女の戦い
怖かった話。
行きつけのスナックで飲んでいた時の話だ。
その日は平日で客入りも少なく、私はカウンターでチビチビと麦割りを飲んでいた。
この日の店員は数年来の顔馴染みで、スレンダー美人な一つ年上の店員だった。その日、ママがバックレた事をボヤきつつ、せっせと酒作りに勤しんでいた。
私は明け方まで独りで飲むのが好きだった。閉店後の店員達のぶっちゃけトークが面白い。隙あらば美味しい思いが出来るかも、そんなゲスな思考も働いてはいた。現実がそんなに甘くは無い事は、骨身に染みてわかってはいたが。
その日も閉店時間まで要るつもりで店に入った。店員も、私が酔ったら介抱してくれ、なんて言うものだから、バカな話だが浮かれていた。
この店の魅力は、深夜閉店する店が多い中で、明け方まで営業している所であった。深夜2時、3時と深い時間になると、他店の営業終了と共に流れてくる客や、商売女達がやって来る。
3時を回る頃には、私以外に、アフターの男女が一組と、近くのスナック店員四人が入っていた。客の増えた店内。スナック店員四人に押された私は、男連れの女の隣に座る事になった。
飲み屋の和気藹々とした雰囲気の中、隣の女が話しかけてきた。割と童顔で可愛らしい顔をしていた。同い年ということが分かり、話が盛り上がり始めた。連れの男はとうに眠りこけていて、起きる気配もない。世代の歌をデュエットし、女の身の上話を聞いていると、寝ている男を先に帰して、この後飲みに行かないかと誘われた。
これはいただいた。たまにはこんなサプライズがあっても良いじゃないか。女性の方から誘いを受ける事など滅多にないし、上手くやれば美味しい思いも出来るかも知れない。
しかしその時、ちょうど店員と目があった。私は先の話を思い出して咄嗟に、店員の酔っぱらい具合次第かな、なんて事を口走っていた。今思えばこれが良くなかった。
時間は5時を回り、反対隣の四人は先に店を出た。女は飲みに行く気満々で立ち上がって、店を出ようと私を促した。そこで私が立ち上がると、カウンターの店員が急に、酔っぱらったと言い出した。
というか、店に来て早い段階で既に酔ったと宣言されてはいた。しかし、いつもの酔った彼女を考えればまだまだ序の口だと、軽く流していた。
この時私は、しまったと思った。この後、女と飲みに行くにしろ行かないにしろ、はっきりどうするのか言っておくべきだった。
店員は私の名前を呼んで店を出るのを引き留めた。私達を行かせまいという魂胆が見え透いている。何故そんな事をするのか。別に、私に気がある訳ではない事は確かだ。
女は女で店を出ようと私の様子を伺っている。此方も恐らく、私に気がある訳ではないだろう。
だがしかし現状、私は針の筵状態だった。長年の付き合いがある店員を置いていく事は憚られた。かといって、女と飲みに行くことも、男の欲望から捨てきれない。
結局店員も含めて三人で店を出た。このまま三人で飲みに行くのもありか?一瞬そんな淡い期待をした。しかしそんな解答はこの二人にはなかった。二人はちょっとだけ距離を置くように歩きだす。店員は私にオンブを要求し出した。
嘘だ。歩けなくなるまで酔っている訳がない。見れば分かる。というか、今しがた歩いて外に出てきたじゃないか。女は、えっ?という顔をしている。
これはつまり、店員からのサインだ。ここで件の女か、私かどちらか選べという、そういうサインだ。私はそう受け取った。
そう考えると…やはり、長年の付き合いは捨てきれなかった。私は覚悟を決めて店員をオンブした。
直後の交差点、女は独りで飲み行くといって、道をまがっていってしまった。畜生。そりゃそうなるだろう。店員はと言えば、私の耳元で、女には聞こえない声で、アバズレなどと毒づいている。
いやいや、ちょっと。怖すぎる。確かに女はバツイチで、種三種類の四人の子持ちらしいが。君もヤることはヤッてるって言ってただろう。最近は知らんけど。
女が見えなくなった直後、今度は下ろせと要求してきた。やっぱり歩けるじゃねぇか。とは、口が裂けても言えなかった。
その後の私達二人はいつもの調子で手を振って、これまたいつもの調子でサヨナラをした。去り際、私は先に店員に背を向けて、振り返る事なくその場を去った。これが、その時の私にできた細やかな反抗だった。
こうして、その日突然に巻き込まれた、或いは私が引き起こしてしまったのかもしれない、何の得もない女達の戦いは、私の大敗という結果に終わったのだった。
いつもの結末。




