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その愛を覚えてる  作者: 桃花の宮
第二章 あちらの世界
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十二話 冷たい瞳

入浴中、バスタブの底が抜け、お湯とともに落下した百合恵はそのまま気を失った。

その後目覚める直前まで、波に揺られる夢を見ているような感覚だった。

それはこれまでの疲れを癒す優しい揺らぎだったが、ふと温かいものが百合恵の体に触れたかと思うと突然消えてしまった。

途端に、それまで体重を感じないほど軽くなっていた体が急に重たくなり、百合恵は目を開けるのが億劫でこのまま眠ってしまいたいと思った。

そんな百合恵の目覚めを促すように、頭上で聞きなれない声がして、百合恵は重い瞼をしぶしぶ上げた。


目覚めたばかりの霞む目に映ったのは輝く金髪と艶やかなブラウンの髪の持ち主だった。

百合恵はそのうちの一人、ブラウンの髪の持ち主がアレクだとわかったとき体が震えた。

この一年間その姿を探し求めたアレクが今、百合恵の目の前にいるのだ。


そのぬくもりを、その言葉を、忘れないようにと何度も心で追い求めた彼がすぐそばに。


感極まり喜びの涙とともに彼に抱き着いた百合恵だったが、その背にアレクの手が回されることはなかった。


「すまないが離してくれないか」


アレクは彼に抱き着いてきた百合恵の肩に手を置くと、強い力で引き離す。

その仕草は乱暴ではないが優しくもなく、女性だから手加減はしたという程度のものだった。


「・・・アレク?」


頬に流れる涙もそのままに百合恵が見たものは、冷たいアイスブルーの瞳だった。

その瞳を優しく細め百合恵への愛情を語っていた彼は、今やまるで知らない者を見るような冷ややかさで百合恵を見ている。


「アレク・・・どうして・・・?」

「何を勘違いしているか知らないが、私に君のような知り合いはいない」


目を見開き固まっている百合恵を一瞥すると、アレクは百合恵が飛びついたはずみで落ちたラルフの上着を拾い、また彼女の肩に掛けてやった。


「馴れ馴れしく呼ばれることも触れられることも不愉快だ。控えてもらおう」


アレクの言動に戸惑い微動だにしない百合恵の髪から雫が落ちた。

その様子を見ていたラルフは重い空気を壊すように口を開いた。


「とりあえず着替えたほうがいいんじゃない?そのあとでゆっくり話をしようよ」


侍女を呼ぶためベルに手をかけたラルフは一瞬その動きを止め、アレクに目をやった

ラルフの視線を受け止めたアレクは、その視線の意味するところを察してわずかに頷いた。

二人は未だ把握しきれていないこの状況を、屋敷の者に見せるのはまだ早いと考えたのだ。

ベルから手を放したラルフは百合恵とアレクを交互に見遣った。


「兄さんは飲み物を用意するように声を掛けてきてくれる?俺はそのあいだに彼女の着替えやタオルを用意するからさ」

「わかった」


返事をしたアレクは濡れた絨毯を避けるために大回りをしながら扉に向かい出て行った。

ラルフは百合恵に向かい「すぐ戻るから座って待っていて」と優しく声を掛けるとアレクとは別の、部屋の奥にある扉から出て行った。


百合恵は立ち尽くしたまま呆然と先ほどのアレクの言動をリピートしていた。


アレクがいる・・・彼の世界に来れたのに、なぜかアレクは驚くほど冷たい。

離れていた一年のあいだに愛情が冷めてしまったのだろうか。

それにしては違和感がある。

アレクは百合恵のことを知らないと言ったのだ。

なぜ・・・。

そういえば、アレクは百合恵の世界に来たとき曖昧になった記憶があると言っていたことを彼女は思い出した。

もしかして彼が自分の世界に戻った時に、今度は百合恵と過ごした記憶が曖昧になってしまったのでないか?

曖昧というよりは、むしろ消えてしまったのでは?


「お待たせ」


思考に沈んでいた百合恵はラルフの声にハッとして振り返った。

ラルフは手に持っていたタオルとガウンを百合恵に渡し笑顔を向ける。


「服はあとで何とかするから、とりあえずこれを着てくれる?それから髪もきちんと拭いてね。そのままじゃ風邪をひくから」

「・・・ありがとうございます」

「じゃあ俺も着替えてくるから」


不思議な人だと百合恵は思う。

アレクの弟のようだが、彼とは印象がずいぶん違う。

弟である彼の翡翠色の瞳は、悲しみに震える思考を方向転換させる明るさがあるようだ。

つい先ほどまで悲壮感を漂わせて物思いに耽っていた百合恵を現実に引き戻すほどには。

笑顔を残しまた扉の向こう側へ消えるラルフの背中を見送った百合恵は、そこでようやく自分の体に意識を向ける余裕が生まれた。

自分が裸でいることを今まで気にも留めていなかったとは。

ここで自分だけ意識するのも逆に恥ずかしいと思い、百合恵はそのことを意識の外に追いやった。

とりあえずこれ以上絨毯を濡らさないように百合恵は髪にタオルを巻き、ガウンに袖を通した。

ソファの端に腰掛けタオルで髪を押さえながら、百合恵は落ち着きを取り戻していった。


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