を始めた。
『まぁ、簡単に言うと強くなって特殊能力が使えるって感じだな。で、儀式ってのは体液の交換なのよ。』
・・・。タイエキノコウカン?ホワッツ?
『え、今なんて言った?』
俺のリアクションを見ると父はさも当然のように、一方ドラゴンは意外そうにする。
『な、こういう反応になるって言っただろ?』
『ううむ、人間は些細な事を気にするのぅ』
『大地がこういう反応すんのわかってたからよ、コイツにいきなり舐めさせたんだよ。舐めたときにコイツと大地の唾液が交換されたってわけよ。意識的に交換するよりずっとマシだったろ?』
衝撃の事実に唖然とする。ドラゴンとディープキスしたって事かよ!確かに意識しての方がハードルが高い気がするけど。。。
『とにかくよ、契約が済んだからさっき俺がぶっ飛ばされたって事だ。最初は力加減が難しいだろうがすぐに慣れるから心配すんな!因みにこの契約この世界の中だけしか影響ねぇから日本に帰って格闘家とかなれねぇからな』
くっ、ウハウハライフは出来ねぇって事か。内心、これで金稼ぎ放題じゃんと思ってしまっていたのでがっかりしたが、さすがは俺の父。お見通しらしい。ニヤニヤしながら囁いた。
『あくまで日本ではの話で合ってここでは無双できるぞ、我が息子よ』
思わず父と硬い握手を交わす。そんな二人のやり取りに冷たい視線を向けるドラゴン。我の力はそんなことの為に与えるのではないと言わんばかりの表情だ。いや、正直ドラゴンの表情、よくわからんけど。
『その能力については悟から詳しく聞くがよい。我からは2つ、伝えねばならぬことがある。まずは一つ目、この契約の対価じゃ。』
『え、対価ですか?』
『我に敬語は不要といったはずじゃ。』
『あ、はい、それじゃ、対価って何なの?』
『贄じゃな』
『え?にえ?生贄のことでございますか?』
予想外の言葉に思わず怪しい敬語に戻る。
『こらこら、勘違いさせんなよ!メシのことだ、メシ!別に生贄じゃねーだろ!コイツにうまい飯を定期的に作ってやるってことだ。』
父のフォローで贄の意味を理解した俺は気になったことを聞いてみる。
『メシくらい作るけど、どんなのとかあるの?リクエスト的な奴。』
『なんでも構わんぞ。うまいものならば。こちらの世界に滞在している間に数回用意してくれればよい。』
『数回?数回って言ってもなぁ。頻度的なやつは?』
『なに、気が向いたらでよい。我は人間と違い長く生きておるでの。ただし、我に贄を用意せずに元の世界に帰った場合、契約は切れるがの。』
『了解、で、二つ目は?』
『そうじゃの、使える能力の選択じゃ。』
使える能力?おっ、やっぱり異世界、魔法的な奴?ちょっとテンション上がるんだけど。と思っていると案の定父が横でニヤついている。わかる、わかるぞー、大地という視線が痛い。
『いくつかあるでの、その中から二つ選ぶがよい。これは一度選ぶと変えることはできんゆえ、慎重にの。』
そういうと頭の中に様々な能力が浮かんでくる。なるほど、この中から選ぶと。いいねいいねぇ、俄然やる気が出てきたぜ、異世界!