3.厄続き
輿に揺られながら赫弥ははぁっとため息をついた。
(大海人様の引きこもり癖を直せねば)
そもそもどういう人なのか噂程度しか知らない。だが聞いただけで三ヶ月で社会復帰させられる自信がない。
だがそれをしなければ自分はずっと宮に戻れないのだ。
社会復帰できたとしても三ヶ月過ぎていればそれから三ヶ月もいなければならない。
(戻ったとき、本当に私の部屋がなくなっているかも)
これではただの左遷である。
がくりとうな垂れる。
そしてふと両手を見た。先ほど宮を出る際もう一度大王に大海人のことを頼むと言われてしまった。今度は両手をがしっと握り締められていた。そのときの感触がまだ残っている。大王にそこまで言われてはお任せくださいと言うしかない。
(こうなったら尻引っぱたいてでも大海人様の根性を叩きなおしてやるわ)
昨日の夕方、もう一度葛城王子に呼ばれ言われたことだがある程度のことは許すと言われた。つまりある程度のことはして良いということ。
ふふふと輿から不気味な笑い声がもれた。それに供の兵士はぎょっとした。何があったのだと声を掛けようと思ったができなかった。
このとき兵士からさすが「大海人様の采女に選ばれた娘だ、変なところがある」と思われたことに赫弥は気づいていなかった。気づかなかった方が良いだろう。
道を進んでいると道のど真ん中に少女が立っていた。
兵士たちは輿を止める。
「どうしたの?」
赫弥は身を乗り出して外の様子を見た。
「はぁ、それが………」
赫弥は首を傾げ前を見る。
そこには子供が立っていた。輿の通る道の真ん中に。
両手には鞠を持ちじっとこちらを見つめている。
垂れた髪は長く地面までついていて、裾も長く歩くと引きずる形になってしまうだろう。
真っ白な貫頭の衣の上にたすきをかけ、裳も真っ白なものである。衣は綺麗なもので光にあたりきらきらと細やかな模様が見える。おそらくあの上に絹で刺繍を施されているのだ。顔には赤土を施している。はじめ見たときは驚いた。
首には紅玉の勾玉の首飾りをかけている。たいそう珍しいものだ。
一体どこの娘であろうか。
年のころは十程である。
たすきや赤土の姿からおそらく巫女なのだろうか。
黒い髪を揺らしながら少女はじっと赫弥を見た。そして小さな木苺のように愛らしい唇が動いた。
「大海人の下へ行くのか」
どうやら赫弥に尋ねているようである。
「あなたは誰かしら? どこの子?」
さすがに少女とはいえ突然質問をされるとぶしつけなものだと赫弥は思った。
「まったく、せっかく明日香の地から離れさせてやろうと思ったのに」
少女はぽんと鞠をつく。そしてころころと少女の足元に転んだ。
それを見て赫弥ははっとした。
一昨日、盥を運んでいるとき足元で何かを踏んだ感触がした。一瞬だけだが鞠のようなものが見えた。なのにあとで捜してみると鞠はどこにも見当たらなくなった。遠くに転がったようには見えなかったのに。
「あのとき私が転んだのは………」
それに少女はくすりと笑い出す。それにかっとした。
「あなたね! おかげで私は今とんでもないことになっているのだから」
「ふぅ、何故条件を呑んだのだ。あのまま河内へ帰ればよかったのに」
怒る赫弥に対して少女は冷然と呟く。その中に赫弥を馬鹿にするような色が含まれていた。
「もう、どうしてくれるのよ。せっかく憧れの采女になれたのに、あなたのせいで左遷よ左遷!」
「赫弥」
少女のぴんとした声で赫弥はつい慄く。その声はとても張りがよく、赫弥の頭の中で響いた。
「かつては情をかけた血。故に忠告する。今すぐ河内へ帰れ」
「な、なん………」
何故だと尋ねたかった。だがそれはできなかった。
少女の冷たい瞳は有無を言わせない言葉である。それに歯向かってはだめだ。赫弥は頭の中で無意識にそう思った。
少女は言いたいことを済ませたのでくるりと身を翻した。長い髪はぱらりと宙に翻る。長い袖も翻りまるで鳥が今にもはばたくように見えた。
すぅっと少女の身が透けて赫弥ははっとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
呼び止めるが少女はそのまま姿を消してしまった。
赫弥は呆然とした。
普通に考えれば少女が急に目の前から消えるなど、そんなことはありえない。
とすると自分は狐か何かに化かされたのだろうか。
「赫弥様、あれは………」
兵士は薄気味悪いものを見たといった具合に表情を暗くした。
「と。とにかく大海人様の館へ急いで」
気になるがこのまま大海人の館へ向かう他ない。宮に戻ってもその前にあたりが真っ暗になる。それに物の怪に遭遇したと言えば大王に変な心配をかけてしまう。
ただでさえ大海人のことで悩んでいるというのに。
「お前たち、今見たことは大王に言ってはだめよ」
赫弥はそう兵士たちを口止めした。兵士たちは少し困ったように互い見合わせた。
「きっと心配してしまうから。大王にご心労をかけたくないのよ」
心から兵士たちに頭を下げる。それに兵士たちはしぶしぶ首を縦に振った。
(もう、左遷に、その原因が今の物の怪だなんて信じられない)
赫弥はふんと鼻を鳴らした。あの時葛城王子に粗相をしなければこんなことにならなかったのに。
どこの化け狐だ。今度あったらとっちめてやる。
少女に名を呼ばれ何も言えなかったのだが赫弥はそのことを他所にぶつぶつと少女撃退法を考えていた。
◇ ◇ ◇
大海人の館に辿り着くと若い舎人が出迎えてくれた。
「私は大海人様にお仕えする大伴帯人と申します」
「赫弥です。よろしくお願いいたします」
そのまま母屋に通されるがそこには大海人王子らしき姿がいない。采女が一人いた。年は三十代くらいだろうか。
彼女は赫弥を見てにこりと微笑んだ。その笑顔はとても明るいものであった。
「こちらは乳母を務めていたこともあり大海人様に長く仕えている女性です。仕事のだいたいは彼女に教えてもらってください」
「多霧です。まぁ、お若いのにこんな外れによく来てくれたわね」
どうやらこの館には赫弥程の若い女性がいないようである。多霧としては赫弥が来てくれて嬉しいと喜んでいた。
「赫弥と申します。不束者ですがよろしくお願いします」
「この館は人が少ないから賑やかになるのは大歓迎よ」
話によるとこの館に住んでいるのは大海人と舎人が五名と采女が一名のみという。いくら何でも少なすぎる。仮にも大王家の王子の館なのだから采女が一名というのはありえないだろう。だが現実そうであるようだ。
残りは近くの村から下働きにやってくる下男下女が数名程度だという。
赫弥は気を取り直しこの館の主人の姿を尋ねた。
「ところで大海人様は? ご挨拶をしたいのですが」
「それが大海人様は今熱で寝込んでいらっしゃるのです。ですから、今日はお会いにならないと」
「熱ですか? 大丈夫なのでしょうか」
「問題はありません。ただ病弱な方故に部屋にいつも篭りっきりで」
それを聞き実は仮病なのではと赫弥は疑った。だが入って間もないうちにそう思うのは失礼だろう、本当に病なのかもしれないと自分を叱った。
「大海人様は病弱な身を嘆き若い娘に見られたくないと仰られています。悪いけどあまり大海人様のお部屋には近づかないようにして欲しいのです。おわかりになっていただけませんか?」
それを聞き何の為に自分は宮からわざわざ来たんだろうと言いたかった。
だがここで揉めるのもどうかと思う。
ようはまだ自分が信頼されていないということだ。
ならば仕事で示して大海人に会えるようにしなければならない。
まだ三ヶ月もあるのだ。はじめはそう急いでも仕方ない。
失敗して追い出される可能性もある。
赫弥としてはそちらの方が問題であった。
宮からしばらく離されていても大海人を社会復帰できればいつかは戻れる。
だがここで館の者から邪魔者とみなされ追い出さればそれは当然故郷へ強制送還コースになってしまう。不名誉な帰郷など御免こうむりたかった。
とりあえず今は大人しく従った方がいいと赫弥は判断した。
「そうですか。では私は何をすれば」
「私の仕事の手伝いをして欲しいの」
とりあえずしばらくはそれでと納得しようとした。けどやはり引っかかる。
もやもやしながら赫弥は自分にあてがわれた部屋で荷物を整理していた。
今まで香笹と共用で使っていた部屋より少し狭い。すでに日が暮れようとするころで夕日によってあかく彩られる部屋の中を改めてみた。
それでも采女一人が使うには広いと赫弥は思った。
館はそこまで広いものではない。というよりも大王家の者の館にしては小さい。
それに仕える舎人と采女はほんの数人。
本当に必要最低限のものしか置いていない雰囲気である。
華やかな宮に比べ地味目な調度品が配置されている。だが決して品のないものではない。飾り気のない素朴な雰囲気で実家の館を思い出してしまった。
「赫弥殿、今いいでしょうか?」
帯人の声である。赫弥ははっとして身なりを確認した。
「はい」
「荷物の整理は終わりましたか? ずいぶん少ないようでしたが次の日に届けられるということは」
「いいえ。あれが全部です」
これに帯人は少し驚いた。確かに宮に仕える采女の荷物が葛篭ひたつのみというのはずいぶん少ないだろう。一応つけたしで言っておく。
「何か足りないものがあれば仰ってください。都から外れた場所ですので何かと不便ですが」
「必要なものは実家から送られてきます。既にここでしばらく働くことも知らせていますのでご安心ください」
同時に帯人の申し出を感謝した。深く頭を下げる赫弥に帯人は苦笑いした。
「ところで帯人様は何か御用でしょうか」
「様、はいいですよ。ここの主でもない一介の舎人なのですから」
そして赫弥に言われて思い出したように紙をとりだした。それには漢字が模様のように書き連なれている札であった。
「これは」
「赫弥殿は館に来る途中災いに遭われたそうですね」
それに赫弥はぴくりと眉を寄せた。
何故それを帯人は知っているのだろうか。すぐに予想がつく。
「言うなと言ったのに」
帯人に例の物の怪のことを告げたのは、既に赫弥を届け宮に帰った兵士たちであろう。
苛立ちが湧き上がってくる。確かにあの時頷いてくれたはずだ。
「彼らを叱らないであげてください。あなたを心配していたのですよ」
帯人は怒る赫弥にどうどうと言った具合に落ち着かせた。
同時に厳しく言う。
「それにしても感心しませんね。そんな身で王子の館に入るなど」
物の怪に遭ったのならばそれなりに厄除けなどをしなければならない。そうでなければ災いがやってくるのだ。
それを思い出し赫弥は顔を青ざめた。
厄などは気に触れるからよくないのだ。気合さえあればなんとかなる。役避けなどあまり信じる性質ではなかった。だが、都には信心深く穢れに対し厳しい者もいる。
大海人はじめこの館の者がそうであった場合赫弥は不注意に厄を持ち込んでしまったのだ。
「も、申し訳………」
「しばらく部屋にそれを張り物忌みをしてください」
赫弥はしゅんとする。まさか一日目にして館の者の不興を買ってしまうなど。
するとすぐに帯人の口調は元の柔らかいものへと戻った。
「よかったですね。ここが宮だったらあなたは今大変な目に遭っていますよ」
確かにそうである。大王の周囲には物の怪や穢れに対し過敏な者もいた。
「あまりお気になさらず。大海人様も別に何とも思っていません。むしろ身を大切にするようにと気遣いの言葉を送られています」
「大海人様が………」
「ええ、その札をお作りになられたのは他でもない大海人様なのです」
それを聞き赫弥はじっと札を見つめる。
「大海人様はこういった知識に精通していまして厄除けの札を作ることもできるのですよ」
王子が呪術について精通しているなど初耳である。こういったものは祭事を任された神官の一族がすれば済むことなのに。
いやそれよりも。
「ご病気なのに………」
赫弥はぽつりと呟いた。
病気であるのにそれをおして采女一人の為に札を作るなど。
それを置き帯人はにこりと微笑み囁いた。
「あれは仮病です」
「け、けびょう?」
漢字二文字に赫弥は頭で叩かれた心地を覚える。裏返った声でその言葉を繰り返した。
あまりの反応に帯人はくすくすと笑う。
「おや私としたことが、大海人様からは坊主に作ってもらった余りだと言っておけといわれたのについ口を滑らせてしまいました」
なんと白々しい言葉であろう。
赫弥は内心あきれ果てる。
「帯人様、仮病とはどういうことですか。笑い事じゃありません」
赫弥の額にだんだん怒りの印が現れてくる。それに帯人はおかしげに微笑んだ。
「おやおや、可愛い顔が台無しですよ」
「帯人様!」
「それでは赫弥殿、今宵より物忌みを始めてくださいね。ああ、王子が言うには一ヶ月すればいいと言っていました」
それではと帯人は手をひらひらさせて赫弥の前を去った。
赫弥は部屋の前できっと札を睨んだ。
「どういうことよ。仮病って………そんなに私に会いたくなかったとか」
言葉にしてちょっと後悔した。間違えなくその通りなのだろう。
確かに先ほど多霧の言葉で仮病じゃと疑った。だがすぐに大海人を信じその通りと考えた自分が馬鹿馬鹿しい。
何よりも赫弥が怒ることを想像できただろうに帯人はわざとらしくばらした。
まるで大海人に何か言いたいことがあれば言ってみれば良い、直接。
そういわれているような気がした。
赫弥は部屋に戻るどころか帯人が行った先へと向かう。彼の後をついていけばひょっとしたら大海人の部屋に行けるのではと踏んで。
だがその足はすぐに止められた。
「何をなさっておいでです」
「多霧さん」
「物忌みをするようにと言われているでしょう。その身で館内を歩き回るつもりですか」
その口調はとても厳しく先ほどのおだやかさがなかった。赫弥はつい恐縮し部屋に戻ると言った。
「あの、ですが………私はどうすれば」
「仕事は一ヶ月後からで良いでしょう。元々数人で切り盛りしていた館なので気にせず身の穢れを祓う為物忌みをしてください」
「しかし、王子に」
言わなければならないことがあるのだ。
「私が言付けておきましょう」
赫弥は困ったようにうな垂れた。先ほど帯人の言っていた仮病の件を話していいものか。何となく怒られるだろうなと思った。
「ではいろいろと気遣ってくださってありがとうございました。そして物の怪に出会った身を隠して申し訳ありませんでしたと」
それを聞き多霧は安心させるように微笑んだ。
「ご安心ください。穢れを持ち込んだからといってあなたを追い出すような真似を王子は致しません」
そういわれ赫弥は拝礼し部屋に戻った。部屋には言われた通りの方角に貼る。
「まさか移動になって早々物忌みをするなんて」
確かに最近は悪いことが続いて起き、しまいには物の怪にまで遭遇してしまった。ここは大人しく物忌みをして終わったら一生懸命働こう。
◇ ◇ ◇
すでに日が暮れあたりが暗くなる頃。
帯人は館の主人の部屋とと向かった。部屋の前まで来ると中にひと声かける。
「王子」
部屋の中から少年の声が聞こえてきた。
「入れ」
帯人は礼をしてから部屋の中に入る。部屋の中には多くの本が平積みになりそこらに散らばっていた。
多霧が見たらつい片付けたくなるだろう。だが大海人はそれを許さないと言い押し留めていた。
その詰まれた多くの本の中に埋もれるように少年がいた。胡坐をかき寝台に背を預け本を読んでいる。
この館の主人・大海人王子である。今年で十四になりまだ幼さの残る容貌である。貌は宝姫大王と葛城王子に似ており、血のつながりを感じざるをえない。
だが、全体から醸し出すゆったりとした雰囲気は葛城とは対照的であった。柔和な微笑みを湛える宝姫大王とも雰囲気は異なる。
帯人が入ってきたのを確認して大海人は本を閉じた。
「どうだったかな?」
どうだったというのは今日やってきた采女のことであろう。
「とても可愛らしいお嬢さんでしたよ。まだ幼さが残りますが明るく」
「それを聞いているんじゃないよ」
大海人は呆れたようにため息をついた。
帯人はくすりと笑って彼の欲しい答えを口にした。
「言われたとおりにしました。王子には病だと偽り、札もそれとなく渡しました。少し不審がっていましたが、あとは多霧がきちんと物忌みをするように見張ってくれます」
「そうか。それはよかったよ」
大海人は安堵したように笑った。だがすぐに思い出したように困ったように眉をしかめた。
「まったく兄上も困ったもんだ」
本当に心からそう思っている。そういった態度を示した。それに帯人はいつものように肯定も否定もせず笑いながら聞く。
「突然采女をと言われても私には必要ないし正直困る」
「いいじゃないですか。若くて可愛らしいお嬢さんが来てこの館も華やぎますよ」
「必要ないよ」
大海人はばっさりと切り捨てた。
「しかも、この采女。話によれば失敗ばかりするもので、罰として今回私の元へ送られた」
「いわば左遷のようなものですね」
「人の家を采女の左遷先にしないでほしいよ」
はた迷惑なと少年の口からこぼれた。
「しかも、宮に戻るには条件があるとかで私が参内復帰を果たすことらしい」
「おや、ピンチですね。王子の充実した生活が終わるのですか」
「いや、終わらないし」
大海人はびしっと否定する。
「まぁ、三ヶ月の辛抱だしその間に母上に一筆添えて宮に返すさ」
「その中の一ヶ月は物忌みに追いやってあまりうろうろされないようにするわけですか」
「あのまま宮に返すわけにはいかないよ。ついでに憑き物もとってあげなきゃ」
だから先ほど札を渡し物忌みに必要なものを帯人に持って行かせた。
「本当に憑いているのですか? 私には普通に見えますが」
「現に彼女は呪詛に遭っている。あれが母屋に入った瞬間すぐにわかった。まぁ、呪詛の内容は今のところ大したことはないんだけど」
「内容と言いますと?」
帯人は興味深げに大海人に詰め寄る。
「仕事を失敗させる程度ものさ。集中力を途切れさせたり、めまいをときに引き起こさせて失敗させる」
宮から来た情報によると彼女は今年はじめて出仕した頃より失敗続きであった。それのどれもが注意散漫によるものが多い。おかげで采女たちは彼女にあきれ果てているという。大事な仕事はあまり任せないようにしているとか。
これでよく「采女に向いていない。やめたい」と思わないでやってこれたな。
大海人は呆れながらも感心してしまう。
普通の娘であれば自信を失って宮を後にしていたというのに。
そのしつこさ故に葛城の目にとまったのだろう。そしてこうして大海人の参内復帰要請係に任命された。
大海人としては迷惑な話である。
だが、この館で預かる以上はただで返すわけにはいかない。
せめて憑き物を祓った状態で仕事をさせ問題なしと判断してから宮に返してやろう。
「しかし、誰があんな呪詛をしかけたんだか」
しかも、宮の神官巫女たちが気づけない程度の微弱なもの。簡単なようでいてとても器用な呪い方である。
「私にはそういった知識は皆無ですが、赫弥殿が呪詛を受けるような娘には見えませんでしたけどね」
「何もしていないのに呪詛を受ける者もいるよ」
「昔の葛城様やあなたですね」
大海人は悲しげに瞳を揺らした。
大王家の王子として生まれ大事に育てられた。だが、裏では周りの思惑は少年の都合には全く反映されない。
何もしていない。ただ王子としてそこにいるだけで邪魔である。
そう考える者は表に出ないが確かにいる。
大海人は幼い頃からその雰囲気が嫌いであった。幼い頃からの性質故に僅かな呪術に過敏に反応してしまう。そこから周囲の悪意を知りたくなくても知ってしまうことがあった。
「それにしてもわざわざ物忌みなんかさせないでぱぱっと祓ってぱぱっと返してしまえばいいでしょう」
帯人の声で大海人は現実に引き戻される。確かにそうした方が時間短縮でいいだろう。
「いやだよ。祓いは結構疲れるんだ。あまり力使いたくないし」
物忌みで済む問題にいちいち手間をかけたくない。それが本音である。
それを聞き帯人はくすりと苦笑いした。大海人の面倒くさがりをしょうがないと感じたかそれはわからない。