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その愛を覚えてる  作者: 桃花の宮
第二章 あちらの世界
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二十五話 鏡に映るもの

夜会当日、その会場となるクレイニー公爵邸に足を踏み入れた百合恵は、その煌びやかさに圧倒された。

豪華な装飾を施された室内に眩いばかりのシャンデリアがいくつも吊るされており、美しく着飾った男女が溢れている様は、まるで物語の世界のようだ。

興奮と緊張の波にのまれた百合恵は思わずエスコートのために手を添えていたアレクの腕を強く握ってしまった。


「先ほど話した通りにすれば大丈夫だ」

「・・・はい」

「俺たちどちらかが側にいるから心配ないよ」


百合恵の隣のアレクも、すぐ後ろに立っていたラルフも彼女を安心させるように声をかけた。

ここに来るまでの馬車の中で、会話の受け答えはアレクかラルフがするから百合恵は隣で笑顔を作っていればいいと言われていた。

百合恵のいた世界でそんなことを女性に言えば馬鹿にしていると睨まれそうな発言だが、今の百合恵には気分を楽にさせてくれる有り難い言葉だ。

普通に生きていたら体験出来ない世界なのだから楽しもうと腹を括り、百合恵は笑顔を作った。

それを合図にアレクたちは今宵の主催者である公爵夫妻に挨拶するため歩き出した。


「ご婦人方のざわめきが大きくなったと思ったら、やはり君たちだったか」

「クレイニー公爵、本日はお招きありがとうございます」

「いらしてくださって嬉しいわ、グランヴィル侯。今宵は珍しいわね?」


白髪混じりの髪に口ひげがダンディな公爵と言葉を交わすと、隣にいた少しふくよかな公爵夫人が百合恵に興味を示した。


「弟がお世話になっております異国のご令嬢で、当家でお預かりしておりますユリ・ワタヤです」


アレクの言葉に合わせて百合恵が腰を落とし礼をとった。

それをアレクとラルフが優しげな視線で見守っている。


「エキゾチックで美しい方ね。お二人とも随分と大事になさっているご様子ね」

「はい。当家にとって大切な方ですので」


続いてラルフが二・三言言葉を交わして公爵夫妻との挨拶は終わった。

百合恵はそれまでの会話を笑顔で聞き流しながら、上手いこと言うものだと感心していた。

百合恵をグランヴィル家にとっての大切な人という言い回しで紹介し、私的な関係なのか仕事上の付き合いなのか、もし私的なら相手はアレクなのかラルフなのか、どちらともとれる発言だ。

どちらにしろ彼らにとって大切な人物に変わりなく、侯爵の機嫌を損ねることを恐れて百合恵に対して強引な接触を図ることはできないだろう。

あとはアレクと仲良くしていれば周囲が勝手に誤解してくれるはずだ。

それにしても公爵夫人の言い回しも上手かったと百合恵は思う。

この国は彫りの深い顔立ちの人が多く、百合恵の様な平たい顔立ちはきっと美しい部類に入らないと百合恵は思っている。

それをエキゾチックと表現して褒めるとは、ものは言いようだなと公爵夫人の配慮に感謝した。


アレクたちの挨拶を遠巻きに聞き耳を立てていた人たちは、彼らに好奇の視線を投げかけていた。

アレクとラルフはその後数人と挨拶を交わし、百合恵を紹介する。

その隣で百合恵は社会人経験で培った愛想笑いを貼り付けていた。

途中でラルフが妖艶な貴婦人に捕まり離れてしまうと、百合恵はたくさんの女性の鋭い眼差しが自分に向けられていることに気づいた。

それまではラルフが壁となり、その視線から百合恵を守ってくれていたのだ。

アレクとラルフは夜会を情報交換の場であると言っていた。

貴族生活でもビジネス上でも人脈と情報は確かなものがほしい。

そのために参加していると言っていた二人だが、今回ラルフはその目的を放棄して百合恵の保護に回ろうとしているようだ。

百合恵はそのことに気づき、ラルフの相変わらずの心遣いに胸が温かくなった。


「ユリ、一曲踊ろうか」


紳士との会話を終えたアレクは百合恵の手を引きホールの中心へいざなった。


「顔を上げて私を見て。いつもと同じだ」


始まった曲はいつもウィルがヴァイオリンで弾いてくれた曲だった。

アレクは百合恵の緊張を和らげるために、百合恵が慣れている曲が流れるタイミングで誘ってくれたのだ。

それがわかり、百合恵は自然とアレクに微笑みを向けた。

周りを見ると緊張してしまうため、百合恵はアレクのアイスブルーの瞳だけを見つめて踊る。

いつも冷たく感じるその色は、今夜は静かに凪いでいて百合恵を落ち着かせてくれた。

アレクと見つめ合い踊る、夢のようなひとときを味わった。


「穴が開くかと思ったぞ」


曲が終わった後、珍しく揶揄うように目を細めて言うアレクに、百合恵は顔を朱に染め言い訳をしようとしたが出来なかった。

アレクは綺麗に弧を描く社交用の笑みを見せていたから。

百合恵が夢のようだと思っていた時間も、アレクにとっては社交の一部に過ぎなかったと気付いてしまった。

肩を落としている百合恵を見て踊り疲れたと思ったのか、アレクが飲み物を取りに行ってくれた。

アレクの後ろ姿を目で追っていると、彼はあっという間に三人の女性に取り囲まれた。

それぞれ美しく着飾ったご令嬢がアレクを上目遣いで見ながら話しかけている。

それに微笑を浮かべて対応するアレクは一見優しげだが、口元はあの完璧な社交用の笑みを貼り付けている。

ご令嬢方は気付かないのだろうか、頬を染めて熱心に話しかけていた。

それを見て百合恵は、あれは自分の姿だと思う。

アレクの態度に一喜一憂する自分は、あのご令嬢方と変わらない。

自分も彼女達と同じように、あの社交用の笑みしか向けてもらえないのだから。

百合恵はため息を噛み殺し、アレクの元へ足を進めようとした。

今夜の百合恵の役割はアレクの女避けなのだ。

本当は彼女達と変わらぬ立場であっても、それを隠しあたかも恋人に見えるように振る舞うのだ。

本来なら優越感を味わえる役所かもしれないが、今は虚しさしか感じない。

それでも傍目にはわからないように微笑を浮かべた。


「ユリ。そんなに頑張らないで」


突然横から声をかけられ振り向くと、ラルフが側まで来ていた。


「側を離れてごめんね。兄さんのところに行くんでしょう。一緒に行くよ」


ラルフは百合恵の背に手を置くとアレクのところまで連れて行った。

百合恵が何と声をかけようか迷っているうちにアレクの方が二人に気づいた。


「ラルフ、ユリ」

「兄さん、向こうでノートン卿が探していたよ」

「そうか。それではお嬢様方、私はこれで失礼させていただきます」

「ごきげんよう」


彼女達が百合恵に声をかける前にラルフは別れの挨拶をしアレクと共に百合恵を連れてその場を去った。


「助かったよ」

「いや、ユリのお陰だよ。今日はいつもより絡まれる人数が少ないね。ああ、そうだ。ノートン卿が兄さんと話したがっていたのは本当だよ」

「そうか、ちょうどいい。行ってこよう」

「ノートン卿と話すんだったらユリは一緒じゃなくてもいいよね。俺はユリを休ませておくよ」

「わかった」


アレクがノートン卿の元に無事辿り着いたのを見届けて、ラルフは百合恵を促しテラスから続く階段を降りて庭園の端にあるベンチに腰を下ろした。


「ユリ、嫌な思いをしなかった?」

「大丈夫です」

「そう?一瞬泣きそうな顔をしてなかった?」

「・・・お見通しですね」


どうやらラルフは離れている間も百合恵の様子を見ていたらしい。


「私とあのご令嬢達は似ているなぁと思ったんです」

「ユリと彼女達が?うーん、どんなところが?」

「アレクに気に入られようとして一生懸命なところとか。全く相手にされていないところとか。まるで鏡を見ているようで、すこし気が滅入ったんです。私が夢のように思えることも、アレクにとっては面倒なことなのかもしれないと思ったら、虚しくなってきちゃって」


これはただの愚痴だと百合恵にはわかっている。

でもラルフには思わず胸の内を零してしまう。

情けない百合恵を見てもラルフはいつも通り変わらないと知っているからだ。


「鏡ねぇ・・・。あんな娘たちを鏡にするくらいなら、俺を鏡にしてよ。ねえ、ユリ。俺の目に君はどう映ってる?」

「ラルフさん・・・」


ラルフは百合恵の頬に優しく手を添えて彼から目を逸らせないように固定した。

そのせいで百合恵は真っ直ぐにラルフの瞳を見つめることになった。

翡翠の瞳は優しく、でもその奥に熱を持って百合恵に愛しいと訴えかけるように揺れている。

それ以上見つめていると、その熱が百合恵にも移ってしまいそうで、百合恵は目を伏せ誤魔化した。


「わかりません」

「そう、残念。ユリは魅力的だって伝えてたんだけど」


ラルフが冗談めかして言ってくれたおかげで、百合恵は自分の中に芽生えたかもしれない感情から逃げることができた。

咄嗟に気付いてはいけないと思った。

ラルフの瞳に映った百合恵は、彼に好意を寄せているように見えたから。


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