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その愛を覚えてる  作者: 桃花の宮
第二章 あちらの世界
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四十話 二人を繋ぐもの

初めてラルフたちの両親に会うということで百合恵は緊張半分、好奇心半分といった心境で本館での夕食に臨んだ。

ラルフと並んで席に着いた百合恵の向かいに両親が着席している。

グランヴィル侯爵家の主人としてアレクが互いの紹介をしてくれた。


「ラルフの婚約者のユリエ・ワタヤだ。ユリと呼んでやってくれ。ユリ、父のアダルバートと母のローザだ」

「初めまして、ユリ。ラルフから手紙をもらったときは驚いたが、君に会える日を楽しみにしていた。歓迎するよ」

「ユリさん、よくいらしてくれたわね。主人と指折り数えて待っていたのよ。これからの日々を寛いで過ごしてちょうだいね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


父アダルバートはどことなくラルフに似た印象を受ける柔らかい雰囲気の持ち主だった。

母ローザは体が弱いと聞いていたが、儚げな感じがしないのは凛とした美しい顔立ちのためだろうか。

ラルフが手紙に何と書いたかはわからないが、二人は百合恵を好意的に受け入れてくれたので、ひとまず夕食が喉を通らない事態にはならなそうだと百合恵は安堵した。

互いの近況を報告しながら和やかに食事は進んでいく。

ラルフが婚約者とともに帰ってきたということで百合恵への両親の関心は高いはずだが、過度の質問はなく時折百合恵に話題を振りながら気を遣ってもらっていることがわかる。

領地の様子やラルフたちの子供の頃の話を交えながら談笑し、デザートが運ばれてきたときには随分打ち解けた雰囲気になっていた。


「それにしてもラルフが心から愛する人を見つけてくれて嬉しいよ。息子たちは容姿は良いが恋愛下手でね。二人とも愛想笑いはするが目が笑ってないのに、群がる女性たちはみんな気が付かなくてね。それがまた二人を冷めた気分にさせるんだろうね。遊びはするが本気になる様子は見えなかったから、これはもう女性を諦めて男色に走っても仕方がないとローザと話していたんだよ」


父親の言葉に二人の息子は同時にむせ返った。

百合恵はなんと言っていいかわからず、取り敢えず咳きこんでいるラルフの背を撫でてやった。

アレクは咳をしながらも父親を睨んでいる。


「アダル、ユリさんの前でそんなことを言わないで。大丈夫よ、ユリさん。遊んでいたと言ってもたまにだし、理解ある相手を選んでいたようだから今になって揉めるなんてことにはならないはずよ」

「はあ・・・」


微妙なフォローの言葉をかけてきたローザに、曖昧な返事をしながら百合恵は一度だけ行った夜会を思い出していた。

あのときラルフに声を掛けてきた妖艶な女性は、その理解ある遊び相手だったのだろうか。

百合恵が気付かなかっただけでアレクのそういう相手もあの場にいたのかもしれない。

あの夜会会場は実は伏魔殿だったのではないかと思うと、百合恵はあのとき何も知らなくて良かったと思った。

知っていたらご婦人方の視線に胃を痛めていたに違いない。

そんなことを考えている百合恵に横から二つの視線が突き刺さる。

アレクとラルフが何やら必死に百合恵を見つめていた。


「ユリィ。なにか色々と想像したみたいだけど、ユリィに知られて困るようなことは何にもないからね」

「妙な誤解はしないでもらいたい」


こういう時の男性の発言は話半分で聞いていたほうがいいと思いながらも、過去のことをとやかく言う気はない百合恵は頷いておくことにした。


「ユリさん、そろそろあちらのサロンに移ってお茶を飲みましょう。ソファのほうがゆったりできるわ」

「はい」


ローズの誘いに頷き百合恵が席を立つと、ラルフが抗議するような声を上げた。


「母さん、ユリィに余計なことを言わないでよ」

「ユリさんにグランヴィル家の女としての心得をお伝えするだけよ」

「そんなものがあったの?」

「ええ、そうよ。幸せな結婚生活のためにね」

「もしかしてその心得とやらに基づいて父さんに発狂する芝居を示唆したんじゃない?」

「あら、そんなこともあったわね」

「もういいよ・・・。ユリィ、少し付き合ってあげてくれる?こちらの話が終わったらすぐに迎えに行くから」

「もちろん」


心配性のラルフににっこりと頷き、百合恵はローザの後に付いてサロンに移動した。

花柄のソファに腰掛け、ティーカップを傾け優雅にお茶を飲むローザの姿は美しく、アレクを見ているようだと百合恵は思った。

百合恵の視線に気付いたローザは微笑みながらカップをテーブルに戻した。


「さっきはラルフに聞かれて大袈裟に言ったのだけど、心得というほどのものではなくて、ただの私の思いつきなの。だから私の独り言だと思って楽に聞いてちょうだい」

「はい」

「私は結婚した当初は、結婚生活に一番大切なことは相手への思いやりだと思っていたの。今まで別々に暮らしていた二人が一緒になるわけだから、相手のことを常に考えるようにすることが上手くいく秘訣だと思っていたのよ」

「違うんですか?私もそうだと思ってました」

「でもずっとそうだと辛くなるのよ。相手の顔色を窺うばかりの生活は窮屈で、不満ばかりに目が行くようになるの。相手に尽くした後に自分の思うような反応がないと、私はこんなにあなたのことを考えてるのに、どうしてあなたはそうなのって思ってばかり」

「わかります、その感じ」

「それで気が付いたの。結婚生活で大切なのは相手ではなくて自分のことだって。それからは私が幸せを感じるにはどうしたらいいかを考えるようにしたの。少しずつ自分のことを優先するようにしたの。我儘になってみたのよ。私はこれが好きなの、それは嫌なの、こうしたいのっていつも伝えるようにしたの」

「私、自分の気持ちを大切にするっていうのはラルフと一緒にいて少しずつ出来るようになってきたんです。だけどやっぱり嫌われないか、怒らせてしまうんじゃないかって怖くて。伝える相手が大切な人だから余計に・・・」

「私もそうだったわ。初めは言いやすい食事の好みから伝えたのよ。グランヴィル侯爵家に嫁いだんだから合わせなきゃと思ってそれまでは我慢してたの。でも言ってみたら彼は嬉しそうだったの。私が幸せそうにしているのを見て、彼自身の力で私を幸せにしてるって実感出来るみたいで、とても喜ぶの。だから私は大切な人ほど本音を伝えるようにしたの。見栄や建前じゃなく、第二希望ですらない、私の一番本当の気持ちをね」


ローザの話が嘘ではないとわかる幸せに輝いた笑顔を見て、百合恵は自分もそうありたいと願った。

ラルフはきっと百合恵が我儘な本音を伝えたとしても、頭ごなしに否定したりはしないだろう。

その希望が叶えられるかどうがは別として、ラルフなら百合恵の気持ちを受け止めてくれるだろうと信じている。

それなのに正直な本音を語ることを怯えるのは、ラルフを信じていないからではなく、自分を信じていないからなのかもしれない。

本音を曝してもラルフに受け入れられる自分であると、自分自身を信じること。

今すぐに自信を持つことはできなくても、ローザが言っていたように少しずつでもやっていけば、いずれは自信も付くだろう。

そうやってお互いの信頼を深めていければいいと百合恵は思った。


「なるほどね。それで母さんは父さんに寂しかったら発狂するフリをして領地に帰って来いと言ったの?」


どこから話を聞いていたのか、いつの間にかやって来たラルフは百合恵の後ろに立ち、面白がるように母親に質問を投げかけた。


「いいえ。あの時は『私が寂しいのになんで居ないの?!私の相手が出来ないなら王都で狂ってしまえ!』という手紙を出しただけよ。まさか王宮でそんな芝居をするなんて思わなくて、あとで聞いて笑ったものよ」

「余計にひどい気がするんだけど・・・」


聞かなければ良かったと肩を落とすラルフを見ながら、ローザの本音の凄さに感心する百合恵だった。

ローザにお休みの挨拶をして、百合恵とラルフは東館へ戻ることにした。

百合恵の部屋の前まで来ると二人は自然と向き合い、ラルフは百合恵の髪に手を伸ばす。

何度か百合恵の髪を梳いた後、ラルフは口を開いた。


「ユリィが暴言でもなんでも俺にその気持ちを見せてくれるのなら、俺はちゃんと受け取るよ。さっき母さんの話を聞いた時は酷いと思ったけど、もしユリィから同じことを言われたらって考えると、俺も父さんと同じことをやりそうだと思ったよ」

「ラルフ・・・」

「少しずつでいいんだ。これからも二人で色々な思いを感じていこう」

「うん、ありがとう」


ラルフから降ってきたお休みのキスが名残惜し気に離れたところで、百合恵は部屋へ入った。






翌日からは結婚式の準備、新居となる東館の家具選び、庭のデザインの見直しなど、やることは沢山あった。

とくにウェディングドレスはオーダーメイドのため、デザインから生地や装飾品選びにも時間がかかった。

百合恵はここでローザの教え通り、自分の本音を言えるかを何度も試された。

せっかく取り揃えられたドレスデザインの見本には百合恵の好みにぴったりのものがなかったとき。

ラルフが取り寄せてくれた生地の中には百合恵の肌に合う白色が見つからなかったとき。

百合恵が楽しみにしていた東館のテラスの椅子が好きな形ではなかったとき。

植えられた大輪の花よりも小さな花を増やしてもらいたいと思ったとき。

みんなが自分のために動いているのに、今日は疲れて休みたいと思ったとき。

たまにはラルフと二人きりで食事をしたいと思ったとき。

すぐには気持ちを伝えられず一日中悩んだり、伝えた後に罪悪感に苛まれたり、結局言えずに落ち込んだり、そうかと思えば勢いに任せて伝えることが出来たり。

ラルフは宣言通り、そんな百合恵を見守り、受け止めてくれた。

たまに困った顔や残念そうな顔をするときもあったが、最後には必ず百合恵を安心させる笑顔を見せて状況を説明してくれる。

そうやって二人を繋ぐ信頼の糸を紡いでいった。





式まであとひと月を切った頃、百合恵とラルフはテラスでお茶を楽しんでいた。

そこに仕事先から急ぎの手紙が入り、返信のためラルフは一旦席を離れた。

残された百合恵は一人、自分好みに整えられた庭を見ながら静かに過ごしていた。

そこにアレクがやって来た。


「ラルフはどうした?」

「アレク様・・・。彼なら仕事先へ手紙を書くために部屋に戻りましたよ」

「そうか」

「どうぞ、お掛けになって」

「いや、構わない」


アレクはたまにこうしてラルフたちの様子を見に来るが、ラルフが居ないときは長居はせずすぐに戻ってしまうのだ。

アレクは立ったまま庭を眺めていた。


「こういう庭が好みだったのか」

「ご・・・」

「ん?」

「いえ」


百合恵はつい勝手に変えてごめんなさいと謝りそうになった。

百合恵が庭に小さい花を増やしたいとラルフに伝えたときも、ごめんなさいと言ったのだ。

せっかく完成している庭を変えるような希望を出してごめんなさいと。

だがラルフは謝る必要はないと言った。

自分の好みを伝えているだけ、希望を言っているだけだから謝る必要はないと言ってくれた。

謝罪は望んでいない、その代り希望を叶えられたときは思いっきり喜んでもらいたいと言ってくれたのだ。

アレクに対しても、侯爵家の庭を勝手にいじって申し訳ないと言うところだった。


「小さい花がたくさんあるほうが和むから好きなんです。我儘を聞いてもらえたおかげで、ここでお茶をするのが毎回楽しみになりました」

「良い庭になったな。・・・ほかに困っていることはないか?」

「いえ、今は特に。私は希望を言うだけなので、困っているのはむしろラルフのほうだと思います」

「そうか。ユリの願いを叶えるのはラルフの役目だったな・・・」

「アレク様・・・?」

「いや、邪魔したな」


そう言って去っていくアレクの横顔が切ないものに思えた百合恵は、その後姿に思わず声を掛けてしまった。


「アレク様!あの・・・次はお茶を飲みにいらしてくださいね」


その言葉に片手を上げて答えたアレクを百合恵は心配しながら見送った。

その様子を戻ってきたラルフが部屋の中から見ていたとも知らず。

ラルフが翡翠の瞳に切なさを浮かべたのは短い間で、部屋からテラスへ出たときにはその想いはもう消えていた。


「ユリィ、お待たせ」

「お疲れさま、ラルフ」


甘く百合恵の名を呼べば、同じように愛情をもって返してくれる。

ラルフは百合恵の瞳に浮かぶ想いを信じた。



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