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その愛を覚えてる  作者: 桃花の宮
第一章 こちらの世界
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二話 出会い2

あれからアレクシスさんとお互いの今までの生活を話し、異世界にあるイグレイン国から日本にトリップしたのに違いないと結論づけた。

見知らぬ世界で戻る方法も定かではない中、アレクシスさんは終始落ち着いている。

逆に私のほうが落ち着かなくて、気を紛らわせるように夕食の支度をしながら話しているというのに。

手の込んだ料理を作る気にもなれず、茹でる切る和えるの簡単な調理で終わるトマトとしらすのパスタを作っただけだけれど。


「これが庶民の味か」


失礼な奴だと思いつつも、おそらく初めてであろうパスタ料理を上品に食べている姿に、なんだか威厳のようなものを感じて文句は喉もとで消えて口からはでなかった。

元の世界へ戻れるまで私のうちで暮らすこと、こちらの世界に慣れるまでは一人で外に出ないことが夕食中に取り決められた。


「アレクシスさんって名前が長くて呼びづらいのでアレクさんと呼んでもいいですか」

「・・・馴れ馴れしいな」


目を細めてそう言った彼は使用人にはアレクシス様としか呼ばれたことがないという。

ここにきて彼の態度が淡泊だったのは身分制度がしっかり根付いた社会にいたせいだと知る。

私は使用人じゃないし、むしろこの部屋の家主だと強気に言い切って、強引にアレクさんと呼ぶことにした。


とりあえず、お風呂やトイレの使い方、電気の付け方、キッチンの使い方など日常生活に必要なことを説明していく。

驚きと好奇心に満ちた目で「どういう仕組みなんだ」と聞かれても、電気やガスの仕組みなんて説明できず「そういうものなんです」としか答えられない。

今まで冷静で淡々としていただけに、彼の関心に応えてあげたかったのに。

先ほどまで輝きていたアイスブルーの瞳ががすうっと温度を下げて落ち着きを取り戻す。

自分の知識の乏しさに罪悪感を覚えて「ごめんなさい」と呟いた。

彼は無表情のままだった。


異世界へ突然一人で来ちゃったのだから不安なはずなのに、それを見せないアレクさん。

私のことを使用人と同等くらいにしか思っていない彼は、自分の不安や弱さにつながる感情を見せたくないのだろうか。




「まあ、お風呂に入ってゆっくりしてください。私はその間にアレクさんの着替えを買ってきます」


父親が泊まりに来た時用のパジャマがあるなんてことはないのだ。

うちから徒歩5分のところにあるスーパーで、せめてパジャマと下着くらい用意せねば。


「夜に女性一人の外出は危ない」


ここにきて初めての優しさを垣間見せた彼を、明るいし人通りもそれなりにある道だからと無理やり納得させ、閉店間際の店に急いだ。

パジャマ代わりのTシャツとスウェットパンツ、下着を数着買って戻ると、ちょうどお風呂上がりでバスタオルを腰に巻いた彼が立っていた。

艶のあるブラウンの髪がしっとり濡れて、それを掻き上げる腕がたくましくて、思わず見とれつつも今買ってきたばかりの服のサイズが気になりだす。

まさか細マッチョだったとは・・・服着れるかな。


「アレクさん、ここに座ってください」


ズボンの丈が若干足りないことには目を瞑り服を着たアレクさんをソファに座らせ、濡れた髪にドライヤーをあてると、彼の肩がほんの少しだけ跳ねた。

ドライヤーの使い方を説明したものの上手くできそうにない彼に代わってやっているのだけれど、どうやら突然吹きだした熱風に驚いたらしい。

でもそのことをおくびにも出さず、なにも気にしてないような素振りを見せる彼の髪に指を通しながら思う。

彼はこのままでは辛いのではないかと。

異世界で、たった一人で、感情を出すこともせず。


「アレクさん、私の世界では身分の上下はほとんどないです。職場や学校での上下関係は確かにありますけど、だぶんアレクさんの世界ほどではないと思います。それにこの部屋には私とアレクさんの二人だけです。ここで身分は関係ありません」


何が言いたいんだと訝るように眉根を寄せている彼に、私の気持ちが伝わるようにゆっくりと指で髪をとかしながら言葉を紡ぐ。


「私はアレクさんのことを友人だと思って接することにします。あなたがどんなに身分が高い侯爵様でも。ここでは友人です。だからアレクさんもあなたが普段友達にするみたいに私に接してください。私にあなたの気持ちを見せてください」


ドライヤーをとめて今度はブラシで丁寧に彼の髪を梳かす。

痛いほどに真っ直ぐ私を見ている彼の目は、私の言葉の真意を探ろうとするかのよう。

こんな時のアイスブルーの瞳は怖いほどに冷たく、そしてどこか悲しげに見える。


「嬉しいときはもちろん、不安や悲しさも、あなたの感情を全部出してほしいんです。私はあなたの友人だから、あなたの気持ちに共感できるところは一緒に感じるし、理解できないときはただ聞いています。決して侮ったり貶めたりすることはありません」


ひたと見据えた冷たい色の瞳の中にわずかに揺らめいて見えるのは彼が隠したどんな感情だろうか。

ゆっくりと瞬きをした後の彼の表情には温度があった。


「よろしく、ユリエ」


彼からの了承の言葉。

侯爵という身分に合った矜持の高い彼を怒らせてしまうのではないかという不安にこわばった肩の力が抜け、次に沸き上がったのは自分の思いを酌んでくれた彼の優しさへの喜び。


「ありがとう!これからは友人だからタメ口でいくね、アレク!」

「・・・やっぱり馴れ馴れしいな」


彼はため息をこぼしたけど否定はせず受け入れた。

左の口端をくっと引き上げ苦笑しながら。






「なんか狭くてすみませんね」


仲良くなる兆しが見えたところで眠ることにしたのだけれど。

いかんせんうちは狭い。

ベッドは一つしかないのだ。

ソファがあるけど小さくて私が寝るのにも不十分なくらい。

そして床に寝る気もさらさらない、お互いに。

兄が結婚するときにいらなくなったからと言ってお下がりでもらったセミダブルのベッドは、一人だと広々と感じていたのに。

隣に190センチ近くあるんじゃないかと思われる細マッチョのアレクと並ぶと窮屈なことこの上ない。

アレクは「おやすみ」と言ったきりピクリとも動かず眠ってるんだか死んでるんだかわからない。

私はウトウトしながらも隣が気になり眠れない。

右に左にと寝返りを打とうにも彼にぶつかりそうで動けない。

彼はこんなに穏やかに寝ているのになんで私だけ意識しなければいけないのだ。

もう隣に誰が寝ていようと関係ない。

思う存分寝返りを打ちながら眠ってやる。

一度そう決めると気持ちが落ち着いてきたのか、うつらうつらしながら体を転がす。

彼の上に腕と足が乗っかったような気がしたが、もうどうでもいい。

むしろ冷房の効いた部屋でそのぬくもりは心地良い。

彼の腕を抱き枕代わりにして眠りに落ちていった。




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