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引きこもり王子に仕えることになりました  作者: ariya
引きこもり王子に仕えることになりました
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7.意気込み

 館に戻ってからさんざんであった。

 物忌みの部屋から赫弥がいなくなって多霧はかなり心配していた様子であった。

 そんな中赫弥は帯人と馬の背で眠っている大海人と共に帰宅してきた。

 これを見た多霧はまず大海人の身を心配したが帯人に大丈夫だと言われ安堵した。

 大海人のことは帯人に任せ、多霧はぎろりと赫弥を睨みつけた。そして物忌みの部屋に戻され説教を何時間も食らわされた。

 赫弥は何も言い返せず黙って多霧の説教に甘んじた。

 ようやく落ち着いて夕餉にありつけた。ようやく多霧は帯人から既に赫弥は物忌みをする必要がなくなったことを明かされた。

「赫弥、大海人様がお呼びです」

 部屋で待機中だった赫弥は頷き大海人の部屋へと案内された。

「赫弥です。失礼します」

 そう言いながら中に入ると部屋の様子に少し驚いた。大海人の部屋にはびっちり本が平積みにされていくつかの塔を形成していた。これが倒れたらかなりの大惨事である。

 しかも、床に散在しているのは本だけではない。

 漢字がたくさん並んでいる木製の円盤に、薬を作るための薬研やげん乳鉢にゅうばちが置かれていた。壁にはいくつか草が干されていた。変わった細工で作られた鞠の飾りも一緒に飾られていた。

 とても大王家の王子の私室には見えなかった。何かの怪しげな呪い師の部屋であった。

「とても独特なお部屋ですね」

 赫弥はようやく感想を述べた。

「多霧、下がっていいぞ」

「ですが……」

「話をするだけだ」

 躊躇する多霧に大海人はもう一度下がるように命じや。多霧は礼をし部屋を出た。

 大海人は読んでいた書物を閉じ脇に置いた。

「適当に座ってくれ。えーと敷物はと」

 もうひとつあった敷物がどこにいったか大海人は捜した。

「いえ、直座りで結構です」

 赫弥はそういい適当に座れそうな場所をつくり座った。

「えーと、どこまで理解しているか聞いていいか?」

 しばらく落ち着いた頃合に大海人は胡坐をかき赫弥に問いた。

「まったく理解などできていません。とりあえず大海人様の中にもう一人いるくらいで」

「まぁ、普通はそう考えるよね」

 大海人は大きく息を吐く。

「あの、ひょっとして噂で幼い頃にころころ人格が変わるようだというのは」

「そ。あの人のせい。生まれたときからなんか私の体にいついちゃって、こっちは迷惑しているんだ」

「それって物の怪なのでしょうか?」

「ああ、それ言ったらあの人怒るから言わないでおいた方がいいよ。好きでこうなったわけじゃないらしいから」

「では一体」

「あの人はあやと名乗っている」

 大海人は悲しげな表情でもう一人の人格について語った。

「漢?」

 赫弥は首を傾げる。そういえば帯人も先ほど漢様と呼んでいたように思う。

「漢は……兄の名なんだ」

 赫弥は目を見開いて驚く。そして混乱した。

「ええと大海人様のお兄様ということは、ええと」

 大王家の系図を思い出す。

 確か現大王の宝姫大王の子供は三人。上から葛城王子、間人王女、大海人王子である。そして三人の父親は先代大王の田村大王である。

 その田村大王は宝姫の他の女性と古人大兄王子がいた。確か宝姫大王が即位され、大兄の地位を持った方で他にもう一名田村大王の子がいたと思う。

あやは私の異父兄だ。母が父に嫁ぐ前に母は既に夫と子がいた身だった」

 夫の名は高向王子たかむくのみこ。上宮家の血筋だと言われているがそれ以上のことは大海人にはわからない。上宮家の主である山背大兄王子なら知っているかもしれないが今宝姫大王と微妙な関係になっているので聞くことができない。

 ただ宝姫大王はその男との間に男児を儲けた。それが漢王子あやのみこであった。

「それなのに、どうして大王は先代大王に嫁がれたの?」

「高向王が亡くなられて未亡人になったところを父が妃に求めたんだ。一応父も漢に関しては幼くして父を失ったということで母と定期的に会うことを許していた。それで葛城兄上と間人姉上と何度か遊んだことがあるらしい」

 らしいというのは大海人が生まれる前の出来事だからだ。

 ただ采女と漢から聞いた話を照らし合わせてまとめているだけにすぎない。

 葛城からはその話を聞いたことがない。幼い頃の話で覚えていないと言っていた。間人も同様であった。

「そんな方が一体どうして大海人様の体に?」

「私が生まれた頃に謎の病にかかられて昏睡状態だったらしい。本人が言うには気づいたら私の中にいたという。赤子の私の中で自分の死を采女から聞いたとか言っていたな。確か私が生まれて二月程後のことか」

「謎の病というのは?」

「さぁ、その辺は私もよくわからない。本人も覚えていないから知りようもないし」

 赫弥はじっと考えた。

 基本的に呪詛というものに対して信用はしていないが、今先ほどまでの光景を目の当たりにしてしまったので信じずにはおられない。(ひょっとして呪詛にでもあったのかしら。先ほどのことといい大海人様も漢様も随分術について詳しいようだし、漢様が邪魔で何者かが呪詛をかけたとすると)

 だがそれくらいなら誰でも想像がついた。大海人がそれを言わないのは違うのかもしれない。本当に意味不明な奇病で魂だけ大海人の体に逃げ込んでしまったのか。

「ここまでの話理解できたかな?」

 大海人は赫弥の顔を覗き込んで質問した。はっきりいって常人には理解しがたい出来事であった。今信じてくれているかもわからないのだ。

 突然尋ねられて赫弥は急いで今までの内容をまとめた。

「とりあえず大海人様の中には異父兄の漢様がいて、お二人とも呪術についての知識に詳しいということですね」

「まぁ、そうなんだけど」

 大海人はその事実に納得できないようであった。

「私はそんな詳しくなりたくなかったというか。しょうがなかったというか」

「?」

 ぶつぶつ文句のように呟き赫弥は困ったように苦笑いした。

 確かに生まれたときから自分の中にもう一人別の誰かがいてそれがあれこれ表に出てきたら普通いやに決まっていた。それで周りには奇怪な子と思われるのだ。

 自分の身にそんなことが起きたらまずは嘆き、神の無慈悲さを呪っただろう。

「大海人様はそのことを大王様や葛城王子に話したりしなかったのですか?」

 そんなに悩むほどのものを抱えていたなら血をわけた親兄弟に話すことはできなかったのだろうか。

「話せるわけないだろう。母上と兄上の前で漢の名は言っちゃだめなものだって言われていたし」

「そうなんですか?」

「考えてもみてよ。母上にとって漢ははじめの子、それに対する愛着は一塩だった。だから父上も母上が漢と定期的に会うのをお許しになっていた。兄上は、何でか知らないけど怒鳴られる。あまり聞きたくない名らしい」

 赫弥には理解できないが、大王家の家庭の事情というのは複雑なものらしい。それゆえに大海人がようやく自分の悩みを打ち明けることができたのは乳母の多霧と舎人の帯人、他数名のみだという。

「ほとんどあの人が勝手に出てきてばらしたようなもんだけど」

 本当はばれたくなかったようで大海人は大きくため息をついた。

「質問があるかな?」

「えーと、二つ程」

 赫弥は一つ目を尋ねた。先ほど出会ったあの少女は何者だったのだろうか。

「物の怪の類と思ったのですが」

「物の怪、と言えばそうかもね」

 大海人はあやふやなことを言った。

「実際私もよくは理解できていないんだ。漢が言うには古くから大王家を恨む呪術の一族の巫女だって。漢は彼女を佐久姫と呼んでいる」

「そんな一族があるのですか?」

 この国の頂の一族を呪詛しようなど。

「神代の頃から大王家は色んな国を従えてきてこの地にたどり着いたというし、その間に滅ぼした一族に恨まれていたりもするだろう」

「神代………」

 まだ神という存在が人の前に現れていた時代のことだ。大王家の祖となった男は天つの神よりヤマトの統一を命じられたという。今となっては古い御伽噺に近い話だ。

 神というものが実際いて大王家の祖に国の統一を目指させたかどうかはわからない。だが、大王家が今の地位を築くまでの間に色んな国と揉めたことだろう。その中に朝廷に入ることを拒み、大王家を恨み続ける一族が存在するかもしれない。

 その一族の巫女が先ほどの少女なのだろう。

「つ、捕まえなくてもいいのですか?」

「捕まえようとしたんだけど、まぁいろいろあって逃げられたみたい」

 大海人は苦笑いした。

 あのとき漢は佐久姫を捕らえることができたはずだ。だが赫弥が佐久の半身たる犬に襲われてそれを倒している間に逃げられてしまった。勿論漢はただで逃がしたつもりはない。

 矢に強い呪をしかけ犬を射ることで佐久に強い衝撃を与えるようにした。

 それは殺す程の強い力を込めて。

 だが、残った気配から佐久は衝撃に耐え死なずにすんだらしく漢はかなり不機嫌になった。

「まぁ、次会ったときに逃がさないようにするから佐久姫のことは赫弥が心配することはないよ」

 心配そうな表情を浮かべる赫弥に大海人は安心させるように言った。

「これでだいたい聞きたいことは終わりで良いかい?」

「あ、いえ……話は変えますが。王子の参内しない理由についてですけど」

「はあ、……それね」

 大海人はしぶしぶ答えることにした。ここで変に隠すよりは全て明らかにした方が面倒がなくて良いと判断したようだ。

「私はこういったことで呪術に関する知識や力は並以上に身についてしまっているんだ。漢が言うには筋が良いらしい」

「へぇ」

 とてもあのもうひとつの人格が大海人を褒めるように思えない。何しろ先ほど愚鈍のものとはき捨てていたのだから。

「だけど、そのせいで呪詛や憎悪の念に関してかなり過敏になってしまってね。宮にいると耳鳴りがすごいわけ」

「そうなんですか」

「最悪吐き気も伴う」

 それはかなり大変なんだなと赫弥は思った。

「ですがそんなに宮では呪詛が盛んに行われているのでしょうか」

 とてもそうは見えない。もしそうであるなら今頃あちこちで謎の病人だらけになってしまう。

「呪詛なんてほんのちょぴっと行われているだけだよ。ほとんどがみみっちいどうしようもないもの。耳鳴りの原因は憎悪の念かな」

 念というのは時に強い力となる。相手を殺してやりたい、死んでほしいと思う程強い念である。それは呪詛よりもよほど厄介なものであった。本人は呪詛しているつもりではないのだから。

 表向きでは良好な関係を築いている者も内心では互いをどう思っているかしれない。

 幼いながらも大海人にとってそれは悩みの種であった。宮にいるとひどく耳鳴りが激しく苦しく感じた。

 だから館はなるべく宮から遠い場所を選んだ。姉に遠出にでたいから供をしろという願いをすぐに叶えてやったりもした。

 大海人はなるべく宮から離れたかった。

 それでも成人したから大王家の者としての義務をと兄に説教され、渋々宮にあがる日々を送っていた。その度にやはり耳鳴りに悩み、ついに我慢できずにあのような文を置き参内拒否するようになった。

 はじめは大王も葛城王子もあれこれと呼び戻そうとしたが大海人は病を装って館から出てこなかった。幼い頃からの不可思議な言動もあり、大王はすぐに諦め大海人のしたいようにしなさいと言う。だが葛城王子はまだ諦めていない様子で何度か文を送ったり休みが取り次第館に怒鳴り込んだりもした。

「適当にはぐらかしてお帰りいただいたけど、それが定期的に行われて段々面倒になって美濃か尾張あたりに引っ越して静かに暮らそうかなと思っていたら君がやってきた」

 大海人は困ったように赫弥を指差した。

「ま、まるで私が厄を持ち込んだような言い方はやめてください」

「実際持ち込んだじゃん」

 そういわれ赫弥はうぐとうな垂れた。

「まぁ、あの人が祓ってくれたんだからもう心配はないよ。多分これで采女の仕事もできるはずだ」

「?」

「あれ、言っていたでしょう。君にかかっている呪いのせいで君は今まで失敗続きだったってこと」

「え? じゃあ、私が今まで壷を割ってしまったり何もないところで転んだり、盥を落として偉い方にぶっかけることは」

「君が気をつける限りもう起きないよ」

 それを聞き赫弥は嬉しく感じた。今年はじめた仕事でいつも失敗続きで先輩采女に怒られたり励まされる日々でめげそうになった。

 だがそれが呪いのせいだったとは。そしてもうその呪いがなくなった。

(で、ですが呪いにあったというのは私に隙があったということ。自分にも責任があったということで気をつけなければまた同じことを繰り返すわ)

 赫弥はぐっと気を引き締めなければと思ったが、それでもやはり嬉しかった。何度か失いそうになった自信が少し取り戻せた気がする。

「大海人様、そして漢様、ありがとうございます。私残りの日を一生懸命働きます」

「いや、いいよ。適当なところで宮に返すから」

「え?」

「先ほども言った通り私は参内する気なんかない。けど、君が采女として立派に勤められるようになったら母上にお願いして宮に戻れるようにするよ」

 元々そのつもりであったことを大海人は語った。それを聞き赫弥は少し考えた。

 ということは大海人が三ヶ月内に参内復帰しようがしなかろうが戻れるかもしれないということか。

 だが、と赫弥は考える。本当にそれでいいのだろうかと。

 じっと大海人を見つめてみた。

 不思議な王子である。あの中にもう一人いて呪術を使えるなど未だに頭がついていかない。

 だが先ほど馬上で話した人は目の前の王子と間違えなく別人であった。

 そして目の前の王子はそうした普通ではない境遇であり、そして普通の人よりも人に対して過敏な様子である。人の憎悪の念に反応しそれにより疑心暗鬼にも陥っているのだ。

 赫弥にはその苦しみを理解することはできない。きっと辛いことなのだろうとしか言えない。

 母や兄にすら語れずただこの館に閉じこもることで身を守る少年を悲しいと感じた。

 何とかしてあげれないものだろうか。

 そう思い赫弥の口から自然と言葉が出た。

「いいえ、………私大海人様を参内復帰させるという条件で葛城様と話したのです。ですからそれまでここで働きます」

 それを聞き大海人は眉を顰める。

「君、私の話を聞いていなかったの。私は宮にはあまりいたくないんだ」

「きっと方法があります。大海人様が耳鳴りなどしない良い方法が、私が必ず見つけて見せます」

 赫弥はどんと胸を叩いた。

 予想外のことを言われ大海人は唖然とした。そして頭を抱える。

 赫弥という少女の考えがさっぱり理解できなかったのだ。自分の身の上ですら手に余るというのに。

 だが目の前の赫弥の笑顔はとても輝いていた。これ以上にないほどに。

 それを見てとりあえずしばらく様子は見ておこうと思った。

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