私と彼女の犯罪手引き①前編
①ストーキング行為
いいとは言った。確かに私はそう言いましたけれど。
「ほら、よく憎い相手によく八つ裂きにしてやると言うでしょう?ですからそうしようと考えましたの。けれど八つは流石に大変だと思いますし、それに八つとは一体何処を指しているのかしら?そういった知識は薄くて……。手足と頭部を入れても五つしか見付かりませんの……足りませんわ」
普通に怖い。矢澤さん、貴女相当恨まれてますよ?
人に恨まれるようなことしちゃいけないって、本当だね。
私の協力が得られたからか目の前にいる彼女は今までで一番と言って良い程生き生きとしてらっしゃる。
まあ、それはいい。
「するのは復讐だけです。忘れてそうなのでもう一度言いますけれど殺人は無理ですから」
「まあ、酷いわ。私は殺されているのよ。同じ目に合わせてやらなくては気が済みませんわ」
「殺人犯したら私がただじゃ済まないんですが」
復讐はする。でも殺人はしない。流石にこればっかりは妥協出来ない点である。
彼女はそれに対して不満がありありとしているが、そこは知らない振りだ。歩み寄りって、大事。
私は復讐もだけれど、何より彼女の不名誉な噂を取り除きたかった。
彼女はもう死んでしまって現世に直接干渉出来ないのに、悪評だけはフラフラと本人を置き去りにして回っている。それが許せないと、思ってしまう。
彼女の耳にも噂は入っているだろう。彼女は、一体どう思っているのだろうか?
分からないけれど、きっといい気分では無いはずだ。
だからそうでないということを証明する。それは、矢澤花梨の殺人の罪と表裏一体の事実だ。
これがバレれば矢澤花梨は晴れて犯罪者というレッテルが付く。そうしたら取り敢えず学校は退学になるだろう。この学校は近い将来を担うような才能あるお金持ちの御子息や御令嬢が多く通っている。そんなここで問題を犯して、あまつさえ退学なんてことになったら自分の将来、そして事によると家族にまで大きな傷が付く。
けれどそれは矢澤花梨には当然の末路だ。
人一人の人生を潰すということはそれだけ大きいことなのだと、矢澤花梨は身を持って知るべきだ。
なんて、やけに感情的になっている気がする。
いつもはそういったニュースを見ても、こんなこと思わなかったのに。
「やるからには徹底してやりますわよ。この私に楯突いたことを後悔させてあげますわ」
ふふ、と彼女は優雅に笑ってらっしゃるがそれが逆に恐ろしい。
まあでも、それには同意かな?
準備八割、本番二割。という言葉がある。
成功は万全な準備の元に成り立つものだ。
ましてや矢澤花梨は人を簡単に殺せるような人間だ。自身の手抜かりから足元を掬われるなんてことにはなったら取り返しがつかない。何しろ命が懸かっているのだ。幾ら慎重でいても足りないくらいである。
計画を立てるにはまず相手の情報が不可欠だ。
相手を知らないことには何も始まらない。
情報を制するものは相手を制する。
彼女との話し合いの上、計画を立てるに当たって必要な情報を探るのは主に彼女の仕事となった。彼女ならば相手に気付かれることなく近くに寄り、より安全に情報を得ることが出来る。まあ、相手は彼女が見えないからね。
だが彼女は物体に干渉が出来ない身なのでどうしても探りきれないこともあるだろう。それを私が補完する。
それによって集まった情報から計画を練る。
何しろ彼女も私も矢澤花梨とは関わりが殆ど無かったためそんなに詳しく分からないし、彼女を殺した動機もまだまだ不明瞭だ。有島生徒会長を手に入れるためとはあの日の電話から推測出来るが、そのための手段として殺人を選択するというのはリスクが高過ぎる。それに、有島生徒会長が矢澤花梨を気に入っているというということはよく噂されていたことであったし、彼女の悪評も同じくらい聞こえていた。いくら家柄が良くてもあれ程の悪評が付いて回っているとなるといくら天下の伊集院財閥のパイプが出来ると言えど、デメリットもどうしたって出てきてしまうだろう。
彼女の頭の程度にもよるが、この前提条件があれば周りを唆しでもした方が余程安全に有島生徒会長を手に入れることが出来るように思える。それなのにわざわざ殺人を選ぶということは、何かしら考えがあってか、想定外でそうなってしまったか、考えが余程足りていないかの三つくらいしか思い当たらない。
誰に聞かれるかも分からないような場所でああも重要な情報を大きな声で話していたのを見る限り三つ目の可能性がかなり高く感じるが、それにしてはシナリオ、イベント、ギャクハーなど不可解な言葉を口にしていたのでそう短絡的に決め付けるのは早計だ。
あれから帰ってギャクハーの意味を調べた所、゛逆ハー゛という単語がネットで見付かった。 逆ハーとはつまり逆ハーレムの略語であり、男一人に女が複数人恋愛感情を持つハーレムに対して、女一人に男が複数人恋愛感情を持つ状態を指す。ハーレムと聞いてイスラム圏の後宮を指しているのかと思ったがまた違うようだった。
確かに今の矢澤花梨を取り巻く状況は゛逆ハー゛と呼ばれるに相応しい状態だ。
矢澤花梨は有島生徒会長を始めとする、四人の男に言い寄られていると専らの噂だ。何度か目撃したこともある。どの男性も校内では有名な人達ばかりだ。
そこから想像するに、あの発言とこの状況には何らかの関係があるのは確かだろう。
彼女の話と私の持つ情報とそれに対する見解を擦り合わせると、段々と見えてくるものもあるがまだまだ不明瞭な点が多いので、更に詳しく知る為に彼女が矢澤花梨に四六時中張り付いて探ることとなった。聞こえは悪いが、所謂ストーキングだ。まあ彼女の場合幽霊なので、取り憑くと言った方が正しいのかもしれないけど。
探る情報は主に、矢澤花梨の性格及び行動パターン、殺人の明確な動機と理由、そして協力者の有無の三つだ。
電話をするには必ず相手が存在する。あの日の矢澤花梨が電話をしていた奴は、話しから察するに彼女の殺人についてかなり知っていると予測出来る。
もしかしたら殺人に関係しているかもしれない。
その電話の相手についても詳しく知る必要があるし、他に協力者がいないとも限らない。
彼女曰く、殺される時と死後幽霊になった時に見た上での矢澤花梨の評価は短絡的で頭が悪いといったものなので、頭の切れる協力者が主導して行ったという可能性も大いに考えられる。
それを彼女には探ってもらい、それでも分からない所は私が直接動くことになる。
出来れば私は動かずに上手いこと情報を得たい所だ。
だって動くってことは、リスクが生まれるってことだからね。協力するとは言ったけどやっぱりどうしても怖いとは思ってしまうし、計画を立てる前に崩されてしまっては堪らない。
何か不測の事態が発生した時に上手く対応出来る自信も私には無い。
彼女を見ると、余裕を感じさせる笑みを浮かべている。
彼女は、いや彼女こそ不安になったりはしないのだろうか?
そうは思ったが、私はその疑問を口に出すことはしなかった。
続編の要望を頂いたので続きを書こうと思ってはいたのですが、こんなに更新遅くなってしまい、しかもかなり短い上に前編しか無くてすみません。
しかも説明ばかり……。