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その愛を覚えてる  作者: 桃花の宮
第一章 こちらの世界
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六話 信頼

8時ちょうど。

新横浜駅のホームはビジネスマンと夏休み中の旅行客とで賑わっていた。

私たちが待つホームに新大阪方面行ののぞみが滑り込んでくる様をアレクは食い入るように見ている。

無言の彼が高揚しているのはその目を見ればすぐにわかった。

そして実は私も興奮している。

今回の旅は私にとっても初めてのことが多いのだ。

まずは新幹線。

今まで何度も乗ったことがあるのは普通席だ。

でも今回はグリーン席で優雅な旅を始めるのだ。



アレクが旅行に誘ってくれた後、すぐに観光地を色々ネットで検索したら、彼が一番興味を示したのは京都だった。

私は過去に2度京都に行ったことがあるが、その度にまだ周り足りないと思っていたので、今回の行き先はすぐに京都に決まった。

それから新幹線や旅館を手配したのだが、もともと人気の観光地であり、さらに夏休み中ということでなかなか厳しかった。

でも妥協はしたくない。

アレクとの初めての旅行だし、なにより彼から誘ってくれた旅行だから。

あの時彼はこう言ったのだ。

「あなたの楽しめることをしたい」と。

だから私が最高に楽しい気分でいられるように食事をする場所や旅館、新幹線の座席までコレが良いと思えるものを選んだのだ。


この旅行はアレクから私へのプレゼントだ。

つまり旅行費用は彼が負担するということだ。

それを考えれば、私の希望通りの選択をすることはかなりの我儘に思えた。

私の好みを優先したがその中で彼の好みそうなものも考慮したつもりだし、意識して高級なものを選んだわけではない。

だけど結果的に普段私がする旅行よりも高価な内容になった。

申し訳ないと思う気持ち、我儘な奴だ、無遠慮な奴だと思われないかという不安な気持ち。

それらを感じながらも、「あなたの楽しめることをしたい」と言ってくれたアレクの気持ちと、それを嬉しいと感じた自分の気持ちを信じてみたかった。


ネットで候補に挙げた場所のホームページや写真を見せながら提案してみると、アレクは「いいんじゃないか」と頷いてくれた。

不快感や呆れが浮かんでいないかとパソコンの画面を見る彼の顔をそっと覗いてみれば、意外にも嬉しそうに目を細めていた。



さすがに素敵だと思える旅館はどこも満室で困り果てたが、京都好きで月に一度は必ず行っているという同僚のことを思い出した。

毎月の旅費に給料のほとんどをつぎ込んでいるという彼女なら穴場を知っているかもしれない。

ただ、とくに親しくしているわけでもない彼女にプライベートのことで話しかけるのは勇気がいった。

世間話ならともかく、彼と旅行するのに宿が見つからないから紹介してほしいなど、馴れ馴れしい気がする。

でも他に打開策を思いつかない私はお昼休みに思い切って声をかけた。

彼女ははじめこそ驚いた顔をしていたものの、すぐに候補をいくつか挙げスマホで旅館の写真を見せてくれた。

私が気に入ったと伝えると、その場で旅館に連絡してくれた。

予約が取れた宿とキャンセル待ちを入れた宿があったが、それも彼女のよしみで空きが出たら一番に連絡をくれるとのことだった。

ほかにもお勧めのお店を教えてくれる彼女はとても楽しげだ。

馴れ馴れしいと思われないかとヒヤヒヤしたが、彼女は旅先に京都を選んだ私に親しみを覚えてくれたようで終始ご機嫌だった。

それから三日後に旅館から空きが出たと連絡があり、無事に宿をとることが出来たのだった。



いつもの私はこういうプライベートのことを他人に頼ったりはしない。

自分で調べて、自分で出来るかぎりやって、駄目なら諦める。

このスタイルが当たり前だった。

自分に自信があるから頼らないのではなく、その逆で自信がないからこそ頼れないのだ。

他人に頼って受け入れてもらえなかったらどうしようという不安。

誰かに頼って快く助けてもらえるほどの人徳は私にはないという思い。

面倒くさい奴だと思われて嫌われたくない。

そしてもし助けてもらったとしても、自分は相手に返せるほどの何かを持っていない。

ちょっと頼みごとをするだけでもこんなことを思って怖くなり、自分でやろうとしてしまうのだ。


今回の旅行はそんな自分から抜け出すきっかけとなった。

私の気持ちを大切にしたかったから。

アレクが私に向けてくれた気持ちを大切にしたかったから。

それが勇気となって、頼ってみたし我儘を言ってみたら、嬉しそうにされた。

アレクにも同僚の彼女にも何の見返りもないのに。

特に何も持っていない私の頼みを受け入れてくれた。

ギブアンドテイクではない。

ただそうすることが彼にとって彼女にとって楽しいから、助けてくれたのだとわかる。

もし頼って断られることがあったなら、それは私のことを嫌いだったり認めていなかったりするのではなく、ただ頼まれた内容が彼らにとって面白くなかったから。

ただそれだけのことなのかもしれない。

そう思い至ると心が軽くなった。


頼ることは信じることかもしれない。

私は誰かに頼ってもいいと信じること。

受け入れられても受け入れられなくても、私の価値は変わらないと信じること。



アレクと暮らしてから私は自分の感情に敏感になった。

彼がそう意図したわけではないけれど、私は自分の気持ちに向き合うようになったのだ。


「あなたの楽しめることをしたい」という彼の言葉を信じた私。

そして自分のこうしたいという気持ちを大切にして我儘とも思える要望を出し彼に頼った私。

そんな私を嬉しそうに受け入れた彼。


彼もまた私を信じていたのかもしれない。

彼の言葉通りの気持ちを私が受け入れることを。


私たちはお互いに信じて頼って、気付かぬうちに信頼関係を築いていた。





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