え、もう行くの?異世界
遠い目をして虚ろな表情の父とその父をしどろもどろになりながら取りなす母。一体何なのよこの状態は。とはいえ、このままじゃいけないと思い一応のフォローを入れておく。
「いやさ、確かに異世界行くような仕事なんて想像もしなかったけど、それでも、悪いことしてるなんて思った事なかったよ?商店街や街の人達から悟さんの息子だなんだって良くしてもらうたびに父さん、すげーんだなって子供心に感じてたし。」
焦点を取り戻した父さんは、小声でスゲーか、そうだよな。などと呟くと先ほどの態度が嘘のように上機嫌になる。
「まぁな、大地が憧れるのも無理はねぇよ。何てったって、溢れんばかりの人望と実力を兼ね備えた漢、青葉悟だからな!そうかそうか、やっぱ俺の凄さは隠しきれねーよな!」
いや、そこまでではと言い返そうとするも母さんの鋭い目線に黙殺される。このままでいいのよ大地、面倒くさくなるようなことは言わないでと笑顔の奥にある有無を言わせないプレッシャーに負け、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「でもよ、異世界に行ったら大地もっとビビると思うぜ!何てったって、なぁ。」
「そうね、きっと大地びっくりすると思うわ。」
「じゃあ行ってみたいな、異世界。」
ここは母に乗っかって父さんを調子に乗せる作戦でいくと決めた俺は興味を示す一言を発する。
「だよな!そうだよな!じゃ、今から行くか!異世界!」
「そうね、一度連れて行けば全て解決よ。行ってきたらいいじゃない。」
「は?」
めんどくさいからって切り離しやがったな母さん。母さんに嵌められた感を感じつつ、そんなすぐに行けると思わなかった俺は間抜けな声をあげた。なんでも異世界に行くには特に準備はいらないとの事らしい。いつもは母さんに弁当を作ってもらっているがせっかく俺を連れて行くんだから現地のものを食べさせたいとのことでそれも要らない。つまり、手ぶらで問題ないとのこと。季節も特に変わらないらしく、服装も気にしなくていいとのこと。というより、異世界では異世界の服を着るから用意はいらないとのことだった。
「じゃ、行くか!」
テンションの高い父はソファーを立ち上がると使われていない客間へと向かった。もしかしてこの部屋で魔法陣のようなものが光り出したりするのだろうか。そんなことを考えているとおもむろに父さんがしゃがみ込んで右手を地面へそっと置く。そしてこちらを振り返る。
「あ、やっぱり魔法陣が光り出したりすると思った?なわけねーじゃん、大地ってば夢見がち。」
ぐっ!図星なだけにニヤニヤしながらからかってくる父さんには何も言い返せない。なのでせめてもの抵抗と冷たい目で先を促す。すると、畳を一枚外した場所にさらに金属の扉が現れた。その先には地下へと繋がる階段が。階段を下る父さんの後をついていくとそこにあったのは何の変哲も無い古びた木製の扉だった。
後ろにいる俺を振り返ると父さんはニヤリと笑い、この先が大冒険の始まりだとドアノブに手をかける。
「母さーん、じゃあいってくるわ。」
上に向かって父さんが声をかけると下を覗き込みながらはーい、気をつけてねぇと返事が返ってくる。
「じゃ、いくぞ。心の準備はいいか?」
こちらが返事をする前にドアノブが回された。ガチャリ。そこには黒い渦のような空間が見えた。ブラックホールのような、黒い渦。え、まじかと思っている間も無く父さんが付いて来いと入っていく。恐る恐るついていき、遂にはその渦に飲み込まれた。
今思えば、信じきれていなかったと思う。異世界というものを。軽い悪ふざけだという気持ちもあったんだろう。そして父さんがいるからと甘く見ていた。だから、次に見た光景に咄嗟に対応が出来なかった。