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その愛を覚えてる  作者: 桃花の宮
第一章 こちらの世界
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七話 繋がる思い

グリーン車両に乗り込むと、さすがにゆとりを感じる。

普通席の時は隣に体格のいい人が座ると、こちらまで圧迫感で息苦しさを覚えるが、ここではそんなことはないらしい。

私はお手洗いに立ちやすいように通路側の席にしてもらった。

アレクは初めての新幹線で景色を楽しみたいだろうから窓側の席がちょうどよく、お互い快適だ。

私のスマホを片手で操作して新幹線の仕組みを調べながら、彼はその反対側の手をひじ掛けに置いている私の手の甲に被せるようにして親指で器用に撫でてくる。

お互いに好きだとか愛しているだとかはっきりとした言葉で伝えたことはないけれど、繋がっている気持があることをわかっていた。


京都に降り立ち駅のロッカーに大きな荷物を預けると観光開始だ。

初日の今日は伏見稲荷大社、三十三間堂、清水寺の定番コースを周る予定でいる。

アレクはもちろん、私ももう一度訪れたいと思っていた場所だ。

彼は腕を曲げ私に向けて肘を少し出してきた。

すぐには意味が分からず戸惑う。


「どうぞ?」


見上げた彼は優しい目をして誘ってくる。

ああ、エスコートだ。

まるで私をどこかのお姫様のように扱ってくれようとしている。

こんなのはじめてだ。

アレクは本気で私に楽しんでほしいと思っているらしい。

私は嬉しいやら気恥ずかしいやらで頬が染まっていく。

いつもは旅行ならパンツスタイルが多い私だけど、今回はワンピースを選んであった。

動きやすさも大事だけど、アレクの前で綺麗でいたいと思ったから。

それを見透かされたようで恥ずかしい。

でもわかってもらえて嬉しい。


「ありがとう」


彼の腕に私の手をそっとのせて、私の中で一番良いと思える笑顔を見せた。




伏見稲荷の千本鳥居は圧巻だった。

アレクは雰囲気を堪能するように静かに歩いていた。

私はというと、私たちの後ろを歩く年配夫婦の旦那様が伏見稲荷について語る蘊蓄にこっそり耳を傾けていた。

横から視線を感じて見上げるとアレクがこちらを見ていた。

アイスブルーの瞳が笑いをたたえている。

私の耳元で「なかなか為になるな」と呟いた。

彼も聞き耳を立てていたのかと思うと可笑しくて吹き出しそうになってしまった。


途中で〝おもかる石”なるものが出てきたが、それも例の旦那様のおかげで内容はわかっている。

その石を持ち上げてみて、自分が想像していたより軽ければ願いが叶い、想像より重ければ願いは叶わないらしい。

試しにアレクと二人で持ち上げてみる。

ほとんどアレクが持ち上げてしまい私は手を添えているだけの状態だ。


「思ったより軽かったな?」


アレクが首をかしげて問いかけてくる。

揶揄いを含んだまなざしは、きっとわざとに違いない。

おかげで私は石の重さをまったく感じなかった。

だって彼が私の分まで持ち上げてしまったんだから。


「ええ。きっと私の願いはアレクが叶えてくれるって思うことにするわ」


私の言葉にアレクは二度ほど瞬きをしたあと、嬉しそうに左の口角を上げて「喜んで」と応じた。



それから三十三間堂では千体仏の中から自分に似た顔を探し、清水寺では造りや風景を楽しみ、行き帰りの道のりも雰囲気があり、気になるお店を覘きつつ歩いた。

お弁当が初めてなアレクはランチの懐石弁当を見て「色彩と配置が芸術的だ」と喜んでいたし、お茶所で食べたわらび餅には微妙な顔をして「不思議だ」とこぼした。

私はそんなアレクを見て笑い、この旅行を満喫していた。



京都駅まで荷物を取りに戻り、疲れていたためタクシーで旅館に向かった。

こじんまりとした旅館は上品で趣深い佇まいを見せている。

高級な雰囲気にのまれやすい私は早くも怖気づいていたが、はじめてのはずのアレクは何故か慣れた様子で私の背を押し門をくぐった。

女将や仲居さんの挨拶に完璧な笑みで鷹揚に頷きながら答える様は、彼が本当に異世界では侯爵という地位にいたことを思わせるものだった。

いつもの笑みを知っている私からしたら冷たく感じられるそれは仲居さんの案内が終わり部屋に二人きりになるまで続いた。


「美味しいお茶だね」


仲居さんが入れてくれたお茶を飲みながら努めて明るく声をかけた。

いつものアレクに戻ってくれますようにと。


「ここは和室というのか?畳の上に座るのは初めてだ。部屋にいるのにピクニックをしている気分だ」


お茶を手に取り頬を緩めた彼を見てほっとした。

もういつもの彼だ。

彼は身分制がここよりもはっきりとした世界で生きていたのだし、自分の領域の中に入れる者とそうでない者とをきっちり区別しているのかもしれない。

今の態度からして私は彼の近い場所に置かれているとわかる。

それがなんだか照れくさくて嬉しい。



入浴後、浴衣に着替えたアレクはヒラヒラして心もとないと言って不満そうだったが意外と似合っていると思う。

色気三割増しだ。

夕飯は仲居さんがその都度運んできてくれ、またアレクの雰囲気が冷たくなるのではないかと心配したが大丈夫だった。

仲居さんは空気扱いでその存在を気にしていないようだ。

それはそれで申し訳ない気がしたが、彼が機嫌よく過ごせているのならまあいいかと思えた。

日本酒を飲んで少し上気した頬でゆったりと座る彼はもう目の毒だ。

さらに色気が増している。


食事がすべて下げられ、隣り合った布団が用意された。

いつもは同じベッドで寝ているのに、敷かれた二組の布団が生々しくて目を泳がせる。

先ほどからアレクの視線を痛いほど感じているが、ここで目を合わせたら負ける気がする。

なんに負けるって、雰囲気に。

いいと思っているし、そうなりたいと思っている。

なんなら勝負下着も付けている。

だけどアレクの色気にあてられて身動きができない。


「ユリエ」


いつの間にか私の背後に回っていた彼は、私の首筋に熱い呼気を落としながらそっと唇を押し当てた。

どくんと大きく心臓が鳴る。

首筋にあたる熱に浮かされる前に、私は了承の思いを込めて頷いた。


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